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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その22~

 年が改まって帝暦七一八年天臨の月。新年を祝う儀式は無事に行われた。今年も平穏な年になると誰しもが望み、そして予感していた矢先、帝国を震わす事態が静かに燻り始めていた。

 新年早々、皇宮内である噂は広がっていた。

 『宰相家が直轄地から金を不正に流用しているらしい』

 という具体性に富んだ内容であった。勿論それは疑惑の範囲内から出ないものであったが、ベイマン家の者達は次第に皇宮内で疑惑の目を向けられるようになっていった。

 「父上、まずいことになりました……」

 この噂に敏感に反応したのはジネア・ベイマンであった。噂が本格的に皇宮内で広がると、まるで我が犯罪者であるかのように錯覚し、精神的に追い詰められていた。

 「慌てふためくな。この程度の噂で」

 マベラは鷹揚に構えて息子を窘めた。

 「しかし……」

 「第五直轄地を預かっているのは叔父君だ。我らよりもその道に通じている。善処するだろう」

 そう言いながらもマベラ自身も不安に思っていた。これまでベイマン家を中傷するような噂は何度もあったが、ここまで具体的な不正の噂が出てきたことはなかった。何か致命的な失敗をしてしまったのだろうか。

 『いざとなれば叔父君ひとりに罪を被せればいいが、それにしてもジネアは小心すぎる』

 寧ろその方が気がかりだった。この件でジネアの方がぼろを出しそうであった。

 「ひとまずはそ知らぬ顔をすることだ。証拠などない単なる噂なのだからな」

 「父上がそう仰るのなら……」

 「しかし、噂の出所は探ってみるか……」

 マベラはまだ余裕であった。ベイマン家の力をもってすれば、このような噂などすぐに立ち消えると思っていた。しかし、状況はマベラの余裕などあざ笑うかのように加速していった。


 この噂の源は、勿論ワグナスであった。彼はすでにベイマン家を権力の座から引き摺り下ろすことを決断していた。決断するとその行動は素早かった。

 『ベイマン家に反撃するゆとりを与えてはならない』

 いくらビルバネス家と姻戚関係になったとはいえ、ベイマン家の力は強大である。時間をかけていては思わぬ反撃を食らうかもしれない。ベイマン家が余裕を構えている間に次々と手を打って、一気に追い込んでいかなければならない。

 そのための下準備は昨年から始まっていた。ちょうどオルトスが帝都を去った頃ぐらいからワグナスは動き出していた。事を起こすにあたり、まずは皇帝をこちら側に引き入れておく必要がある。政治的謀略によってベイマン家を追い落とすか、はたまた武力闘争によってベイマン家を滅亡させるか。どちらにしろ皇帝を握っておかねばならなかった。

 幸いと言うべきか、ロートン二世はワグナスに好意的である。ただベイマン家と正面きって事を構える度胸を持ち合わせているかどうかであった。そのことを直接皇帝に尋ねるわけにもいかないので、ワグナスは皇帝一家の家宰であるレソーンに近づいた。

 「これはこれは。今をときめくザーレンツ殿がこの老躯に何か御用ですかな?」

 レソーンもまた皇帝の権利を取り戻すにはワグナスと手を組む必要性に迫られていた。しかし、レソーンが狡猾なのはそのような素振りを見せずワグナスの接近を許したことであった。そうすることでワグナスに対して優位に立ち、万が一の時にはワグナスを裏切ることができるからであった。

 「他でもありません。現在の帝国の政治について陛下が如何にお考えか、お聞かせいただきたいのです」

 ワグナスは率直に切り込んだ。老獪な相手に対しては、言葉を弄するよりも単刀直入に話を進めた方が良いと判断したのだ。

 「ほう。陛下は日々、政務と祭礼に務めて帝国と民心の安寧を祈られております。そのおかげで帝国は稀に見る平穏な日々が続いておりますぞ」

 「左様でございましょう。しかし、心ある臣はベイマン家の専横を憎んでおります」

 ワグナスはここでもはぐらかすことをしなかった。レソーンはやや驚いたように目を大きく開いた。

 「さてさて……陛下にお近づきになりたくて私と接触する者は多いですが、そのような話をしてきたのは貴殿が初めてだ」

 レソーンは嬉しそうに笑った。どうやら好意的に迎えられたらしい。

 「ザーレンツ殿のご意思は理解しました。そのご意思、速やかに天聴に達し、叡慮を得られるでありましょう」

 レソーンは非常に遠まわしに言い方をした。明確な言質があったわけではないが、ワグナスがなさんとしていることがロートン二世の意向に沿うものであるというのは間違いなかった。

 「必ず叡慮を得られるように尽力致します」

 ワグナスは丁寧に頭を下げた。今のワグナスにはこれで十分であった。

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