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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その12~

 窮地を脱したロートン二世は駆けつけた援軍に守られ皇宮に戻った。もしこの暗殺未遂劇に黒幕がいたとすれば帰路も用心しなければならない。しかし、ロートン二世を乗せた馬車は襲われることもなく、皇宮に入った。

 馬車の中でのロートン二世は比較的落ち着いていた。殺されかけたことを恨むでもなく怒るでもなく、寧ろ悲しげな表情を見せていた。

 「カップナプル伯が余を恨むのも無理のないことだ。この事件の責任は余自身にある」

 ロートン二世は肩を落としながらそう吐露した。

 「そのようなことはありますまい。いかなる理由があれ、陛下をお恨みすること自体が不敬であり、大逆は九属誅される大罪です」

 興奮し、怒りを隠せずにいるのは衛兵隊長の方であった。

 「族誅な。伯にはすでに子息がいない。他に家族はおるのか?」

 「詳細は存じませんが、遠縁の者ならいるかと……」

 「ならばカップナプル家を断絶させることでこの事件の処罰としよう。無理に縁者を捜し出して刑にかける必要はない。皇宮に着いたらそのように国務卿に伝えよ」

 「御意にございます」

 衛兵隊長は不服に言った。

 「それよりもそなたと一緒に救助に来た者は誰か?衛兵ではなかったようだが……」

 「あの者は財務局の官吏のようです。たまたまカップナプル邸の地下室を発見したので、我らに通報に来たのです」

 「ふむ。官吏にしては勇者であるな。早速明日にでも召して恩賞を授けんとな」

 承知しました、とこの時は衛兵隊長は嬉しそうに言った。

 

 翌日。ワグナスはロートン二世に謁見した。

 「官吏でありながら昨日の武勇、殊勝である」

 という言葉を賜り、宝剣や衣服などを下賜された。しかし、この場所にオルトスの姿はなかった。オルトスには声がかからなかったのだ。

 実際にカップナプル邸に地下室があると発見したのはオルトスである。だからオルトスも賞されてもおかしくないのだが、お召しがあったのはワグナスだけであった。

 オルトスが地下室を発見したことを知るのは本人とワグナスだけであったが、ワグナスはそのことを余人に語ることはなかった。客観的に見ればワグナスが手柄を独り占めにしたようでもあった。

 これについてオルトスに不満があるわけではなかった。皇帝の面前で襲いかかろうとする家宰を倒したのはワグナスなのである。手柄をワグナスに独り占めされたと恨み言を言うつもりはなかった。

 しかし、どうしてオルトスのことを語らなかったのか、という疑問は残った。オルトスの知るワグナスならば、

 『最初にカップナプル邸に地下室があると疑惑を持ったのはオルトス・アーゲイトだ』

 と語ったであろう。事実を隠し、手柄を独り占めにしようとする行いなどするわけがないし、寧ろそのような行いを嫌い、非難するのではないか。ワグナスとはそういう男ではないかとオルトスは思っていたのである。

 『ワグナスの志は高い。しかし、それがために権力への執着心が強すぎる』

 後になってオルトスはワグナスのことをそう評するのだが、その発端がこの時期に見え隠れしていた。


 カップナプル事件以後、貴族社会におけるワグナスの地位が急上昇した。連夜行われる貴族達の宴の常連になり、社交界にあってなくてはならない存在となっていた。

 その日、オルトスはロンシャン侯爵が主催する舞踏会に顔を出していた。その場にもワグナスはいて、貴族のご婦人達に囲まれていた。

 オルトスの場合、このような場に出ているのは、半ば仕事であった。皇帝直轄地管理局の仕事の中に、皇帝直轄地から納められる租税を皇族貴族達に分配するという仕事がある。そのため皇族貴族達は、管理局の官吏にちょっとでも便宜を図ってもらおうと社交の場に招くのであった。

 オルトスは現在まさにその仕事をしているため、ワグナスとは別の意味で連日連夜社交界に招かれていた。あまりこういう賑やかな場が苦手なオルトスは正直辟易していた。

 「つまらない、早く帰りたって顔をしているわね」

 壁にもたれて賑わいを眺めているオルトスに声をかけた婦人がいた。ランスパーク男爵夫人である。

 まだ三十代前半ながら夫であるランスパーク男爵に死なれ寡婦となったが、男爵が残した遺産と恩給によって自由気ままな生活を送っていた。その一方で洒脱な人柄と歯に衣着せぬ言動で帝国の社交界で存在感を示していた。

 「これは男爵夫人。いえ、これでも楽しんでいる方ですよ」

 「嘘ばっかり。あなたはすぐに顔に出るからね、オルトス」

 オルトスは男爵夫人の恩給を担当しているので親しくしていた。個人的に男爵夫人の邸宅に招かれ、一時間ばかり話し込むことも珍しくなかった。

 「は~ん、ワグナスちゃんね。大した人気ですこと。お友達としては彼があれだけに人気になれば寂しい?それとも嫉妬する?」

 男爵夫人はワグナスとも知己であった。ワグナスに請われて、オルトスが男爵夫人を紹介したのである。

 「それはないですね。人にはそれぞれ相応しい役割というものがあるんです。言うなればワグナスは太陽ですよ」

 「それで自分は月……とでも言いたいのね。ふん、その考えには賛同しかねるわね。あなたが月かどうかは別として、オルトスが太陽というのはちょっとね……」

 男爵夫人は冷めた目をワグナスに向けていた。男爵夫人が必ずしもワグナスに好意的ではないとオルトスが悟ったのは、実にこの時であった。

 「ワグナスちゃんは、言うなれば炎ね。その眩い光を求めて人も動物も虫すらも寄ってくるでしょうよ。でも、あまりの熱さにやがて離れていくか、身を焦がすでしょうね」

 この時は何気なく男爵夫人のワグナス評を聞き流していたが、まさにワグナスの将来を言い当ていたと知るのは遥か後年のことであった。

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