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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅰ 朝霧の記~その5~

 謹慎を解かれて一ヶ月。ツエンはまだ無役のままにいた。

 やることのないツエンは、日々を読書と農耕に費やし、隠居爺のような生活を送っていた。イニグスからは、自分以上に隠居者らしい、と言われる始末であった。

 「きっと老公も三家老も、義兄上をどの地位につけていいのか迷っておられるのですよ」

 ある夜、機嫌伺にやってきたサダランはそのように言ってツエンの無聊をなぐさめようとしたが、ツエンは笑って首を振った。

 「そうではあるまい。俺なんぞに構っている暇などないのだ」

 ナガレンツ領は、経済的不況の中にいた。ナガレンツ領だけではなく、帝国全体が神託戦争以後、不況に陥っていた。

 ナガレンツ領だけに関して言えば、傷病兵や戦死した遺族への恩給が財政を圧迫していた。神託戦争に参加した兵数は五百。そのうち戦死者は三十二名であり、負傷したのは百名以上。これは当初想定した損害率を大幅に上回っていた。当然、これらに対して補償や恩給を支給せねばならず、ただでさえ戦争準備の為に借財をしていたのに、それに拍車をかける結果になってしまった。

 「財務方は大変ですよ。無い所から金を出せと言われているわけですから。義兄上ならどうします?」

 「一時的に金を作るのではあればそれほど難しくはない。マノー家が所蔵している家重代の宝物を売ればいいのだ。蔵の中で埃を被っているのも多いはずだ。三割でも売りさばけば充分手当てできるだろう」

 「ははぁ。しかし、そのようなこと老公も三家老もお認めにはなりますまい」

 「認めないだろう。宝なんぞ蔵の中に隠していても何の役に立たないのな。固陋な考え方の人間は、そういうものをありがたがるものだ」

 全部売り払って金にした方がいい。ツエンは本気でそう思っていたし、実際に彼がナガレンツ領の政治を総攬する立場に立った時、それら家宝を悉く売り払い戦費に当てた。

 「だが、一時的に金策ができても駄目だ。これからの時代、永続的に領内を富まし、強兵を養わなければならない」

 「ご高説のとおりかと思います。義兄上にはそのための方策などおありなのですか?」

 「あるにはある」

 とだけ言って、ツエンは片側に置いてあった反物を引き寄せた。

 「ナガレンツ織ですか。義姉上が織られたのですか?」

 「いや、俺だ。ここ一ヶ月暇だったからな。織ってみた」

 「義兄上が?器用なもので」

 そうでもないさ、とツエンは言った。寒冷地のナガレンツ領では、真綿を紡いだ糸を使った織物が各家庭で盛んに織られていた。ガーランド家も例外ではなく、ツエンは昔から母であるカサラが織っているのをこの目で見てきており、実際に自分で織ることもしばしばあった。

 「たとえばこのナガレンツ織。ナガレンツでは知らぬ者などおらぬが、帝国内ではどうか?知る者など少ないだろう。しかし、故郷の物産だからと贔屓目で見るわけではないが、我らはこれで冬を過ごすほど暖かであるし、丈夫である。また上手い者織れば、絣も細かく、高級品としても通るだろう。これを物産として売り込むことも領内を富ます一つの手段だ」

 「なるほど」

 「ナガレンツ織だけに限らん。ナガレンツには織物以外にも売れる物産がたくさんある。それを量産し、帝国全土に売る算段を整えるのだ」

 「それではまるでナガレンツが商人になるみたいじゃないですか」

 「そうだ。商人だ。商人ほど偉い者はないぜ」

 そうでしょうか、とサダランは首をかしげた。武人である以上、武人こそが社会の中で一番偉いと思っているのだろう。

 『そう考えている以上、サダランもまだまだだな』

 商人は常に利益を考え、投機的に活動する。時には武人が戦に挑むのと変わらぬほどの勇気を要することもある。しかも、代々の地位や血統など一切関係なく、己の才能のみを頼りにしている。権力に胡坐をかいている連中より、よほど乱世を渡るに適している。

 『いずれ信頼する商人を見つけなければな……』

 その日はそう遠くあるまいと思いながらも、ツエンは未だ無役の身であった。


 「クノ。半年ほど留守にするぞ」

 その日の夜。ツエンはクノと枕を並べながら、そう漏らした。

 「またでございますか?」

 クノは動じることもなく言った。亭主が家を空けることに慣れてしまったかのようであった。

 「まただな。いずれ俺はナガレンツの政治を見ることになるから、ここから動けなくなる。そうなる前に恩師と友人に会っておきたいのだ」

 「私が嫌だと言っても、お行きになさるのでしょう?」

 クノの声に憂いはなかった。しかし、ツエンが帰ってきてから嬉しそうなクノの表情を見ていると、寂しさはあるに違いなかった。

 「そう言うな」

 ツエンはそれしか言えなかった。

 「行ってくださいまし。私としても、家でぼっとしているあなたは好きじゃありませんから」

 「ぼっとしていた覚えはないんだがな」

 ツエンは口ごたえしながら、闇の中でクノに頭を下げた。

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