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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その9~

 コン・カップナプルは、準備を整うと皇帝を初めとした貴族達に招待状を送った。この度、病が快方に向かいましたので、日頃の感謝を込めて宴席を設けたいのです、というような内容であった。

 コンが病で臥せって以来、皇帝ロートン二世は度々見舞いの使者を遣わしていた。ロートン二世なりに後ろめたさがあったのだろう。後ろめたさがあるのはゲートウェイン家も同様であった。事ある毎にカップナプル家と争ってきたゲートウェン家も、コンが病に臥せってからは争う姿勢を見せずにいた。だから、ロートン二世もゲートウェン家のカザインも、コンの招きに応諾したのだった。


 決行当日の夜が来た。コンは家宰と計画の最終確認を行った。

 「ゲートウェンの老人はなんとかなる。問題は皇帝陛下ぞ」

 この計画の最大の問題点はまさにそこであった。皇帝の周辺には、いかなる時も屈強な護衛が数人ついている。その前で皇帝を弑逆するのは至難の技である。

 「それはかねてからの計画どおりに。私が皇帝陛下に食膳をお運びします。陛下の前で私が毒見のふりを致しますので、食膳の中に仕込んでおいた毒針で陛下を一刺しします。それと同時に地下室に潜めている兵士達を出動させ、宴席の場に流れ込んでゲートウェンを倒します」

 「……うむ」

 この方法なら高確率で皇帝を亡き者にすることができる。しかし、同時に実行する者の命は間違いなく絶たれる。

 「すまぬな……。本来なら私がその役目を果たさなければならぬのだが、私では仕損じてしまうかもしれぬ」

 「仰いますな。主君のために死するのが臣下というものです。先んじて事を成就し、泉下にてお待ちしております」

 コンは落涙した。後は皇帝に怪しまれぬよう気力を振り絞って快癒した演技をするだけであった。


 この日は様々な人の運を左右する一日となった。もし、この日がなければ、ワグナス・ザーレンツが政治の表舞台に躍り出ることがなかったかもしれないし、皇帝ロートン二世はこの日に落命していたかの知れなかった。さらにいえば、後の歴史も大きく変わっただろうし、レオンナルド帝の時代を迎えることもなかったかもしれなかった。それほど際どい運命が、この一日に詰め込まれていた。

 カップナプル家へと向かうことになっていたこの日、皇帝ロートン二世は朝から趣味である裸婦画の制作に勤しんでいた。ロートン二世は裸婦画の収集を趣味としており、その趣味が高じて自らも裸婦を描くようになっていた。余談ながらその実力は、宮廷に出入りしている芸術家達もお世辞抜きで賞賛するほどであり、歴史家などは『ロートン二世の功績は、生涯にわたり制作した十二枚の裸婦画である』と書き記すほどであった。

 夕刻になり筆をおいたロートン二世は、侍従に今度の予定について尋ねた。

 「本日の夜は、カップナプル家で饗応を受ける予定になっています」

 「うむ……」

 カップナプル家のことは、ロートン二世にとっては決して愉快なことではなかった。自らに責任があるとはいえ、息子の自殺に対して恨み言を一切言わず暗い目だけを向けてきたあの老人のことがどうにも気味悪く、カップナプル邸に行くことに躊躇いが生じた。

 「行かねばならぬかな?」

 ロートン二世は侍従に問うた。

 「尊い立場のお方が一度決められたことを理由もなくやめては臣下に示しがつかなくなります。またカップナプル伯も陛下のお成りを楽しみにしておりましょう。これは取りやめては伯爵はさらに気落ちされることでしょう」

 「そうであるな」

 仕方がないとばかりにため息をついたロートン二世は重い腰を上げた。

 皇帝が皇宮から出るとなると、それなりの随員が付いて来る。皇帝の身辺を固める近衛兵や世話をする侍女など総勢五十名ほどになる。しかし、カップナプル邸はそれほど広くなく、それらを全員収容することは不可能であった。実はこれもコンと家宰による作戦であった。

 「どうせ帝都内だ。危険なことはあるまい。衛兵は最少でよい」

 ロートン二世は自らその様に命じた。

 「それでは護衛は二十名ほどにいたしましょう」

 侍従はそう応じた。

 日が落ちかける頃、ロートン二世は馬車に乗って皇宮を出た。一行の総数は三十名程度。カップナプル邸は皇宮からそれほど遠くない。ゆるりゆるりと進んでも半刻も経たずしてカップナプル邸に到着した。馬車を下りたロートン二世は、コンの出迎えに受けた。

 「これは陛下。この度はむさ苦しい拙宅にお越しいただき、光栄でございます」

 「ふむ。息災のようだな。今宵は楽しみにしておるぞ」

 一通りの挨拶を交わし、コンとロートン二世は邸内に消えた。これに付き従うのは五人の侍女と衛兵五名だけ。残りは邸外で待機することになった。

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