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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その8~

 帝国の有史以来、帝室の醜聞というべき事件は多々起きてきたが、カップナプル事件もそのひとつというべきであろう。事件だけを見ていけば単なる皇帝を巻き込んだ貴族同士の諍いでしかないのだが、ワグナス・ザーレンツの名を世に知らしめたということを考えれば、やはり歴史的な事件というべきであった。

 事件の発端は、先述のとおり貴族同士―カップナプル家とゲートウェン家―の諍いであった。両家は供に伯爵の位で、領地も隣接していた。そのせいであるかどうかは別として両家は長年に渡り不仲であり、双方の領地を流れる河川の使用権や、領境の樹木の伐採権などが問題となり、裁判となることも度々あった。

 カップナプル事件が起きる八年前、両家の諍いを決定付ける出来事が起こった。この時、カップナプル家、ゲートウェン家の双方に未婚の男児がおり、花嫁を捜していた。不幸にもこの時期、下級貴族のデルト家に妙齢の女性がおり、優れた容姿で知られていた。それを知った両家はほぼ同時に、デルト家の娘に求婚をしたのであった。

 困ったのはデルト家の当主であった。双方とも爵位も同じで、領地の大小にもそれほど差がない。帝国における権勢も同等ぐらいであろう。そうなると、どちらに娘をやるべきか、判断つきかねてしまった。困った挙句にデルト家の当主は、皇帝に裁可をも求めたのであった。

 デルト家当主以上に困ったのは、即位したばかりのロートン二世であった。帝国の政治に意欲的に取り組もうとしていた皇帝には、実にくだらぬ問題に思えた。

 『これも皇帝の仕事なのか……』

 と腹立ち、呆れた。両家の婚姻などロートン二世にしてみればどうでもいいことであり、どちらの家に娘が嫁ごうと、皇帝の利害に一切関わりのないことであった。とはいえ、持ち込まれた以上裁可を下さなければならず、ロートン二世は紙の両端に両家の名前を書き、その真ん中にペンを立てて手を離した。ペンはゲートウェン家の方に倒れた。

 『デルト家の娘はゲートウェン家へ』

 ロートン二世はこうして裁可を下し、デルト家の娘はゲートウェン家へと嫁いだ。ここまでなら問題は複雑にはならなかった。ゲートウェン家に負けた形となったが、コン・カップナプルはそれほど深刻には思わず、また息子のために器量のいい娘を捜そうとぐらいに考えていた。

 しかし、デルト家の娘と婚姻できないと知ったコンの息子が、そのことを儚んで命を絶ったのである。コンの息子は、心底デルト家の娘を愛していたのである。

 このことはコンに衝撃を与えた。自殺した息子はひとり息子で、当然ながらカップナプル家の跡取りであった。息子が死んだだけではなく、カップナプル家の行く末も定まってしまった。コンは悲しみのあまりその日を境に寝込んでしまった。

 それから八年の歳月が過ぎた。コンは一年ほど前から病にかかり、余命は長くないと医師から告げられていた。

 『これでカップナプル家も終わるか……』

 病床でコンは、そのことばかりを考えるようになっていた。そうなるとコンの負の感情は、ゲートウェン家と皇帝へと向けられた。実はこの時期、デルト家の娘がゲートウェン家に嫁いだのは、ゲートウェン家が皇帝に多額の金銭を送ったためだ、という情報がコンの耳に入っていた。勿論、これの情報は虚報なのだが、真実なのかどうかはこの際問題ではなく、そのことをコンは信じていた。

 『憎むべきかは皇帝陛下とゲートウェン家よ』

 皇帝ロートン二世は最高権力者としての春を謳歌していたし、ゲートウェン家も世継ぎが生まれ安泰だと聞く。そのようなことを知るにつれ、我が家の悲しき行く末を対比させると、恨み辛みが満ち溢れていった。

 『どうせ私は死に、カップナプル家は断絶する。ならば一層……』

 皇帝を弑逆する。突飛な発想のようであったが、年月をかけて堆積していった恨みがコンの臣下としての常識的な思考に重厚な表層を形成し包み込んでいた。

 『皇帝陛下とゲートウェン家の者を道ずれにしなければ泉下の我が子に申し訳が立たない』

 意を決したコンは家宰を呼んで全てを打ち明けた。

 「もし事を起こせば、お前を初めとした多くの家臣に迷惑がかかる。だからお前が反対すればわしはこの思いを胸に秘めたまま死ぬ。その時はお前も誰にも口外せずに墓場まで持っていってもらいたい」

 家宰は、大事を明かされたことと、コンの覚悟を知って落涙した。

 「我ら家臣も若君をあのような形で亡くされたことを悔やみ、無常な判断を下した皇帝陛下と汚い真似をしたゲートウェン家を恨んでおります」

 事実、コンの息子は温厚篤実な性格で、家臣にも領民にも愛されていた。特に家臣団の中には、彼が自殺した時に憤慨し、ゲートウェン家に乗り込もうとした者も少なくなかった。

 「そうか……。わしは家臣達に恵まれた。大望さえ果たせれば悔いはない」

 コンは家宰といかにして皇帝を亡き者にするか相談を重ねた。

 「できれば参加する者は少ない方がよろしゅうございます。ご領主様に忠誠の厚い決死の士を三十人ほど集めます」

 「うむ。わしの病気が快癒した故、宴席を設けたいということにしよう。我らの領域に入ればなにかと容易く事が運べるだろう」

 コンと家宰はさらに詳細な打ち合わせを行った。ここまでがカップナプル事件の前段階であった。

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