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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅰ 朝霧の記~その27~

 新帝国と正統帝国の衝突。それが現実味を帯びてきたことにより、ナガレンツ領も慌しくなってきた。

 戦争になるのは必定であった。では、ナガレンツ領はどうあるべきなのだろうか?新帝国に属するのか?それとも正統帝国なのか?ナガレンツ領の家臣団は主君がどちらの方針を取るのか、不安に思っていた。

 『まずは領内に武装中立の方針を徹底させるべきだ』

 それも早々にである。これを後回しにしてしまうと、領内の家臣団の意見は割れ、党派争いに発展してしまう。そうなると武装中立どころではなくなってしまう。ツエンはそう考えて、家臣団を一堂に集め、スレスの口から武装中立の方針を語らせた。

 「我らは新帝国にも正統帝国にも組しない。あくまでも中立を堅持し、新帝国と正統帝国双方が存立する道を、我らナガレンツが示すのである」

 幸いにと言うべきか、ナガレンツ領の家臣団は主君に対して妄信するところがある。ほとんどの家臣達がこれに納得し、それどころか主君が何事か歴史に名を残す大きな事を成そうとしていると興奮する者も少なくなかった。これについては挙国体制を築くために教会との騒乱に一部兵士を駆りだした成果が多少あったとツエンはみていた。

 『これでいい……』

 ツエンは家臣の一員としてスレスの言葉を聞きながら、ひとまず安堵した。だが、家臣達を騙しているという後ろめたさもあった。騙している、というのは多少語弊があるだろう。しかし、ナガレンツ領がやろうとしていることは決して平坦な道ではなく、茨の道である。ナガレンツ領内が焦土になる可能性も否定できないのだが、そのことについてはスレスは何も語らなかった。ツエンが語らせなかったのだ。

 ただ、この翌日、家臣団数名が逐電しているのが発覚した。彼らがいかなる理由でナガレンツ領を去ったのかは今となっては定かではないが、おそらくはグランゴー達と気脈を通じていたのかもしれない。ツエンは深く追求しなかった。

 『過去の問題の追及は後回しだ。今は武装中立への体制を整えるのが先だ』

 すでに兵士の装備の充実化を実施している。ツエンは家老になってすぐにマノー家が所蔵している家宝を売却し、その資金をもって鋼製の武具をひとしきり揃えていた。その数は千組あまりになり、これだけの装備を整えた領は、少なくとも南部十領では存在しないだろう。

 同時に軍制改革にも着手した。これまでは有事の際にいちいち編成していた部隊を常設とし、十の部隊を作り出した。その部隊を束ねるのがツエンであった。

 余談ながらツエンはスレスが中立を宣言したその直後に『総裁』という役職に就いていた。総裁とは家老よりも上位に置かれ、政治と軍事の一切の権限を領主から委ねられた。要するにツエンはナガレンツ領の事実上の指導者となり、独裁者となっていた。


 帝暦一二二五年天臨の月三十日、正統帝国はフェドリー帝の名の下で北伐を宣言した。軍事力をもってサラサ・ビーロスを討伐するための軍を起こしたのだ。これに対し新帝国も第一軍、第四軍を南下させ、マニール領に入れた。もはや両者の軍事衝突は不可避の状態となっていた。

 その情報を得たツエンは、早速にスレスと老公に報告した。

 「間違いなく戦になるな」

 老公は杯に満たした酒を舐めながら言った。ここ最近、老公の酒量が増えていると聞く。豪胆な老公でも事態の先行きに不安を感じているのだろう。

 「なりましょう。しかしナガレンツはどちらにも組しません。早々に中立を宣言し、双方の融和を図りましょう」

 「勿論そのつもりでいる。だが、我々も戦を避けられないだろう」

 スレスが言う。彼もまた不安を感じているのか、以前よりやつれているように見える。

 「覚悟はしておいていただきましょう。しかし、家臣一同、まずは不戦の一字を胸に精勤致します」

 それはツエンの偽りのない本心であった。戦争などというものは損害と利益を考えれば、どう考えても損害の方が大きい。戦争はしないに越したことはないのだ。だが、ツエン達が不戦主義でいても、相手も同じであるとは限らないのだ。

 ツエンはスレス達の前を辞すと、雑務を終えて家に帰った。実に久しぶりの我が家であった。

 「ナオカにいながらも家になかなか帰れんとはな。そんなに忙しいのか?」

 父と母、そしてクノとの食事も実に久々であった。イニグスが箸を進めながら息子に問うた。普段から寡黙で、食事中はほとんど喋らない父を見てきたツエンとしてはやや意外に思った。

 「忙しゅうございます。やらねばならぬことが多すぎますし、待てる時間もございません」

 「まさかお前が本当に家老……いや、家老よりも偉くなろうとはな。これは喜んで良いのかどうか分からんな」

 「まぁ、あなた。ツエンが偉くなってよろしいじゃないですか」

 イニグスの言い草を母であるカサラは窘めるが、ツエンは寧ろ父の言うとおりだと思った。

 「何もない時に偉くなりたかったですね。まぁ、何かある時でないと、私などは偉くなれなかったでしょうが……」

 「何もない時か……。私が生きている時にガイラス朝が崩壊し、天界すらも崩壊するとはな。長く生きているとろくなことがないな」

 「何を仰る父上。父上にはまだまだ生きていてもらわねば困ります」

 ガーランド家の跡目のこともある。ツエンはそう言い掛けてやめた。ツエンは死を覚悟をしていたが、死を約束されたわけではない。死ぬつもりもないのだから、跡目のことを言うこともないだろうと思った。

 晩にはクノと睦み合った。やはりクノの体は瑞々しく、ツエンは男のものを存分に発散させ、クノは全身で喜び震えた。

 「またしばらく戻れないのですか?」

 クノはツエンの腕に抱かれながら囁くように言った。

 「戻れんな。間もなく新帝国と正統帝国で戦争が始まる。ナガレンツも無縁ではありえない。そのために色々と奔走しなければならんのだ」

 「また戦争ですか?この間、終わったばかりじゃありませんか?」

 「違う種類の戦争が始まるのだ」

 「そうですか」

 クノはそれ以上深く尋ねてこなかった。これが彼女の聡明なところであった。

 「クノ。この一連の事態が収束すれば、俺は職を辞することにする」

 ツエンは唐突に言った。

 「何を仰るんですか?せっかく手に入れた役職じゃないですか?」

 「どういう形であれ事態が収束できれば、俺など用済みだ。そうすればどこかの温泉地でも行って二人でのんびりするか」

 「ふふ、楽しみにしていますわ」

 クノは冗談と受け取ったのだろう。わずかにしのび笑った。

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