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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
23/89

外伝Ⅰ 朝霧の記~その23~

 南部最大の領地を持つジェノイバ領は、もともとベリックハイム家の領地であった。領の名前もベリックハイム領と呼ばれていた。それが烈帝ギルガメルの御世に帝国直轄地になり、その後ジェノイバ家に下賜された。

 ジェノイバ家の始祖はギルガメル帝の末子であり、その点では皇統に連なる家系である。ただ血筋だけではなく、なによりも肥沃な土地による経済力が帝国におけるジェノイバ家の存在を大きくしていた。一時期は皇帝に次ぐ実力を持ち『副皇帝』と称されることもあった。

 現在の領主グランゴー・ジェノイバは四十歳代後半で、領主になって二十年近い年月が過ぎていた。歴代の領主と同様に帝国の政治中枢にも強い関心を示し、皇帝の政治に口を差し挟むこともしばしばあった。しかし、ジギアス帝とはそりが合わず、彼が皇帝となってからは帝国の政治に介入することはなかった。

 だが、根から権勢欲の強いグランゴーは、いつの日か帝国の中枢に喰い込まんと考えていた。その矢先の神託戦争に端を発した帝国の政治的混乱である。ジギアスの求心力も日に日に陰りを見せていった。

 『これは時を置かずして帝国は私の力を必要としてくるだろう』

 グランゴーは表面的にはジギアスに協力しながらも、虎視眈々とジギアスを凌ぐ実力者にならんと狙っていた。あるいは帝位そのものを狙っていたかもしれない。

 しかし、予想に反してジギアスが凋落する速度が速かった。あれよあれよという間にジギアスはサラサに連敗し、ついにはレスナンによって謀殺された。

 『我が世が来た!』

 グランゴーはそう思わないでもなかった。しかし、グランゴーが多少聡明だったのは、ここで表立って行動しないことであった。ジギアスの死後、二帝が並立したが、これには積極的に協力しなかったし、ましては自ら皇帝を名乗ることもしなかった。どうせ世の中が乱れるのだから力を蓄えておこう。そのように考えたのだ。

 だが、ここでもグランゴーには誤算があった。サラサ・ビーロスが混乱を収束させてしまったのである。グランゴーは力を蓄えながらも、拳を振り上げることもできず、ビーロス王朝の成立をただ見守るだけであった。

 ここでグランゴーは選択肢を迫られた。大人しくビーロス王朝を受け入れるか、これを拒否するかであった。もしサラサがすぐにでも軍を発し、南部領地の制圧に向えば、グランゴーはこれに屈するしかなかったであろう。しかし、サラサは内政充実の為に南部十領についてはしばらく放置する方針を取った。選択権がグランゴーの手に委ねられたのである。

 そこへ先帝となったフェドリーとレスナンが身柄の保護を求めて遥々ジェノイバ領までやってきた。グランゴーとしては運命を感じざるを得ず、意を決した。

 『フェドリー帝こそ帝国の正統な皇帝である。サラサ・ビーロスなる逆賊はこれを武力で排除し、自らを皇帝と僭称した!』

 グランゴーは力を蓄えた拳を振り上げた。しかし、それは同時にフェドリーを擁し、サラサと軍事的に衝突するということを意味していた。そのことに気がついたグランゴーは戦慄した。ジェノイバ領だけでは、とてもではないがサラサ軍の大軍と戦って勝利するのは不可能であった。

 『南部十領を結束させるしかない……』

 幸いにして南部十領は代々帝室(ガイラス王朝)への忠誠心が高い。南部十領による同盟は容易くなるだろうとグランゴーは高を括っていた。

 当初、グランゴーの構想では、南部十領による軍事同盟という枠組みであったが、レスナンの提案により『同盟』ではなく、『正統帝国』という呼称になった。

 グランゴーは、早速勅使を九つの領に送り、正統帝国への参加を呼びかけた。


 勅使を派遣して一週間ほどが過ぎた。ジェノイバ領と隣接している三つの領からは同盟に参加する旨の返事が寄せられてきた。しかし、それ以外については未だ勅使は帰ってきていなかった。

 「もはや一週間。各領主が即決しておれば、すでに勅使は戻ってきているはずだ。どうなっているか?」

 正統帝国においても国務卿に就任したレスナンは、居丈高であった。ジェノイバ領にたどり着いた時は憔悴し、縋るように媚を売っていた男が早くもこの調子である。グランゴーは腹立ちながらも、表向いては低姿勢を貫いた。

 「今しばらくお待ちいただければと。南部は山岳地帯ゆえ、難路も多くございます。きっと数日のうちには色よい返事が参りましょう」

 グランゴー自身、楽観していた。この時期にビーロス王朝に参加していないということは、新王朝に対して敵対心を持っているからに違いないと思っていた。だが、グランゴーの構想は早くも崩れ去った。

 南部十領の中で最も北に位置し、新帝国(便宜上、ビーロス王朝の帝国をそう呼称する)と接しているマニール領が新帝国への帰属を決めたのである。

 その理由は単純であった。マニール領は特筆した農産物も産業もない小さな領で、単独では経済的に立ち行かなくなったからである。ただでさえ、戦争で経済が苦しくなり、南部では慢性的な食糧不足が続いていたので、このままでは領主を筆頭に領民全員が餓死する可能性すらあった。やむを得ずというよりも、泣いて懇願するように新帝国へと帰属したのであった。

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