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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅰ 朝霧の記~その12~

 ツエンが南部の監理官を務めた期間は一年半に及んだ。その間、ナガレンツ領南部の経済は上昇し、治安も著しく改善された。何よりも南部の領民達はツエンを父のように慕うようになり、ツエンが民政局長への栄転が決まった時も、『我らが監理官を取らないでください』という嘆願が領主の下に多数寄せられるほどであった。

 ツエンが領都へと戻る日、多くの人達がツオに集まってきた。その中にはツエンが検挙し、更生させた賊徒達もいた。彼らは無頼の輩であったが、性根が義理堅く、生活が立つようにくれたツエンに並々ならぬ恩義を感じていた。それだけにツエンが去れば、またもとの生活に戻るのではないかという不安があった。

 「俺は確かに南部を去る。しかし、今度はナガレンツ全体を見ることになる。その中にお前達のことも含まれているから安心して生活をしてくれ」

 ツエンはそう言って彼らを宥めた。彼らのツエンの恩義は尋常ではなく、後になってツエンを助けることになる。


 領都に戻ったツエンは、即日民政局長に就任した。この地位は三家老に次ぐ地位であり、行政面では実質上の最高位であった。

 「おめでとうございます、義兄上。これで義兄上の時代が来たというわけです」

 「そう簡単でもなかろう」

 興奮するサダランに対してツエンは冷静であった。南部では好きにできたが、領都にいるとなると三家老の目がある。事あるごとにツエンに突っかかってくるだろう。

 とりわけツエンに対して敵愾心を持っているノイエン・スチルスなどは、ツエンのやることなすことを非難し、妨害してくるだろう。実際にツエンが南部で行った政策について、ノイエンは辛らつな言葉で批判を加えたという。その内容をツエンは聞き及んでいるが、すべてが的外れでおよそ理性的といえるものではなかった。

 『感情論だけで噛み付かれると、もはや議論の余地もなくなる。批判するだけならまだしも、邪魔をされてはかなわん』

 とりわけノイエンが批判したのはツエンの経済政策であった。ある時、ノイエンはツエンの政策をこう批判した。

 『聞けばガーランドは武人にもナガレンツ織を織ることを推奨し、それを帝国中で売ろうとしている。これではまるで我らが職人のようであり、商人のようである。誇り高きナガレンツの武人がすることではない』

 要するに武人には職人や商人の真似はできない、ということであろう。ノイエンは明らかに職人や商人を身分的に低く見ていた。ツエンからすれば為政者として許されざる見識である。

 『武人としての誇りを持つのはよろしかろう。私もナガレンツの武人として多少なりともそのことへの誇りを持っている。しかし、その誇りだけでは一帝国ギニーも得ることはできない』

 ツエンはそう反駁した。ノイエンは顔を真っ赤にして怒りを隠さなかったが、さらに反論できるほどノイエンに政策に対する定見があるわけではなかった。この時、仲裁するように意見を差し挟んだのはスレスであった。

 『スチルスの言うように武人の誇りは大切であろう。だが、誇りだけでは一帝国ギニーも生まれないのは確かだ。我らは農民は作った作物を食し、職人が織った衣服を着、商人からの租税で収入を得ている。スチルスが今朝食した米も、今来ている織物も、ガーランドの政策によって得られたものであるのかも知れないのだ。そう無碍にすることもなかろう』

 スレスの言は理屈に適い、重みがあった。これにはノイエンも表情すら変えることもできなかった。

 この後、面と向ってツエンを論駁できないと悟ったノイエンは、流言飛語によってツエンを貶めようとした。

 『民政長官ツエン・ガーランドはクワンガ領のアルベルト・シュベールと仲が良い。彼は反皇帝派の間者であり、ナガレンツ領をクワンガ領の属領にしようとしている』

 というあまりにも稚拙で現実味の乏しい流言であった。勿論、これらがノイエンから放たれたものであるという証拠はない。しかし、彼がこの流言をもってスレスにツエンの罷免を進言したことから考えても、ノイエンの画策であったことはほぼ間違いなかった。

 しかし、聡明なスレスは一切これを取り上げなかった。

 『民政長官が左様なことをして何の得になろうか?それはクワンガにとっても同様で、離れた我らが領地を属領にしても得なことなど何もなかろう。くだらぬ流言だ』

 ツエンにとっての幸運は、老公やスレスがツエンの異才を理解していたことだろう。特に新領主であるスレスは老公以上にツエンの政策を支持していたし、信頼を寄せていた。おかげでツエンは多少の妨害に遭いながらも、比較的自由に己の政策を推し進めることができた。

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