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血院  作者: 辰野ぱふ
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サイパ (1)

サイパはまず、人の役わりを割り当てなおした。マンドゥリから移ってきた人数の三分の一もの人が血師を名乗っていた。それでは生活が成り立たない。

 今までは王様の下で、食べ物もあたえられ、皆、優雅に、のんきにしていたので、実は本当に診断の力がある血師ばかりではなくなってしまっていたのだ。

 サイパは、まず血院で働く人の血を見わけて、血師、血の診断の記録をとる人、作物を作る人、建物を建てる人、食事のせわをする人、などなど、いろいろな役わりを分け、決めていった。

 これに文句があった血師もいる。それで血院を出て行ってしまった人もいた。でも、ほとんどの人は、一人で暮らす方法も知らなかったし、なにより、サイパは皆の信頼を得ていたので、山奥での新しい生活を受け入れた。

 マンドゥリにあったような、豪華な建物ではなかったが、石造りの三階建ての病院が建ち、昔の血院をまね、柱には血師の物語が彫られた。そこで病気を診てもらえるようになって、うわさを聞きつけた人びとがどこからともなく集まってきた。

 集まって来た人たちのほとんどは貧しい人たちだったけれど、皆血院のことをとても大事にした。自分の子供や親、時には家畜の病気を診てもらえる。人びとはみな感謝して、お米や、野菜、作った着物など、心をこめて血院に持ってきた。

 サイパは、マンドゥリにいたときより、しあわせを感じていた。マンドゥリにいたときには役人や王族の人だけしか治療を受けられなかったが、ここでは誰もが望めば治療を受けることができた。いばる人もいなかった。診察を受けに来る人びとは、血院を守ろうとしてくれた。

 もともと、サイパは小さい村の血師の家に生まれ育った。青年になる頃までは、父の教えを受け、その評判が良かったことから、マジャイナ王の目に止まり、マンドゥリの血院に招かれたのだ。断ることなどできなかった。マジャイナ王は絶大な力を持ち、自分に従わない者は処刑することさえあった。

 サイパはその昔の家を思い出した。こんなふうに、その地域に暮らす人々と共に生きている実感があった。

 新しい血院になってから、一年もたたないうちに、もう、生活はゆったりと流れ始めていた。

 血師は、代々名前を引きついで行くことがある。この時のサイパは三代目だった。

サイパは子どもの頃はシャーイパという名前で呼ばれた。文字で書くと同じ名前なのだが、呼びかたが違う。父の二代目サイパが生きているうちは、シャーイパと呼ばれていて、二代目のサイパが死んでしまうと、シャーイパという名前からサイパという呼びかたになった。

 三代目サイパは二代目サイパの子どもだったし、その三代目サイパの子どもも、たまたまシャーイパと名乗ったが、いつも、親子で名前を引きつぐわけではなかった。

血師の家や、血師を持つ村では、生まれた子どもは、はいはいができるようになると、もう赤んぼうのうちに診断ができるかどうかを試され、そのときに血師としての名前もつけられる。血院でもそれにならって、血院で生まれ、血師を継ぐ子どもは代々の血師の名前をもらうしきたりになっていた。

 生活で使うもの、農業で使うものなど、ありとあらゆる物が雑多に用意されている薄暗い部屋に赤んぼうは入れられて、自分が好きな物に向かってはいはいして行く。診断ができる赤んぼうは、たくさんあるものの中から、水、鏡、首飾、髪、筆の中の三つか、四つのものを、順々にさわっていくとういう。そして血師の名前がつけられる。「つけられる」という言い方は少し違うかもしれない。名前は自然にわかり、その子どもに引き継がれるのだという。

シャーイパという名前は、よく診断ができるというあかしだった。

ほかにも、そうやって残っていく名前があって、もう赤んぼうのうちから、自然にわかるのだそうだ。

 新しい血院になってからは、それぞれの名前と役わりが、もっとはっきりと受けつがれるようになったし、引き継ぐ者がなく、忘れられようとしている名前もたくさんあった。せっかく名前を引き継いでも、恵まれた生活になれ、なまけて、本来の力を無くしてしまった人もたくさんいたからだ。


 新しい血院での暮らしがすっかり落ち着いて何年か経ったある日、サイパは自分の顔を水べにうつして、じっと見つめた。山からのわき水は、深く冷たい色をしていて、水が動かないところでは、鏡よりもはっきりと姿をうつすことができた。

 血師は、生まれた日ということを気にしない。生まれ、死ぬまでの間に血師の役割を務め、その務めはまたどこかで生まれた赤んぼうに引き継がれていく。それぞれの血師は何代も続く一人の血師の一部、一時期なのだ。だから誕生日も祝わない。

当然、サイパも自分のちゃんとした年齢はわからなかったが、血帳がつけ始められたころからの自分の記録を見ると、シャーイパの名前を継いでからは、六十五年は過ぎていた。髪はおおかた白くなってきたし、顔のしわは、深く、重なるようにいくつも走っていた。そろそろ目もかすんできていて、ときどきゴボゴボというせきが出ている。もう、ずいぶんとおじいさんになっていることは、わかっていた。

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