血院 (1)
サルーパは昔は王国だった。今も王様はいて、王様の住む宮殿はマンドゥリの真ん中にある。その場所は、むかしむかしからずっと変わっていないが、敷地はだいぶ小さく、二十分の一の大きさになった。昔は今のマンドゥリ中央病院のある場所も王様の持つ敷地の中だった。
マンドゥリは時間が止まってしまったような都で、古いお寺や、学校、建物という建物は皆古いままなのに、現在の王様のお城だけは、西洋のまねをしたような、まるでシンデレラの舞踏会があったような、とがった屋根のまっ白なお城になっている。一代前のコンドラ王の時代に建てられたものだ。コンドラ王の時代からは、王様は政治から身を引き、王国ではなくなった。王様は特別な扱いを受けはているが、前よりはずっと質素に暮らしている。
最後の王国だったマジャイナ王の時代は、王様は敷地をどんどん増やし、宮殿も今の十倍の大きさはあった。その宮殿を取り囲む敷地にあった店や畑などは、何もかも全部王様のための施設だった。祭日は全部マジャイナ王をたたえる日だった。マジャイナ王の誕生日に始まって、マジャイナ王の家族全員の誕生日。初めて歩いた日。初めて物を書いた日。海外からマジャイナ王のために先生を招いた日。結婚記念日。などなど。
マジャイナ王の時代からは税金がどんどん高くなり、庶民は苦しい生活をしなければならなかった。食べ物は行きわたらず、不満を持つ人が多かった。でも王様に対する悪口は許されなかった。何気なく王様のことを批判して捕まった人たちもたくさんいた。内紛が起きたときに、マジャイナ王は暗殺されたとも伝えられるが、歴史の本には病死と記録されているらしい。そこら辺のことは、はっきり書かれていないそうだ。内紛は二年続き、外国との国交は閉ざされていた。
血院は宮殿の隣に建てられた、王様と王様の家族、宮殿に働く役人のための病院だった。サルーパにはそのような大きい施設は、血院のほかにはなかった。それに病院と言っても、今の病院とはだいぶようすが違う。サルーパではいくつもの神様が信じられており、血院には、それぞれの神様と会話できるというような、祈祷師や占い師などが集められていたそうだ。そういう人たちが占いなどをして原始的な治療を行う場所が血院だった。
血院の中に雇われていた多くの祈祷師や占い師は、星の動きを見たり、火を炊いてその炎の様子を見たり、水をまいたり、物を壊してその形から人の未来を予言したりする人たちで、大げさな儀式のような舞踏劇をしながら、痛いという身体の部分を探り、釘やガラスを取り出したという。だが、この中にあって血師と呼ばれる人たちは医者にもっとも近く、血を中心とする体液の流れを読み取り、診断、治療、投薬をして、人びとから信頼されていたし、血院の中では一番地位が高く、数も多かった。その血師のいる病院ということで「血院」とよばれていたのだ。医者といっても、資格もあいまいで、代々の王や役人が村々を歩き回って見つけてきたような人ばかりだったそうだ。
「血院」を英語で書くと「Blood Palace」となる。パレスというのだから、宮殿の一部のように考えられていたのだろう。
血師は脈をとるように、手首に指をあてて、血の流れを読み取ることができるのだという。血の流れ方や色はいくつにも見分けられ、病気になると、血の色も流れ方も変わるのだという。身体の中にはそのほかの体液も流れており、臓器の働きも体液によって調節されている。血師は患者が痛いと示す場所を触り、体液の状態を読み取り、悪い場所をさぐり、治療をする。身体の表面に汗などの体液が流れ出ることもあるので、味を確かめることもある。また、身体の表面全部を面液という体液が覆っていると考えらており、血師は皮膚に触ることで、その流れも読み取ることができるそうだ。それぞれの体液とからだの関係、人ごとに違う特徴などを見分ける能力を生かし、育て、代々の血師の教えを受け継ぎ、血師は大事に育てられていた。
マジャイナ王が死んだ時、コンドラ王はまだ子どもだった。大臣が「マジャイナ王の時代は終わった。マジャイナ王の遺言により、これからはサルーパ人民が中心の国になる」と発表した。選挙が行われ、その大臣が政治を引き継いだ。そして、お城は取り壊され、昔の建物よりずっと小さいけれど、どこよりも新しい白いお城になった。古い王政の時代ときっぱりと区別するように、まったく違う建物にしたのではないかと言われている。
血院の建物はそのまま残して、西洋の医学をとりいれた最新式の病院に変わることになった。それが今のマンドゥリ中央病院の始まりだ。外国からの援助も受けて、広くサルーパの国民が皆、治療を受けられるようになり、新しい病院では、西洋の医学を勉強した医師をほかの国から集めることになった。新しい病院になった時には、サルーパには医学の学校もなかったし、他の国で勉強をしてきた人もいなかったそうだ。医学の学校は今もないのだそうだ。