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血院  作者: 辰野ぱふ
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六日目の朝 (2)

「面影はないけれど…、ぼくは、あの人はススムだと思っている」

 とラルさんは言った。

「そう感じるものがあったのですか?」

「いいや…」

 ラルさんは下を向いて、重々しく歩いていた。これまでぼくには見せたことのない、暗くて厳しい表情をしていた。

「そうでなくては、おかしいのだ。ススムが生きていなくては」

 なにか、それ以上聞いてはいけないような気がして、ぼくは質問をやめた。どのみち、キューイポさんの頭髪で何かはわかるだろ。それがどうだろうと、もうどうでもいい。そしてぼくはズーライさんが言ったことを思い出した。「君が思いたいように、思うだけさ。このままでよければそれでよし、キューイポとつながっていると思いたければ、そう思う…」。

 実際に兄さんであろうとなかろうと、ぼくはキューイポさんと、「つながっていたい」と思った。

「アユムはどうしますか?」

 とラルさんが聞いてきた。

「どうするって?」

「その…、ナントカ…、髪の毛でちゃんとススムだとわかったら、どうしますか?」

「まだどうするかはわかりませんけれど…。キューイポさんを血院から連れ出すことはできないでしょう。いつか、母が少し元気になったら、ここに連れて来ます」

 ほんとうにそんなことができるのかどうか、今はまだわからない。でも、この自然の中、血院の…、まったくぼくの日常とは違う世界に接して、ぼくの中に今まではなかったような、不思議な感覚が生まれたような気がする。

 それを言葉にすることはできない。

 今まで、ぼくはどこかに置き去りにされた、何の価値もないただの影だったような気がする。精力的に仕事に打ち込む父さんとの間に越えられない壁のようなものを感じたし、積極的に近づこうとも思っていなかった。

 母さんには近づこうと思っても近づけなかった。いつも一歩も二歩も隔たった場所から、ただ見ているしかなかった。それをどうにかしようと思ったことはない。

 すべてに対してそんな感じだ。どうせ動かせないものに手を出す気はなく、ぼくに変えられるものなどないと思っていた。

 よく「失われた」とつく言葉がある。「失われた楽園」とか「失われた時を求めて」とか…。その「失われた」という言葉の感じが今までピンとこなかったのだけれど、ああ、それってこういうことなのか、と思った。

 まったく空白なススム兄さんとの時間。これが失われた時間っていうやつか…。そしてうちは「失われた家族」と言えるのかな。忘れ去られたような血院の村、トゥミハラヤのような所を「失われた楽園」と言うのかもしれないし。

 母さんにとっては、失われたススム兄さんとの時間がほかの物に置き変わることはなく、そこがポカンと空いたまま今になってしまったのだろう。そこを埋めることは難しいだろうが、少しは近づけるような気がした。

 そういうふうに思えるようになっただけでも良かったと思う。

 そして、母さんに「失われた笑い」がもどったらもっといいと思う。

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