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血院  作者: 辰野ぱふ
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アユム (2)

 ラルさんは、表情も変えずたんたんとぼくの話を皆に伝えた。

「ラルさんはけっこう早いペースで…、一週間か二週間に一枚ずつくらいハガキを送ってくれました。そうやってハガキを書くことが勉強になるから、返事はいらないと書いてありました。ラルさんの仕事のことや、マンドゥリの祭りのこと、ラルさんの家族のことなど…、いつも、ただ日々のことなどが書いてありました。

兄さんのことについては、ハガキではやりとりしていません。メールのやりとりを始めたのは、ぼくが大学に受かってからです。ぼくは…、なんというのかな、そんなに勉強が好きというわけではないのです。だから、ぼくの成績で楽に受かる私大を受けて、もう二月の下旬には入学することが決まりました」

ラルさんは中学を卒業して、それ以上の学校に行くなんて考えさえしなかっただろう。ラルさんの息子だって中学生でもう働いているのだ。ぼくはなんだか恥ずかしくなり、頬が火照った。ぼくはいつも「一生懸命」ということが苦手で、がつがつと何かをやる方ではない。できれば、そこそこの学校を出て、普通に就職して、平穏にのんきに過ごしたいと思っていた。

「合格を知らせると、父からお祝いのメールがきて、三月のはじめ、高校の卒業式には来てくれるということでした。そして、卒業してから入学するまでの休みの間に、マンドゥリに来ないかということでした。父は忙しくて観光にはつきあえないけれど、ラルさんが手助けしてくれるので、ラルさんと直接メールのやりとりをするようにということでした」

 ここで、ラルさんがなにか皆に付け加えた。ぼくにハガキにいろいろ書くことでとても勉強になったということ。父さんがいつも中身をチェックしてくれたそうだ。また、父さんはまだススム兄さんのことについては書かないように、勉強の邪魔にならないような、当たり障りのない日常のことを少し書くならいいだろう、と言ったそうだ。

「いつ、キューイポのことを聞いたのかな?」

「キューイポさんのことは知りませんでした。ジャミハラヤに行く前の日に父が言ったのです。ススム兄さんが血師をしているとか…」

 あの日、腹を抱えて笑った父の姿が思い出され、キューイポさんの笑う姿と重なった。

「ススム兄さんのこと自体は、ぼくの進学が決まって、ラルさんとのメールのやりとりが始まって、何回かやりとりしてから聞きました。父のメールに、『ラルが、ススムが見つかったと言っている』と書いてありました。父はまだそれを全部信じるわけにはいかないと。ぼくにそれを確かめに行って欲しい、とも書いてありました。実はマンドゥリに行くなんて…、まったく気が進みませんでした。なんというか…。マンドゥリのことは、母との間では話せないというか…。もちろん、父がマンドゥリにいるのですから、とても身近な場所なのですけれど。父から電話がかかってきても母は絶対に電話には出ないし、父が帰って来ている時も、母のいる所ではマンドゥリのことは話しません。『マンドゥリ』という言葉は家では封印されているような感じなのです。だから、ぼくもなんだかゆううつな気分になってしまって、父には断ろうと思っていたのです。でも、兄さんが見つかったと聞いて、気持ちが変わってきました。やっぱり気は進まなかったけれど…、行った方がいいのかな、と思いました。

 この旅行のこと、母にははっきり行く場所は言っていません。というか言えませんでした。何か聞かれたら友だちとどこか島にでも行くことにしようと思っていたけれど、聞かれもしませんでした。ぼくが数日旅行に出かけることを告げると『そう…』と言っただけです。」

「外国に来たのは初めて?」

「そうです…。というか、ぼくはマンドゥリで生まれたので、もともとが外国だったのですけど。そのあと自分の国に帰ってからは、ほかの国には行ったことがありません」

「ススムのことはどう思った?」

「どう?」

「メールを読んで、どう思った?」

「うーん、わかりません。そうなのか、と単に思っただけです。ぼくが中学に入る前くらいかな、ススム兄さんの葬式がありました。ぼくには最初からいなかったような人でしたが。でも、生きていると言われても信じられない気持ちでした」

「キューイポに実際に会ってどうだった? 何か自分と関係あるような、つながりのようなものを感じる?」

「ぜんぜん」

 また、キューイポさんが笑い出した。そしてぼくの言葉をまねして「ゼンゼン、ゼンゼン」と繰り返していた。

「ススムのことを話して」

 とリューイポさんが言った。

 そう言われても、覚えていないのだから、ぼくには説明のしようがない。それは、やはり家では封印された名前だった。

「少し、横になってごらん」

と、リューイポさんが、白い布の貼ってあるベッドを指さした。

 皆は座っているのだ。ぼくだけ横になるのって、なんだか変な感じだ。昨日までは元気がなかったから、特になんとも思わなかったけれど、なんだかいやだなと思った。

香のようなものが焚かれた。

「これを飲むといいよ。きのうまで飲んでいた薬だ」

 リューイポさんが小さい器を差し出した。白くにごっていて、ほんのり甘い。それがからだの隅々にまでいきわたって行く。ああ、ぼくはやっぱりまだ疲れているんだ、と思った。

「お尻のほうから、ゆっくりと横になるといいよ。寒くない? 毛布をかけようか」

 毛皮のようなモクモクしたものが足の方にかけられて、ぼくはしぜん、目を閉じた。

「静かに、ゆっくり頭の中を広げるのだ」

 リューイポさんの手が、ぼくの眉間をやさしくなぞった。

「なんでもいいよ。心に浮かんだままのことを言ってみて」

 でも、ぼくの頭には何も浮かんでこなかった。ベッドは見た目よりはやわらかくて、沈み込むような感じで、ぼくは埋まってしまうような気がした。

「何か見えるような気がしないか?」

 昨日の夜みたいな感じになってきた。まどろんだような、とろりと優しい時間に包まれて、ぼくは眠っているような、起きているような、心地よい場所に浮かんでいるな、と思った。

「なんでもいいよ。なにか頭に浮かんだことをただ言葉にするんだ。どんなことでもかまわない」

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