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血院  作者: 辰野ぱふ
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キューイポ (3)

「あとで、餌をあげてみようか」

 リューイポはまるで、ペットの犬を見つけたような気分になって、キトパに言った。


 その夜、少年の父と名乗る、さっきの大きな男がトゥミハラヤのテントにやって来た。道々聞いてきたらしい。ここのテントはだれでも知っているから、場所はすぐにバレてしまったのだ。

「ここのぼうずが、おれの息子を連れて行ったんだ!」

 男は、テントの外でわめいた。

 ズーライが出て行って男に会った。

「あの少年は、ずいぶんと違う血が流れている。おまえの子どもというのは、うそだろう」

「市場で買ったんだ。最初は色が白くて、かわいくて、人気もあった。言葉はわからないが、歌もうまかった。珍しい歌だからね、どんどん金をかせいださ。でも、だんだん黒くなってきやがって、ほかの子どもと同じになってしまった。歌も忘れたのかちっとも歌わねえ。今じゃあ、金もろくに集められない。それにこのごろは刃向うこともある。よく稼いだから、ちょっといいもの食わしてやって、特別扱いしたのが良くなかった。勘違いしたんだな。だから、指でも切らないとな。わからねえんだよ。その手で物乞いすれば、哀れに思う人もいるし、ほかの子の見せしめにもなる。一石二鳥さ」

 物乞いで生活するには、ほかの物乞いよりも目だつ必要がある。たくさんの物乞いがいちどに手を出したら、施しをする人は、その中から、一ばん目立つ手を捜してお金を恵むのだ。一ばんかわいそうな人にお金を恵めば、功徳も大きいと考えられている。ほかの人と同じでは、勝ち残れない。

 ズーライは、しかたなしに、男から少年を買い取ることにした。すると男は急に愛想よくなって

「ヘヘヘだんな、今日はこいつに水を売らせていてね。あの犬コロときたら、それを持ち出して自分で売って、菓子でも買うところだった。で、その時にこぼした水もね…、十本分は上乗せしてもらわねえと困るんで。ヘヘヘ」

といやらしい笑い声をあげた。これを後ろからそっと見ていたリューイポは「うそだ! こぼれた水は一本だけだったのに!」と思い歯がみしたが、じっと思いとどまった。

じゅうぶんなお金をもらうと、男はケロリとし、「ぼうず、指一本助かったな!」とテントの奥に向かって言い、鼻歌をうたいながら帰ってしまった。

 男の姿がすっかり見えなくなるとリューイポは、ほっと胸をなでおろした。


 リューイポはこの少年を、最初のうちは、ほんとうに犬かなにかのように、食べものや、飲みものをあたえて、ならそうとした。大男が「犬コロ」と呼んでいたし、何の疑いも持っていなかった。

 少年は、あたえられた食べものは、ぜんぶ食べ、飲みものはぜんぶ飲んだが、決してリューイポになつかなかった。

でもなぜか、ズーライの言うことは聞いて、手伝いががよくできた。

 ズーライは自分の父のルイポが廃墟ような村で見つけられたという話しを思い出した。その村が今のトゥミハラヤなのだ。ルイポが見つけられたのは、赤んぼうの時だったし、村のたった一人の生き残りだった。この少年とは、違うところがたくさんある。でも、少年のたくましさ、生きる力の強さを思うとルイポの物語に通じるところがあり、何か似ているように思えてならなかった。

 今、少年は、まだ傷をかばって、まわりにもトゲトゲした気持ちを投げかけているけれど、ものをじっと見て、自分に得になるものと、関係ない物を瞬時に見分けている。言葉がわからないはずなのに、言っていることはほとんどわかっている。指の治療をしてからは、手をかばい、傷の治りを毎日観察して、ズーライの診察に興味を持っていた。指は切られたり傷を負うと、感覚が鋭敏になると聞いたことがあった。きっと、その指なら血の診断もできるようになるのではないだろうか。

 だが、ズーライはルイポがタライと育った時代の物語も思い出した。タライはルイポのことを恨み、憎み、せっかく持っていた自分の力を発揮することができなかったのだ。

 今、リューイポは競争する相手もなく、伸び伸びと育っている。この先、この少年をトゥミハラヤで育てて行くには、気を配らなければならないだろう。

 前の血院とともに燃えてしまったといううわさの、タライのことを思い出して、ズーライはじっと目を閉じた。


 子どもたちにとって、言葉の違いは、そう大きな問題にはならない。少年は、リューイポとよく遊ぶようになったし、言葉もすぐに覚えた。

でも、リューイポと同じくらいだというのに、自分の名前もわからなかった。

「名前なんか、なかったんだ!」

 と、少年は胸をはった。

「お父さんは、なんて呼んだの?」

 と、聞くと、少年は暗い顔をして、

「あの男は、お父さんなんかじゃあなかった。ぼくをよぶ時も、おい、とか、それとか、そんなふうだから」

 と、言い、

「じゃあ、どうして、あそこにいたの?」

 と聞くと、

「わからない」

 と言ったまま、だまってしまう。でも、すぐに、そのことも忘れてしまって、まるで、ずっとこの場所で過ごしてきたかのように、くつろいで、トゥミハラヤの生活にも慣れていった。


 ズーライはこの少年をキューイポと名づけた。

少年の手を治しながら、ふっと、その名前が浮かんだのだ。血師になる者の名前は自然にわかるものなのだ。その名は父ルイポが前の血院を出たとき、血院をまとめていたクイポという血師の子ども時代の名前だった。

 今、トゥミハラヤではクイポを名のる者はいなかった。だからこの少年はもうクイポと名乗ってもいいのだろうが、「リューイポがルイポとなるときに、いっしょにキューイポもクイポになればいい」と、ズーライは思ったのだった。

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