キューイポ (2)
リューイポは、ぐっとおなかに力を入れた。
「だめだよ。この傷をこのままにしておけないよ」
「こいつは、何本も指を切っているんだから、たいしたことはねえ。何日かすれば、治ってしまうのさ」
大きい男の手には、大きいナタが握られていた。この男が、少年の指を切ったに違いなかった。
そのナタは、古くて、刃はぼろぼろだ。こんな刃で切られたら、傷口もぼろぼろになる。
キトパは、後ろから、じっとリューイポの今のやりとりを見守っていたが、この男の姿にぞっとして、
「リューイポ、やめろ! もう、行こう。水はほかの所で買おう」
と、リューイポの手を引っ張った。
「だめだよ。この子を連れて行くんだ」
すると、男がにやりと笑って。
「ぼうず、この子は、おれの子だから、だれの所にも行きゃあしねえんだ」
と言って、リューイポの方に、じりじりと近寄ってきた。そして、リューイポにおおいかぶさろうというとき、うずくまっていた少年が、男の足にかみついた。
「いててて!」
男は、大きいくせに、情けない声を出した。少年は、もっと大きい傷だろうに、手首をぐっと押さえて、負けじと男をにらんでいた。
「いまだ!」
リューイポは、少年を引っ張って逃げようとした。少年の手から水の入ったボトルが落ち、ふたが取れ水がこぼれた。少年には逃げる気がなくて、水がこぼれたことに腹を立て、リューイポとキトパをにらみ、声にはならないような声でうなっていた。
それでもリューイポは片手で少年の手を引っ張った。もう一方の手は、そのリューイポを連れ戻そうと、キトパが引っ張っていた。少年は袋の中に残された水のボトルを気にしており、まったく動こうとしなかった。
「ぼうず! よそ者のくせに、よけいなことするな!」
と、大男が顔を上げた。その瞬間にリューイポとキトパは目配せして、力いっぱい頭から男の方につっこんで、男のあごをつきあげた。男はあまりのいきおいに、尻もちをついてしまった。
そのすきに、リューイポが少年の左うで、キトパが右うでをしっかりささえて、逃げ出した。少年はまだ水のボトルに未練があるようだったが、いやいやながらも、両脇から抱えられて、一緒に走るしかなかった。それに、鬼のような男よりはこの二人に着いていった方がいいと、とっさに判断したのかもしれない。
「こっちだよ!」キトパはしっかりとテントへの帰り道を覚えていて、まっすぐにトゥミハラヤのテントの方向に走りに走った。
トゥミハラヤの一行がいるテントにたどりついた二人は、男の子をテントの中に入れて、大きい麻袋の影にかくして、はあはあと息をついた。
「おやおや、ずいぶんと、あばれてきたようだね」
そのテントはほかでもない、ズーライの休む場所だった。奥から、ズーライが笑いながら出てきた。
少年は、ググルルルルルル…、とうなり声を上げて、ズーライをにらんだ。
「おやおや、これは、人間の子かね?」
「わからないんだよ」
と、リューイポが言った。
「この子はね、くさいし、血のにおいが変わっているから、もしかしたら、違う動物かもしれない」
「ふむふむ。たしかにくさい。それにこのあたりの血のにおいではないなあ」
ズーライも鼻をくんくんとならした。
「だが、ここより東の方の土地に、この臭いににている血を持っている人がいた。それと、少し南の血ににた臭いもあるが、ふたつを合わせても、まだ、遠い所だろう」
ズーライは父親のルイポに着いてサルーパの周りの国をいくつか回ったことがあったが、海を越えたことはなかった。
「でも、血の臭いは、だんだんに変わっていく。だから、どうなのだろう。生まれた所までははっきりとはわかることはないな」
リューイポが血の流れている少年の手に触ると、少年はいきなりかみついた。
「いてー! なにするんだよ! 治してやろうと思っているのに!」
ズーライも、キトパも思わず笑い、リューイポは、怒った。少年は、上目づかいに、この三人を順順ににらんでいた。
「どうら」
ズーライが静かに少年の手首をとると、少年は黙ってかばっていた左手を見せた。
「ほう。切られたばかりだ。これは、傷口を少し焼いて消毒しなければならない。血止めのクスリをつけたら、からだを洗ってあげなさい」
少年は、ぐるぐるとのどを鳴らすばかりだった。
「どうやら、リューイポとこの子は、同じ年ごろのようだ」
ズーライは少年の手首を握り、少年の顔をじっと見つめてそう言った。
リューイポは、まるで子犬をあつかうように、かみつかれないように、少年の首もとを後ろからつかんだ。キトパもおそるおそる、少年の背中をおして、
「こいつ、熱い!」
と、びっくりして、手を離した。
「それだけひどい傷があると、熱が出るのだ。きれいにしたあとで、ゆっくり寝かせてあげなさい。よくこんなに元気があったものだ。こんな傷があったら寝込んでしまうものなのに」
ズーライは、やさしく言うと、大きくのびをして、奥に引っ込んでしまった。まだ子どもとはいえ、リューイポは血師の教えを受けており、治療もできた。ズーライはリューイポにも処置できると判断したのだろう。




