キューイポ (1)
ひと月に一度、ジャミハラヤの市場に出かけるのがリューイポは大好きだった。市には独特の香りがある。色がある。さまざまな人がいる。なにかしらおもしろいものが見つかる。
冬でもなんとか通路を作って、ジャミハラヤには人が集まってくる。それでも十二月から二月の中ごろまでは雪に閉ざされてしまうこともあり、市場に出かけられないこともあった。
トゥミハラヤで作られた、板ガラス、色ガラスのビンや、器、とっくり、杯、布、その布で作られた袋や服すべてが人気のある商品で、トゥミハラヤのテントにはいつも人の列ができた。
市にはたくさんの店が並ぶ。地べたに布を敷いただけの店もある。テーブルを並べて、厚地の布のテント屋根がある店もある。トゥミハラヤのテントは市の中では一番立派で、高価な物が並んでいるので有名なのだ。それに人が望めば血師はそこで人を診ることもあった、ズーライはいろいろな場所から来る人びとに接することを好み、リューイポにもそれを体験させたいと思っていた。
ちょうど十年ほどまえのこと、リューイポは頭の良い少年だったけれど、まだまだ遊びたいさかりで、店の手伝いをほかの人に押し付けては、よく市の中を歩き回ったものだった。
その日はカンカン照りの日で、暑く、のどが渇くのが早かった。市の中を一回りすると、リューイポののどはカラカラに渇いていた。そして、日差しが強いせいか、なんだか頭がくらくらしてきていた。
リューイポの背丈は百六十センチになり、すっかり大人の気分になっていた。でも、リューイポは大切な血師の跡継ぎだったので、数年先に生まれたキトパがいつもリューイポの世話係として一緒に行動していた。
ふと気が付くと、キトパの姿が見えなかった。それもそのはず、リューイポはキトパにあれこれ指図されるのがおもしろくなくて、店の間を縫うように、キトパから逃れるようにあちこち走り回っていたのだ。
ジャミハラヤの市にはここ三年間ほどは毎月続けて来ており、隅々まで知り尽くしているような気になっていた。
とにかく、トゥミハラヤのテントに戻ろうと、リューイポはまっすぐ自分の信じる方向に歩いた。するとどうだろう。自分が思っていた場所には違うテントがあり、じゃあどちらの方だったろうと、太陽を仰いだら、クラクラしてきて、その場にへたり込んでしまった。
「リューイポ!」
キトパがどこからともなく現れて、リューイポの身体を支えた。ずっとうるさいと思っていたキトパのことが急に頼もしくなり、心底ホッとし、さらに力が抜けて行くのを感じた。
「ああ、だめだ。まず、どこかで水を買おう」
と、キトパが言い、リューイポの左手を自分の肩にかつぐと、歩き出した。
小屋のわきに日影を見つけて、キトパはそこにリューイポを座らせた。
その小屋のわきに、変な少年がいたのだ。少年は水の入ったビニールのボトル数本を麻袋に入れ、抱えていた。たぶん売っているのだろう。強烈なにおいを発しており血の臭いもしたから、リューイポは背筋をシャキッと伸ばした。何か、姿勢を正して良く見なければいけない、という気になったのだ。
キトパがボトルを指さすと、少年はボトルを差し出すようにして、また引っこめた。その顔を見て、リューイポは、言葉を失った。アカにまみれて真っ黒な顔。片目は半分つぶれて白くにごっていたし、顔全体が深いしわと傷で、こわばっていた。自分と同じくらいの少年だ…と、その身体からは感じられたのに、その顔といったら、もう老人のようだった。少年の右手の人差し指、薬指、小指は半分しかなくて、今、左手の親指を切ったのだろう、その傷からまだ少し血が出ているようだった。
キトパが金を渡そうとすると、少年は、ボトルをひっこめて首を横にふり、血の出ている手を差し出した。「足りない」ということらしい。
「いくらだよ?」
キトパが聞いても答えようとしない、「グググルルグググルウ」というような声にならないようなうなり声を発していて、気味が悪かった。
少年は太陽を指さし、また水を指さし、手を差し出した。
「なるほど…」とキトパが言った。「今日は早くしないと水はどんどん売れて、どんどん高くなるということだな。皆、水を欲しがるから。だから、もっと金を出せということか…」
しょうがないな、という顔をして、キトパが金を払おうとしたら、
「こぞう! こんな所に、いやがって!」
と鬼のように大きな、黒い顔をした男が少年の後ろから現れて、少年の背中をドンと大きくたたくと、少年の手をつかもうとした。少年は水のボトルが入った袋を抱えてうずくまった。
「だめだ! 血が出ているんだ!」
血を見たからなのか、リューイポは急にしっかりして、その男の前にたちはだかった。
「ぼうず、こんな犬コロにはかまわないで、さっさと行っちまいな」
大男は怖い顔で迫ってきた。




