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血院  作者: 辰野ぱふ
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五日目の朝 (1)

 スース―と風が通りぬけている。ぼくは、寒いと思ってかけている毛布をたぐり寄せた。そして、次の瞬間、ぱっと目が覚めた。

 そうだ、ここはぼくの家じゃあなかった。

 ぐるりと顔を回すと隣にもベッドがあり、空になっていた。そこにキューイポさんが寝ていたのだろう。そういえば…。昨日、夢のような不思議なまどろみの時間があって、確か、この周りはキューイポさんの涙で水浸しになっていたはずだ。

 ぼくは、起き上がって、周りを確かめてみたけれど、水っぽい感じはまったく残っていなくて…、でも、床は泥が固くなっているのだから、水はしみ込んでしまったのかもしれない。風が刺すように冷たかったので、また毛布にもぐり込んだ。

 やっぱり、夢かな。

 だって、涙というには変だった。ジャージャーと表現したらいいのか、そういう水の落ち方だった。

夢に決まっているじゃないか。頭がはっきり動き出してくると、それを本当だと思っていたことがバカらしくなった。

 ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ…という、キューイポさんのあの変な笑い声が聞こえた。どうやらすぐ隣の部屋にいるらしい。部屋といっても壁は半分くらいしかないから、同じ部屋ともいえる。ぼくにはわからない言葉で、何か話している。

 そこへ、ラルさんとラミルさん、マーヤさんが入って来た。

「どうです? アユム? ずいぶん良くなったようだね。顔色がすっかりもとにもどってきましたね」

 とラルさんが言った。

「ねえ、ラルさん。キューイポさんの髪の毛をもらってくれますか?」

「髪の毛?」

「そうです」

「そんなものもらって、どうしますか?」

「父さんが言っていたのです。毛根がついた髪の毛をもらってくれば、DNA鑑定ができるかもしれないって」

「え? モウコン? デーエヌエー?」

 ラルさんが聞き返した。

「ただ落ちている毛をもらうのじゃあだめなのです。引き抜いて、髪の毛の先に、頭の組織の一部がついているような髪の毛じゃあないと」

 ラルさんは黙ってしまった。

「キューイポさんは、いつか、ぼくと一緒に日本に来てくれるかな? それだったら、その方が、口の中とか、血液とかほかの細胞を取って、ちゃんと検査できるらしいのだけどな」

「サイボウ…ね?」

 でも父さんは、サルーパでは無理だと言っていた。できる技術を持っている人はいるかもしれないけれど、機器がそろっていないとか。父さんも専門家じゃあないから、わからないとか。どちらにせよ、父さんはそんなに真剣に考えていない。きっと。

 ちょうどキューイポさんがリューイポさんと一緒にこちらの部屋に戻ってきたので、ラミルさんがラルさんの言葉を伝えた。

 ぼくが思った通り、キューイポさんは笑い出して下にうずくまってしまい、まだ笑っていた。そして、笑いながら言った。「髪の毛なんか、どうぞ。たくさん持って行って下さい。指でも、どこでも、さしあげます」

 ぼくは、父さんからビニールの手袋やら、採取した毛髪を入れるビニール袋やらをもらってきていた。それは、ぼくが帰る前にもらうと約束した。なるべく新しいものがいいと思ったからだ。

「とにかく、朝ごはんを食べよう、とキューイポが言っているよ」

 とラルさんが言って、ぼくは暖かい綿入れと、ムートンのような皮のもこもこした上着を上にはおって、皆と一緒に外へ出た。

 ひんやりとした風がとても気持ち良かった。それに、なんという景色だろう。空が澄んでいて、周りの山をくっきりと浮き立たせている。うすく綿を伸ばしたような雲が美しい。

「ジャー、ジャー」「キュー、キャー」というような声を上げて、どこからか子どもたちが走り寄って来た。キューイポさんが、ダメダメというようなそぶりをして、子どもを追い払おうとするのだけれど、ぜんぜん聞かない。ぼくはあっと言う間に子どもたちに取り囲まれてしまった。小さい手がいくつもぼくの方に伸びてきて、おそるおそる、ぼくの手や、足やお尻にさわる。

 そして、またキャッキャッと声をあげて、手をひっこめる。ぼくの顔をおもしろそうにじっと見つめる子どももいる。ぼくはどうしていいかわからなくて、ただ立っていた。

 ヒュッヒュッヒュッヒュッと笑いながら、キューイポさんがぼくの手をとった。子どもたちは、もう慣れきっているように、キューイポさんの身体をべたべたとたたいた。

 そして、リューイポさんが、何か言うと、いっせいに笑い声をあげて、走り去っていった。

「またあとでね、と言ったらしいよ。そうしたら、おいしいおかしがもらえるよと」

 ラルさんが言って、ぼくの背中を押した。

足元には石がごつごつしている。キューイポさんは首を下の方に向けられないらしく、足元がよく見えていないようで、ぼくに何か言った。「食堂に連れて行って」ということらしい。ぼくにはその言葉がなぜかわかった。ちょっと怖かった。でも、ぼくはその固い手を取って、一緒に食堂の建物へ歩いて行った。

 食堂では、おかゆを食べた。ローストした、ゴマや、ニンニク、ハスの実のようなもの、なにかわからないもの、香ばしいよい香りがしていて、いくつか並んでいる。それを見よう見まねで、おかゆにふりかけて食べる。どれもとてもおいしかった。

久しぶりに少し形のあるものを食べて、みるみると元気がみなぎってくるように感じた。

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