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血院  作者: 辰野ぱふ
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四日目の朝 (3)

「キューイポは、なにか覚えてないのかね」

 今、血院の長を務めているズーライが急にうしろから言い、皆、びっくりして、そちらを見た。アユムの診断をしている途中で、ズーライとリューイポが部屋にそっと入って来ていたのに、だれも気がつかなかったのだ。

 ズーライに言われて、キューイポは目を閉じた。

「夢なんだか、ほんとうにあったことなのか、ちっとも区別がつかなくなっているのでね。でも、不思議なことに、アユムといると、頭のずっと奥の奥の方にあったものが、引き出されるような感じになる」

「それは、どんなこと?」

 アユムがまた半分起きあがって聞いた。

「たとえば、わたしは、どこかを旅をしていた。親と、小さい男の子とね。泊まった場所で、親がけんかをしたんだ。それまでにも何度もけんかばかりしていたが、その日は、父親がわたしの手をひいて、その部屋を出て行ってしまった。母親と小さい男の子は、部屋に残ったのだが、その男の子が泣いていて、こっちをじっと見ているんだ。これは、前から夢に見ることだったが、ずうっとその男の子の顔がはっきりしなかった。でも今は、アユムの顔にしようと思えば、置き換えられる」

 それを聞いて、アユムは、ハッっとした。

「写真だ!」

 アユムはベッド下に置いてあった自分のデイパックを見つけ、そこから一枚の写真を取り出した。それは、父親、母親、二歳のアユム、五歳のススム、それに、十四歳のラルが写っていた。ススムがいなくなる前の最後の写真だ。皆楽しそうに笑っていて、だれもけんかをするようには見えなかった。

「ほら、見てよ。この写真から、キューイポさんの今の顔を想像できる?」

 ススムは父親の腰のあたりから上半身だけ出して、おどけた顔をしている。その小さい白い顔と、今のキューイポの黒い顔は、どう見てもつながりようがなかった。

 キューイポは、またしきりに笑っていたが、

「だめだ。小さすぎてわからない」

と言って、またこらえきれずに、うずくまって笑い始めた。アユムはあきれて、キューイポを見つめた。まったく…、この人とまともに話をしようとすると、疲れてしまう。

「オオウ」

 という声を上げて、キューイポが急に顔を上げた。

「なにか、その時、楽団が通らなかった?」

「三、四人の楽団なら、毎日家の前を通るよ」

 とラルが答えた。

 アユムは、頭をかかえこんだ。

「ぼくは、なんにも覚えていないよ!」

 ズーライが前に出てきて、アユムの額にそっと手を触れた。

「アユムといったね? どっちでもいいことさ、アユム。あとは、君が思いたいように、思うだけさ。このままでよければそれでよし、キューイポとつながっていると思いたければ、そう思う。どっちみち、そのていどのことだよ」

「旅人は、まだ疲れている。今はこれまでにして、また少し静かに、ゆっくり眠ることだ。明日時間をたっぷりとろう」

 リューイポが言って、アユムの周りを取り囲んでいた皆が、部屋から出て行った。

「キトパももう休め。夜もあまり寝ていないのだろう? あとはマーヤと交代だ」

 ズーライが扉越しにそう言うと、キトパもうなずいて出て行った。

「どっちでもいいとは、うまいことを言う。さすがズーライだ」

 そう言いながら、キューイポはまた笑い始めた。ラミルも一緒に部屋から出て行ってしまったから、アユムにはキューイポが何を言っているのかわからなかった。

 キューイポが笑うと、まるで、この部屋全体を動かしているようだ。とアユムは思った。笑うと、あたりの空気までつられて大きく動き、流れる。黙ってこわい顔になると、周りの空気もかたくこわばってしまう。

 リューイポの妻、マーヤが入ってきた。キトパの代わりだ。

 キューイポは、そんなことは気にせずに、また水薬をアユムに飲ませた。その様子をマーヤが血帳に書き始めた。

 アユムは横になり、目を閉じだ。すっかりそこが自分の居場所になったような気がした。動物の巣ってこんな感じかな、とアユムは思った。

 キューイポは窓辺に立って、外の方を向いている。その背中もとても若者のそれには見えなかった。父さんと比べたって、父さんの方がまだ若いみたいじゃないか…。そう思うと、アユムはおかしくなってきた。

 頭がだんだん重くなって、身体がベッドと一体化するようになり、眠りの世界に吸い込まれるように意識が遠のいた。

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