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血院  作者: 辰野ぱふ
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サルーパ (2)

「お母さんは、元気ですか?」

 ラルさんが聞いたけれど、ぼくはどう答えていいかわからなかった。それで、言葉をさがしていると、ラルさんはぼくの返事を待たずに話し始めた。

「アユムのお父さん、サトウ先生は元気です。たくさん仕事をしています」

 なんだか小学生の作文みたいで、おかしかったけれど、笑うのはやめた。

「お父さんの、病院、忙しいです。いつもいつもね。アユム、覚えているかな? ぼくはアユムのせわをしいていたよ。赤ちゃんのときは、ミルクもあげた。小さいころは、アユムはぼくのことが大好きだったよ」

 そのころのラルさんとの写真は残っている。今のぼくより少し小さい少年で、細くて薄茶色の肌、黒い髪。赤んぼうを抱っこしている写真。その赤んぼうがぼくだ。

「アユム、元気でした。よく走ったね。たぶんぼくの一番下の弟と同じ年でした。ぼくの弟は病気になって、歩けるようになる前に死んでしまいました」

 やっぱり小学生の作文みたいだな、とぼくは思った。

 ラルさんの家族は、ぼくの暮らしていた家の庭に住んでいた。ぼくの家は石造りの三階建てで、ラルさんたちの家族は平屋の木造の小屋に住んでいた。それは、覚えているわけではないのだけれど、父さんや母さんから聞いた話と、写真に写っている風景や人を見たことがあるから、それが思い出のひとつみたいにぼくの記憶の一部になっている。

 思い出って不思議だ。そうやって、人から聞いたようなことも、まるでぼくが実際に見たことみたいに覚えていて、頭の中に残っているのだ。

 今も父さんはその家に住んでいて、たぶん、ラルさんの家族もそのままその庭に住んでいるのだと思う。ずっとラルさんのお母さんが食事も洗濯もしてくれて、ラルさんのお父さんが掃除やら庭のこと、小さい畑で野菜を作ったり、家の修繕やらをしてくれている。母さんとぼくは今は日本に暮らしていて、ごくたまに父さんがサルーパから帰って来る。そしてすぐにサルーパに帰ってしまう。

 あれ、どっちも「帰る」でいいのかな。父さんにとっては、きっとサルーパの方が本当の家なのだろうと思うけれど。

「ススムも元気でした。学校に行く前でした。でも、字が読めたから、ぼくに本を読んでくれたよ」

 ススムというのはぼくの三歳年上の兄さんで、五歳の時に行方不明になったままだ。兄さんが最後に写っている写真の中では、ぼくはラルさんの横でラルさんと手をつないでいて、兄さんとぼくはおそろいの、いくつかの色の毛糸で模様編みになっているセーターを着ていた。兄さんは父さんの腰のあたりから上半身だけ突き出して、口をゆがめたような、おどけた顔をしている。その写真を撮った数日後に、兄さんはいなくなってしまったという話だ。

「兄さんが見つかったというのは、本当なんですか?」

 ぼくはたまらず、ラルさんに聞いた。

「ぼくはそうだと思うけれど、サトウ先生はまだわからないと言う。アユムがそれを確かめに行くんだよ」


 まず、車は父の勤めている病院に向かった。車の中で必死につかまっていたせいか、腕がカチコチになっていて、ぼくは汗をかいていた。

 マンドゥリ中央病院はサルーパで一番大きく、この国では一番新しい機器がそろっている病院だと聞いている。見かけは古い宮殿みたいな感じで、病院ということは言われないとわからない。中に入ると濃い茶色の柱には幾何学模様の細工がしてあり、ところどころに人の形の浮き彫りがある。牛などの動物も出て来るし、植物も浮き彫りになっている。どうやらそれは、おとぎ話になっているようだ。だいぶ古ぼけてはいるけれど、手の込んだ豪華な建築の建物だ。

入ったところは広間になっていて、イスなどはなく、人は白い布を敷いて地べたに座り込んでいる。壁と天井は元は白かったのだと思う。今はシミになっていたり、黄ばんで汚れている。

 正面に広く大きなスロープがあり、そのスロープを三階までジグザグに上がっていくようで、エレベーターやエスカレーターはなかった。そこを、車いすの人も、ベッドのまま移動する人も使うのだろう。

父さんの診察室までそのスロープを一段上がった。診察室の柱も幾何学模様のような細工の上に、何かのおとぎ話を浮き彫りにしてあるようだった。扉には怒った鬼? かなにかのお面の細工がされている。だいぶ傷つき色あせているが、博物館などで展示されていてもいいような、意味のあるようなものに思える。このまま使って壊れてしまうのは、もったいない。

どの診察室の前にも列ができていて、もちろん、父さんの診察室の前にも列ができていた。その列の先に割り込むみたいで、ぼくは居心地が悪かった。

「やあ、着いたね」

 診察室をのぞくと、父さんは細い青年の胸に聴診器をあてたまま、ぐるりと目だけぼくの方に回して言った。

「どう? 十五年ぶりのマンドゥリは?」

 それはぼくに対する質問なのだろうけれど、父さんは診察している青年に向かって言っているみたいだった。そのせまい部屋にいる皆の目がぼくのほうに向けられて、ぼくは緊張してしまった。

次の診察は老人だった。父さんは今度はその老人の胸に聴診器をあてながら、

「ラル、アユムを家に案内してやって。ぼくはあと一時間くらいで、一度もどるよ」

 と言った。

「はい」と、ラルさんはぼくの背中を押し、今来たスロープを下がって病院を出た。そこからは父さんの家、ぼくが三歳まで住んでいた家まで一緒に歩いて行った。

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