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血院  作者: 辰野ぱふ
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たどりついた人たち (3)

「アユムには兄さんのススムがいました。昔、マンドゥリのサイダンダ祭のとき、ぼくがススムを連れて出かけたのだけれど、迷子になり、さらわれたかして、行方不明になったのです。それは、大さわぎだった。何日もさがしたし、それから、毎年、お母さんも探しに来ていたけど、見つからなかったのです」

 そして、ラルはじっとキューイポのことを見つめた。

「それが、このわたしというわけか?」

 ここで、キューイポはこらえきれなくなって、またひとしきり笑った。ラル、ラミル、ナジャイはどうしていいかわからず、三人で顔を見合わせ、成すすべもなく立ち尽くし、キトパはカリカリとペンを進めていた。

「噂が、伝わってきたのです。わたしはずっと、いなくなったアユムのお兄さんのススムをさがしていました。アユムのお母さんからはもう、手紙も何も来なくなったけれど、アユムがここに来ることになって、メールのやりとりをしていました」

「ススム?」

 キューイポが、じっと目を閉じて、静かに手を組んで考えた。

「血院に、一人だけ血の離れた人がいて、その人には、東南の方の血が流れているという。それがあなたなのでしょう?」

「まあ、そうだが…、たった、それだけのことを信じて、こんな所までやってきたというのか?」

「そうです。だいいち、あなたは、さらわれた子どもだったのでしょう? さらわれたとき、ススムは五歳になろうという頃だった。どうなんですか?」

「さあね。たしかに、わたしはどこからか、連れて来られた子どもだった。でも、わたしの住んでいた所では、ちっとも珍しいことじゃあなかったさ。まわりじゅう全部が、さらわれた子どもさ」

 キューイポは、クックックと、こらえるように、笑い声をもらした。そして、笑いをこらえながら、

「それに、そんなにわたしが若く見える? この白い頭を見ろ。自分の生まれた時のことなどわからないし、だいいち、ススムという名前におぼえはないな。どっちにしろ、変な名前だ」

 と言って、またひとしきり笑った。

「アユムは、治る?」

と、ラルが聞いた。

「治るさ。ほんとうの病気とは違う。疲れすぎているだけだ。からだのほかの部分も少し弱ってはいるが、今の水薬で、二日分の休みをとれば、もうかんたんにもとどおり」

 キューイポの大きい右目が動き、ジロリと三人の男の影を順々に追って行った。ラル、ラミル、ナジャイは身のすくむ思いがした。

「病気にかかったわけでもないのに、こんな遠くまでわざわざ来て…。それでぐあいが悪くなってしまったなんて!」

 キューイポは、これで、また笑ってしまった。聞いている三人はあきれて、ぼんやりしていた。

「まあいいさ。いずれいろいろわかることもあるだろう。もう遅い。君たちも、ゆっくりと休んで、明日ようすを見て、話せるようだったら、この男の話を聞こう」

ラルはほっとため息をついて、三人はそろって部屋を出ていった。

「放さないで! 兄さん、放さないで!」

 皆がとびらを閉めたとたんに、急にアユムが声を上げた。夢を見ているのだった。それは、キューイポにはわからない言葉のはずだったが、どうしてだか、意味はわかった。

 ラルがアユムの言葉を聞きつけて、また扉を開けた。

「だいじょうぶですか?」

 ほかの二人も、びっくりして、また顔をのぞかせた。

「だいじょうぶ。夢を見ているだけさ」

 キューイポの顔がランプの光で、ゆらゆらゆれ、化け物のようだった。それで、皆はまたあわてて扉を閉めて行ってしまった。

 アユムはまゆとまゆの間に力を入れて、きびしい表情をしていた。キューイポは、そこに、やさしく手をおき、まゆの間をひらき、しわをのばして、かたまった部分をやわらかく、ほぐしていった。

「兄さんはもう、どこにも行きはしない」

 と、キューイポがアユムの耳元でささやいた。それは、アユムにはわからないハラヤ言だったが、言葉は静かにアユムの心にしみた。そして、おだやかに、アユムは眠りつづけた。

「落ち着いたようだな。もう、今日はこれでおしまいにしよう。ずいぶんと夜遅く、ご苦労さまでした」

 キューイポがキトパに告げると、キトパは血帳を閉じ、ぐっと伸びをし、

「わたしも、その陰で眠るよ。夢を見て、夜中にこの人が何か言うかもしれないからね」

 と言った。

「お好きなように」

 キューイポは、そのやりとりがまたおかしかったようで、ひとしきり笑っていた。

「言葉がわからないというのに、どうすると言うんだい?」

 キューイポはもうおかしくてたまらないというふうに、お腹を抱えて、ヒュッヒュッヒュッヒュッと体をよじって聞いた。

「そんなこと、珍しいことじゃあない。なんでも見たように、聞いたように書くだけさ」言いながら、キトパは首をぐるりと回すと、静かに「私は壁になるよ」と言って、壁にもたれて、厚手の毛布にくるまって、目を閉じた。

 その様子がおかしかったのだろうか。ベッドにもぐり込んでからも、またひとしきりキューイポは笑っていた。

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