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血院  作者: 辰野ぱふ
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たどりついた人たち (2)

 キューイポはリューイポと出会って、人間らしい生活にもどった今、なにも恐れることがないとわかって、毎日、ゆかいでたまらなかった。子どもの時に閉じ込めていた笑いが、今は、もれ出てしまっているかのようだった。

最初にキューイポを見る人はぎょっとする。顔自体が鬼のようにこわばって、黒くて、傷だらけで、ごつごつしているし、左目はつぶれて白くにごっているし、その顔でしじゅう、息のもれたような笑い声をたてているし、よだれもたらすのだから。

水薬がきいてきて、うっすら目をあけた旅人も、キューイポを見て、血の気がひいてしまった。

「ふふふ。こわがることはないよ」

言葉が通じたのか、かんねんしたのか、男はそっと目を閉じた。キューイポがそっとまぶたを触ると、再び男は深い眠りにおちていった。

すっかり旅の汚れをおとした、ほかの旅人三人が、キューイポの部屋に通されてきた。三人はキューイポを見て、やはり、ぎょっとしたまま、立ちつくしていた。

まず、通訳のラミルがあいさつして、自分の名を名乗った。ハラヤ地方では少し言葉が違う。ラミルはサルーパの標準語もハラヤ語も昔血院で使われていた言葉もわかる通訳だった。

そして、ほかの人を紹介した。一人はラル、眠っている男を小さい時から知っているという。もう一人は山道の案内人でナジャイだと言った。今寝ている男はアユム。ほかの国から来たという。ラルとアユムは二人ではマンドゥリからバスでジャミハラヤへ出て、そこでラミル、ナジャイと合流して山の中を三日歩いてここへ来たという。

「それじゃあ、この男のようすについて聞かせてもらおうか」

 キューイポが声をかけると、ラルはごくりとつばを飲みこんだ。ラミルがキューイポの言葉をラルに伝えた。ラルも少しはハラヤ語がわかる。ただ専門的な言葉や、知らない言葉もあるし、うまく話せる自信はなかった。それで通訳をやとったのだ。今のキューイポの言葉は通訳を通さなくてもわかっていた。が、それでもラルの顔は強ばってしまい、言葉も固まってしまったようだった。キトパはその全部のことを書き記すかのように、カリカリとペンを走らせていた。

「とって食いはせんよ。わたしは血師だからね、この人を治したいだけなのだ」

 キューイポはヒュッヒュッヒュッという奇妙な音を立てて始終笑っているのだけれど、それを初めて見る人にはとても笑っているようには見えない。鬼のような怖い、年取った男が、わけのわからない音を出して、うずくまっているのだ。

ラミルがまたキューイポの言葉を伝えると、ラルは強ばったまま、ゆっくり話しだした。

「この人は、日本という国からやって来ました。こんなに何日も夜通しで歩いたことはないらしいのです。だから、足がぼろぼろになりました。それに、サルーパに着いた時から少しお腹をこわしていたようです」

 それから、キューイポとラル、ナジャイの話は全部ラミルを通して進んでいった。会話が止まっても、キトパは必死に何かを書き記そうとしていた。

「まるで、子どものような肌だな」

と、キューイポは男の腹の上に手を置いた。

「まだ学生です」

「ここに来るまでに、どんなものを食べさせた?」

「干した米と、干した肉。それに粉を練ったもの。山に向かって歩き出した一日目には、食べるものはほとんどもどして、お腹も下し、熱も出てきました。形のあるものは、口を通らなくなったので、干した米を水のようにうすくして、火を起こしお湯をたてて、さまして飲ませました。でも、やっぱり全部吐いてしまう。力もすっかりなくなって、まるで夢の中をさまよっているふうでした。だからロバの背中に乗せて、ゆっくりと運んできたのです」

「ここがどこだか、知ってやって来たのか?」

「もちろん」

と、ナジャイが胸をはった。

「おれは、山のことならなんだって知っている。ここは、血院だろ? うちのじいさんやばあさんが、よく言っていたよ。むずかしい病気になったら、血院に行くんだってね。ほんとうに来ることになるとは、思わなかったけど」

「旅に出る前は元気だったと見えるが…、なんで元気なのに、わざわざこんな所へ来たんだい?」

「その人の名前は、アユムだと言ったでしょ。アユムの父親はマンドゥリ中央病院で働いているサトウ先生です。アユムはその病院で生まれました。ぼくの家族はサトウ先生の家のことを全部まかされている。ぼくも子どものころから、いろいろ手伝っています。サトウ先生の子どもたちのせわもしてきました」

「ほう」

 キューイポは、なにか頭の奥の奥の方に、ひっかかるものを感じて、首をかしげた。


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