たどりついた人たち (1)
その夜は明るかった。雲がなく、月の明かりが石に反射していた。風はぴたりとやんでいた。昼の暖かさが残り、部屋の中に少しこもっていた。ディーゼルの発電機がガガガガとうるさい音を立て、油臭かった。外灯の明かりを得るためにはしょうがない。トゥミハラヤの人たちにはもう慣れきった音と臭いだった。
いつもなら、子どもたちはもう、寝静まっている時間だったが、今日はまだ起きていて、今、この村の石塔の横に見えてきた来訪者に、走り寄って行った。
おとなの許しがないかぎりは、子どもは一人では、この石塔からむこうに行ってはならないと教えられている。
子どもたちには、朝から人が来ることがわかっていたから、皆うずうずして、今か今かと、待ちうけていたのだ。
一頭のロバを引いた三人の男の足取りはしっかりしていたが、残りの一人の男は、疲れ果てて、ロバの背中にぐったりとうつ伏せにくくりつけられていた。
石塔から、村に入ってきたとたんに、旅人たちは子どもたちに取り囲まれてしまった。子どもたちは、とくに疲れ果てた男に興味を示して、足や背中にぴたぴたと手をあてて、ざわざわと一緒に歩いた。
キューイポの部屋の窓からはそれがよく見えた。とは言っても、キューイポの目にそれははっきりとは映らないのだが。子どもたちのざわめきは伝わってきていた。
「しょうがないなあ」
と、ぽつりと言うと、キューイポはヒュッヒュッヒュッヒュッとくちびるから空気をもらして笑った。
ロバの背にくくられた旅人だけが、キューイポの所に運ばれてきた。白い布のタンカに寝かされて、前に二人、後ろに二人の大人が支えている。その周りに一緒にいる子どもまでがゾロゾロとキューイポの所に入ってきた。
その旅人はまだ若い青年だった。キューイポがいつも休むベッドのすぐ隣に、病人用のベッドが用意されていた。運んできた大人たちが静かにそのベッドに旅人を横たえる間も、子どもたちは旅人のそばを離れようとはせず、今は静かにしていたけれども、好奇心に目を輝かせてコソコソと何か言い合っていた。いつもだったら、もうとっくに眠っている時間だというのに、ちっとも帰ろうとしなかった。
「ほらほら、行った、行った。あとは、また明日」
キューイポは笑いながら、子どもたちを追い払った。いつもはキューイポの言うことなんかちっとも聞かない子どもたちだが、疲れた旅人のことを思ったのか、今日はキューイポの言うことを聞き、すごすごと部屋から出て行った。
そして、一番幼いシャーイパだけが、ぽつりと残った。
「ほら、お前も、もうお母さんのところでおやすみ」
キューイポはシャーイパの背中を押して、となりの部屋へ連れて行った。
となりには、リューイポが妻のマーヤと住んでいる。シャーイパはこの二人の子どもで、母親のマーヤの胸にとびこんだ。
「だって、ぼく、まら、あの人を見ていらいんだ」
まわらぬ舌で、シャーイパがだだをこねると
「きょうは、朝早くから、特別にこんなにおそくまで遊んだでしょ。もう、それもおしまい。明日から、またいつもどおりに、しないとね」
マーヤがやさしく、シャーイパを連れて行った。そして、そのうしろからリューイポが出てきた。
「おまえ一人でだいじょうぶか?」
「ああ、この男はわたしに会いに来たんだろう? ずいぶん遠くから来たらしいな」
「まあ、そいつはおまえにまかされたんだ。いいようにするさ。きょうは、寝かせておくしかないだろう。わたしも、もう寝る」
リューイポはぐっと伸びをして、となりの部屋へ消えてしまった。
キューイポはぐったりと疲れている男に、薬の入ったぬるくて白いお茶を吸い飲みから飲ませた。男はぼんやりとしたまま、少しずつその液体を流しこんでいった。血帳師のキトパが入ってきた。男の様子を書くために新しい血帳が用意されていた。
「食べ物が合わなかったと見えるな」
キューイポは男の汚れたシャツを脱がせて、固くしぼった布で、たんねんにからだをふいていった。男のからだは少しよごれていたが、ふいていくそばから、その下にかくれていた、白い、つややかな肌が見えてきた。それは、キューイポにもわかる白さだった。キューイポが何かすること、言ったことを、キトパは血帳にどんどん書いて行った。
「ずいぶんと白い」
キューイポのごつごつの黒い手が、まるで作り物のように、白い肌の上にくっきりと見える。
「それに、やわらかで、しなやかだ」
キューイポはあまりはっきりは見えない右目を近づけて、よく見ようとした。
「なんだってこんなに白いやつが、わたしに用があるんだ?」
そして、キューイポは、またひとしきりヒュッヒュッヒュッと笑った。
キューイポが笑う間、キトパは手を止めた。もう慣れている様子で、ただ静かにキトパは次のキューイポの言葉を待った。
キューイポが子どもだったころ、キューイポはずっと笑いを閉じこめていたらしい。それは、人買いにおどされ、育つうちに、自然に身についてしまったことだった。笑うことを忘れていたのだ。




