表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血院  作者: 辰野ぱふ
15/36

トゥミハラヤ (1) 

 朝の風は冷たい。キューイポの部屋の窓は石の枠に木を打ち付けてあるだけだから、風がスースー通りぬける。冬の間は隙間に泥を塗りこんでいた。まだまだ朝のうちは寒いとわかっていたけれど、キューイポは風を感じたくて、泥を取り払ったのだ。

子どもたちが、外でさわぎはじめていた。

そのざわめきが伝わってきて、キューイポは目を覚ました。

「起きているの?」

 隣の部屋からリューイポが声をかけた。

 隣といっても、壁が半分しかない。つながっているという意味では、同じ部屋ともいえる。

「ああ」とキューイポは答えたけれど、まだ起き出す気にはなれなかった。

「じゃあ、食事に行こう」

 リューイポが入ってきて、キューイポの布団をはいだ。

 リューイポは土のような茶色のごつごつした顔で、おでこにも、左ほほにもホークでひっかいたような、数本の深い傷あとがある。左目はつぶれていて、まぶたの間から少し見える部分は、白くにごっている。

「ほら」とリューイポが手をさし出した。キューイポはリューイポの手をつかんで起き上がった。その右手の人差し指、薬指、小指は半分しかない。左手も親指は半分しかない。

 キューイポは手探りで洋服をつかむと、寝間着を脱いで綿入れの上下に着替えた。リューイポはそれを見ながら、うずうずした。手伝ってしまいたいけれど、キューイポはそれをいやがる。それにもうずいぶんと手慣れてきている。

 リューイポがキューイポを見つけた時、二人は同じような少年だった。だけれど、キューイポはどんどん年老いてしまって、髪も半分ほど白くなっていて、今は同じような年には見えない。リューイポの白い肌はつやつやしていたし、身体のどこにも傷一つなかった。

キューイポの右目はギロリと大きい。けれど、よく見えていないようなのだ。だからリューイポは何かとキューイポを助けてきた。キューイポはそれについて、何か文句を言ったことはないけれど、手ではらって、「自分一人でできる」と態度で示す。いつも。

「行ってらっしゃい」

 とリューイポの妻のマーヤが声をかけた。子どもの気配がない。今日はもう、外に遊びに行ったらしい。外でざわめく子どもたちの中に混じっているのだろう。

「行ってくるよ」とリューイポは答え、キューイポはヒュッヒュッヒュッと、独特の音を出して笑った。くちびるがかたく、分厚く傷もあるせいか、よだれもよくたらすし、いつも奇妙な音を立てる。

 二人は食堂に向かった。一週間に一日、お休みの日だけは家で朝食を食べるけれど、仕事のある日は朝、昼とも食堂で食べることになっていた。二人は血師で、食事以外の時間は病人や老人の間を回って、診断と治療をして一日過ごす。

「なんだかね。子どもが騒いでいるね」

 リューイポにつかまって歩きながら、キューイポがまたヒュッヒュッヒュッと笑った。

「ああ。人が来るんだ」

「やっぱりね」

 外に出ると、子どもたちが二人にぶつかりそうになりながら走りぬけて行った。


遠くから、人が来る

遠くから、人が来る

ロバが一頭

人が三人

ゆらゆら、ゆらめき歩いている

 

子どもたちは、そんな歌を歌って、同じところをぐるぐると走り回っている。

「まったく、いつも元気なもんだ」

 キューイポはおかしくなって、そこでまたひとしきり笑った。

「見てみるか?」

「ああ」

 リューイポは食堂のわきの小高い丘にキューイポを引っ張って行った。

「ここからが一番良く見える」

「どんな人たちだい?」

「子どもにはわかっているんだ。人が三人…? うん? いや、四人いるようだな。三人のゆげは白くまっすぐ立っているけれど、一つすごく弱い細いゆげがある。病人ではないなあ。でも、ひどく疲れているようだ」

「ロバじゃあないのか?」

「きっと…、ロバには乗っているな。でも、ロバとは別だ。人間だ」

 キューイポはおかしくてたまらないというように、お腹をかかえて、ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッと笑った。

「まったく、君はいつもなんでもそんなにおかしいのだ?」

「だって、子どもはロバと歌っていたからな」

「それがおかしいのか?」

「ああ、うんとおかしい」

 いつまでも笑っているキューイポのことを、リューイポはあきれてながめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ