トゥミハラヤ (1)
朝の風は冷たい。キューイポの部屋の窓は石の枠に木を打ち付けてあるだけだから、風がスースー通りぬける。冬の間は隙間に泥を塗りこんでいた。まだまだ朝のうちは寒いとわかっていたけれど、キューイポは風を感じたくて、泥を取り払ったのだ。
子どもたちが、外でさわぎはじめていた。
そのざわめきが伝わってきて、キューイポは目を覚ました。
「起きているの?」
隣の部屋からリューイポが声をかけた。
隣といっても、壁が半分しかない。つながっているという意味では、同じ部屋ともいえる。
「ああ」とキューイポは答えたけれど、まだ起き出す気にはなれなかった。
「じゃあ、食事に行こう」
リューイポが入ってきて、キューイポの布団をはいだ。
リューイポは土のような茶色のごつごつした顔で、おでこにも、左ほほにもホークでひっかいたような、数本の深い傷あとがある。左目はつぶれていて、まぶたの間から少し見える部分は、白くにごっている。
「ほら」とリューイポが手をさし出した。キューイポはリューイポの手をつかんで起き上がった。その右手の人差し指、薬指、小指は半分しかない。左手も親指は半分しかない。
キューイポは手探りで洋服をつかむと、寝間着を脱いで綿入れの上下に着替えた。リューイポはそれを見ながら、うずうずした。手伝ってしまいたいけれど、キューイポはそれをいやがる。それにもうずいぶんと手慣れてきている。
リューイポがキューイポを見つけた時、二人は同じような少年だった。だけれど、キューイポはどんどん年老いてしまって、髪も半分ほど白くなっていて、今は同じような年には見えない。リューイポの白い肌はつやつやしていたし、身体のどこにも傷一つなかった。
キューイポの右目はギロリと大きい。けれど、よく見えていないようなのだ。だからリューイポは何かとキューイポを助けてきた。キューイポはそれについて、何か文句を言ったことはないけれど、手ではらって、「自分一人でできる」と態度で示す。いつも。
「行ってらっしゃい」
とリューイポの妻のマーヤが声をかけた。子どもの気配がない。今日はもう、外に遊びに行ったらしい。外でざわめく子どもたちの中に混じっているのだろう。
「行ってくるよ」とリューイポは答え、キューイポはヒュッヒュッヒュッと、独特の音を出して笑った。くちびるがかたく、分厚く傷もあるせいか、よだれもよくたらすし、いつも奇妙な音を立てる。
二人は食堂に向かった。一週間に一日、お休みの日だけは家で朝食を食べるけれど、仕事のある日は朝、昼とも食堂で食べることになっていた。二人は血師で、食事以外の時間は病人や老人の間を回って、診断と治療をして一日過ごす。
「なんだかね。子どもが騒いでいるね」
リューイポにつかまって歩きながら、キューイポがまたヒュッヒュッヒュッと笑った。
「ああ。人が来るんだ」
「やっぱりね」
外に出ると、子どもたちが二人にぶつかりそうになりながら走りぬけて行った。
遠くから、人が来る
遠くから、人が来る
ロバが一頭
人が三人
ゆらゆら、ゆらめき歩いている
子どもたちは、そんな歌を歌って、同じところをぐるぐると走り回っている。
「まったく、いつも元気なもんだ」
キューイポはおかしくなって、そこでまたひとしきり笑った。
「見てみるか?」
「ああ」
リューイポは食堂のわきの小高い丘にキューイポを引っ張って行った。
「ここからが一番良く見える」
「どんな人たちだい?」
「子どもにはわかっているんだ。人が三人…? うん? いや、四人いるようだな。三人のゆげは白くまっすぐ立っているけれど、一つすごく弱い細いゆげがある。病人ではないなあ。でも、ひどく疲れているようだ」
「ロバじゃあないのか?」
「きっと…、ロバには乗っているな。でも、ロバとは別だ。人間だ」
キューイポはおかしくてたまらないというように、お腹をかかえて、ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッと笑った。
「まったく、君はいつもなんでもそんなにおかしいのだ?」
「だって、子どもはロバと歌っていたからな」
「それがおかしいのか?」
「ああ、うんとおかしい」
いつまでも笑っているキューイポのことを、リューイポはあきれてながめた。




