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血院  作者: 辰野ぱふ
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タライとルイポ (3)

 サリの瞳から涙があふれ止まらなくなった。

「おなかの中に赤ちゃんがいるのです。今、わたしが守ってあげられなくては、どうなるでしょう。わたしの痛みを感じて、きっと赤ちゃんも苦しくなるに違いありません」

ルイポはそっと、サリの背中をさすり、サリの耳もとでささやいた。

「ここを出よう」

サリは目をまんまるに見開いて、ルイポを見つめた。

「わたしは、もともとよそから来たのだから、ここを出ることは、ちっともこわくない。でも、サリ、君はここで生まれ、家族も皆ここにいる。だからここを出るのはつらいだろうね」

 サリは、じっとルイポを見つめ、すこし考えて、またじっとルイポの目を見つめなおした。

「いいえ、なにもつらくありません。あなたに着いて行きます」

 そう言ってしまうと、サリは心が落ち着くのを感じた。そしてどんなことにも耐えられる強さが得られたように感じた。

 二人の心は通いあい、わかりあってはいたが、まわりの人のこともある。サリの家族も悲しむに違いない。二人の決心はついていたが、じっさいに、血院を出るとなると、それは、大事になるだろう。しかもルイポはクイポの次に血院をまかされる身である。そのような人が年老いてもおらず、何も理由がないのに血院を離れるということは、今までにはないことだった。タライに対する不信感が高ずる可能性もある。ルイポは慎重に計画を立てた。血院の皆が納得して、タライに血院をまかせられるように用意しなければならない。それにはまだ少し時間が必要だった。だから、血院を離れる決心は二人の秘密とし、そっと計画を進めるつもりだった。

タライはそんなルイポの気持ちには気が付きさえしなかった。タライにとって、血院は自分が知っている世界のすべてだった。自分が外に出ていくとなどということは、想像もできなかった。だからこれから中心となろうとしている血師が自分から出ていくつもりだなんて、まったく思いもよらなかった。タライは、自分が何かしらの手を打ってルイポを失脚させなければならないという思いに取りつかれていった。


 そのころ、血院では、夢の診断もよくおこなわれていた。

身体に悪い部分があったり、心に弱い部分があると、たしかに夢に出ることがある。治療を受ける者が夢のことを語れば、それは血帳に記録されて、診断の助けになることもあった。

 血液や体液は実際に身体の中を流れており、身体を傷つけることによって外にも流れ出す。触ることもできる。色を確かめ、味を確かめることもできる。血師は診断のためにだけに身体を傷つけることは、決してしないが、傷などで血が外に表れている場合には、直接血を診たり、味をみたりすることがあった。

 ところが夢はずっといいかげんなところが多い。夢を見たあとで、頭の部分を触ってみると、血がわき立ったり、流れが早くなっていることがある。また、反対に冷たく、流れがおそくなることもある。でも、夢そのものには形も、感じもなかった。それに、診断しているときには、もう夢からさめている。病人が夢を語る時には、正確には語れないのだ。語ることは病人の心の動きでゆがめられることもあり、それを書き記す時にも、夢そのものを描くことはできない。だから夢から全部の診断をすることには無理があった。夢は治療の助けにはなっても、診断の基準にはなりえない、と、ルイポはかねてから考えていた。

 記憶や思い出も夢と似たところがあった。

思い出は、病人、ことに老人の中ではどんどん大きくなって、自分で調節ができなくなることがある。その思いを血師がていねいに聞き、血帳師が血帳に書いていくうちに、まるで心のしこりを吐き出すかのように、病人の心が軽くなり病状が良くなることがあった。だから、治療の助けにはなる。だが、夢や思い出自体はあいまいなもので、病人の思いによって歪められている。だから何かを決定することはできない。それに夢は使いようによっては、人をおとしいれる武器にもなる。


タライの憎しみが増すにしたがって、サリは、いつもうなされていた。ルイポとタライの部屋はとなり合っていたので、タライは、ときどき、サリの声で目がさめることがあった。

「助けて!」「燃える!」「痛い!」「熱い!」などと声をあげ、日ごとに、サリは、何かに追われて逃げようとしている夢を見ることが多くなった。

ルイポは、サリの手を取り、やさしく額をさすったが、サリは夢にとらわれて、なかなか目覚めない。ここにいるかぎり、サリはうなされ続けるだろう。それは、ルイポにとってもつらい日々だった。

 タライはまるでサリを追い詰めるように、自分の血帳師に選ぶことが多くなった。タライといっしょにいると、サリはもっと疲れて、食物ものどを通りにくくなり、もっと悪い夢を見るようになる。火に焼かれたり、動物におそわれる夢。それも、ねずみや、虫などの小さい動物におそわれるような、いやな夢だった。ルイポは慎重に様子を見守り、サリを励ましたが、うなされる声も言葉にならず、苦しみ、胸をかきむしって、歯をきしるような不気味な音を立てることもあった。寄り添いながらも、今すぐには何もできない。そんな自分をルイポは情けなく思った。

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