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血院  作者: 辰野ぱふ
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サルーパ (1)

自分にとってのユートピアってどんな所か、そんな場所を書いてみました。

サルーパの国のイメージは25年前に見たネパールの感じを参考にしました。

 飛行機がマンドゥリ空港に着くと、窓から見える飛行場は、大きい学校の校庭みたいな感じでガランとしていた。シンガポールで乗り換えたのだけれど、その時にひと回りくらい小さい飛行機になった。乗っている人は皆、サルーパ系の人たちばかり。違う国から来たのは、ぼく一人のようだった。

 サルーパ系の人たちは、色が浅黒く、男性も女性も着ているコートは西洋風の、ぼくたちが着るのと同じような冬のコートだった。だけど、コートの中には民族衣装のようなものを着ているらしく、男性は黒っぽい色の厚いコートの下から、薄い綿の白いズボンか、腰に巻きつけてある白い布がのぞいている。はだしにビーサンの人さえいた。上に着ているものと足元の差がアンバランスで、寒くないのかな、とぼくは思った。

女性は、ほとんどが暖色系のきれいな色のコートを着ていて、首や身体に厚手のスカーフを巻きつけていた。下からのぞいているドレスやちょっとふっくらしたズボンのような洋服は、やわらかい布で、花の小さい柄、大きい柄、幾何学模様のような柄、ししゅうをしているものなど、色とりどりだった。やはり薄手の布だ。素足に靴かサンダルをはいている。皆、足元には寒さを感じないらしい。

 赤んぼうを抱いた女性を見かけたけれど、小さい子どもはいない。赤んぼうのつぎに若いのはたぶん、ぼくだろう。

 飛行機のタラップを降りると、皆、走り出した。だれもが皆、両手に袋を下げている。空港の建物が向こうにポツンと見えていて、皆そこに向かっている。ぼくはただびっくりして、走る人たちの背中を見つめた。いったいどうしたものかと考えたけれど、いっしょに走る気にはなれなかった。なんだか、走るのは恥ずかしいような気がした。

 空港の建物に足を踏み入れると、少し暖かく感じて、いくつかのスパイスが混ざったような匂いがしていて、異国に来たのだな、と強く思った。

ポツンと建っていた建物の中はやけに広くて、荷物が流れて来る所以外は出口の方に机が3つならんでいるだけだ。他には何もない。

とりあえず自分の荷物を取ってふと見ると、机の前にもう長い列ができていた。皆はあまり荷物を預けていないで、機内に持ち込んでいたのだろう。

列は机ごとに三列できていた。ぼくは真ん中に並んだ。たぶん、それは入国の手続きをする所だ。出口は一つしかなくて、出口の両わきにはライフル銃を肩にかけた兵士がこわい顔をして立っている。

前の方をのぞいて見ると、それぞれの列の先の机に一人ずつ役人が座って、何か聞いては、スタンプを捺していた。列はなかなか進まない。話をしている人はいなくて、しーんとしていた。


ぼくはこのサルーパ国の首都、マンドゥリで生まれて、三歳まではこの国で暮らしていたのだ。

ここに来てみれば何か思い出すのではないかと期待していたけれど、まったく何も覚えがなかった。ただ、スタンプをおす役人みたいなおじさん…、浅黒い顔でひげをはやしているおじさんにだっこしている写真があったことを、ぼんやりと思い出した。

でも、ここではだれでも浅黒くてひげをはやしている。ライフル銃の男だって。そう思うと、おかしくなってしまった。


役人に観光だということを告げてスタンプを捺してもらい、ライフル銃の男の横を通って外に出ると、『佐藤 歩君』と漢字で書いた紙をかかげた男の人が待っていた。

やはり浅黒い肌の人。でもひげははやしていない。その人は優しそうな目をまんまるに開いて、ぼくの国の言葉で話しかけてきた。

「やあ! アユムだね! やあ! 大きくなったねえ」

 きれいな発音で、何の違和感もなかった。

「ラルさんですよね。どうも、ごぶさたしています」

 そう言って、ちょっと変かな、と思った。だってぼくが最後にラルさんに会ったのは三歳の時だったのだもの。それから十五年も経っている。でもこのひと月ほどはメールのやりとりをしていたし、今日、迎えに来てくれる人がラルさんだということも、ラルさんからのメールでわかっていた。それでもやっぱり「ごぶさた」には違いないのか…。いいのかな? それで。

空港の出口に立つと風が冷たかった。三月中旬。だいぶ春めいてきていたけれど、家を出てくるときは寒くて冬のコートを着て来た。ここはもう少し寒いと聞いていたのでちょうどいいかと思ったけれど、今は少し暑く感じていた。

「お父さんにそっくりだね」

 とラルさんがニコニコして言った。

「そ、そうですか?」

 ぼくはドギマギしてしまった。

それから、ラルさんは小さいバンのような自動車にぼくを案内した。

 運転席に座っていたのは、ひげをはやした、ほかのサルーパの人と区別のつかないおじさんで、そのおじさんが降りてきて、ぼくのスーツケースを後ろの席にひもでしっかりくくりつけた。だって、ドアがないのだもの! ラルさんが助手席に乗って、ぼくは後ろの席の荷物の横に乗った。振り落とされないように、なるべく真ん中に乗った。

 運転手さんは、ビニールのカーテンみたいなものを引っ張って、出入り口をふさいだ。それでも風はもれてくる。

「落ちないようにね。しっかりつかまえていて」

 ラルさんがそう言って運転手にアゴで合図すると、車はところどころデコボコしている道を走り出した。ぼくは前の座席の背に付いている取っ手をしっかりと両手で握った。

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