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カインの部屋の前で、一呼吸おくと扉をノックする。
少しの間をおいて、カインは扉を開けた。
「おお、メルダ。どうした?」
どうやら風呂上りだったようだ。髪の毛が少し濡れている。
少し暑いのか上は薄い服一枚だけで、うっすらと引き締まった筋肉が見えた。
それを見て少しどきっとしてしまう。
「あ、ああごめん。ちょっとお願いがあって・・・」
そこから先の言葉が中々出ず、メルダは俯いてしまう。
「・・・どうした?」
「えと・・・、あの・・・」
言うんだ、メルダ!
一緒に行かない?って言うだけじゃない!
メルダは目をつぶってカインに言う。
「あの、さ!お祭りの花火なんだけど、一緒に見に行かない!?」
・・・言えた!!
恐る恐る目を開け、顔を上げてカインを見る。
目の前にいるカインの表情は複雑そうだった。
「・・・あー・・・あのさ、その花火サリルから誘われてて、一緒に行く事になってるんだけど」
・・・・え?
メルダの目の前が真っ暗になった。
頭も真っ白になって何も考えられない。
足元がふわふわしてきて落ち着かなくなる。
うそ・・・。サリルと・・・?
一緒に・・・?
「あ・・そ、そうなの・・・。一緒に・・・行くんだ・・」
メルダの瞳に涙が溢れる。
俯いて涙をこぼさないようにスカートの裾を強く握ってこらえる。
「いや、もしメルダが嫌じゃなかったらメルダも一緒に・・・ってメルダ!?」
メルダはカインの言葉を最後まで聞かず、その場から逃げ出してしまった。
・・・やっぱり、カインはサリルの方がいいんだ。
そうだよね、だって若くて美人だもの。
私みたいな何の取り柄もない女なんか、興味あるわけない。
婿になるだなんて、結局慰めでしかなかったのよ。
メルダは部屋に戻ると、布団に伏して泣き出す。
その時初めてわかった自分の気持ち。
今更わかったって遅いんだけれど。
私、カインの事が好きだったんだ―――――
その日からメルダはよそよそしくなり、あまり話すことをしなくなった。
カインは心配して話しかけてくれるのだが、メルダは言葉を返す事が出来ない。
「・・・どうした?俺、なんか悪い事でもしたか?したなら謝る。なんか話してくれよ」
「・・・・・」
カインの顔はつらそうな顔をしている。
その表情がメルダも堪らなくつらくなって近くにいれなくなる。
近くにいるのに、遠い。
メルダは辛い気持ちを抱えたまま、祭りの日を迎えた。
当日、メルダは忙しく働いていた。
宿泊客の対応、部屋の掃除、食事の準備。
何も考えずに働けることが少し安心する。
父と母には、カインが別な人と花火を見に行くらしいと正直に言っておいた。
なんて事だ、と嘆いていたが、そうなってしまった事はしょうがない、と諦めたようだ。
夕刻になってカインは出掛ける。
メルダはそれを見ない様に仕事に没頭していた。
「サリル、おまたせ」
カインは待ち合わせ場所でサリルと会う。
サリルは笑顔でカインを待っていた。
一方カインは浮かれない顔をしている。
「どうしました?あまり顔色がよろしくないようだけど」
「いや、ちょっとね。さて行こうか」
カインとサリルは並んで花火が良く見えるという場所まで歩いていく。
「今日の花火、まさか一緒に見てくれると思っていませんでしたから、とても嬉しかったわ。まさかカインが私の事そう思ってくれていたなんて知らなかったから」
サリルは顔を赤らめながらカインに言う。
「ん?どういうこと?」
「あら、花火を好きな人と見ると一緒になれるってジンクスがあるんですのよ。私カインの事が好きだったから、まさか誘いに乗ってくれると思わなくて・・・」
その言葉に、カインは歩きを止める。
「・・・カイン?」
「マジか・・・。それは知らなかった。ごめん!!!帰る!!」
「え!?ちょ・・・!カイン!!??」
カインは勢いよく振り返ると、宿屋へと走って引き返していった。
宿屋ではメルダが受付でへばっている。
目も虚ろ。何もやる気が起きない。
今頃着いた頃かな・・・。
よろしくイチャこいてんだろうなぁ・・・。
ぼやりとしながらそんなことを考えていると、勢いよく入り口の扉が開く。
「メルダ!!花火!!行こう!!!」
そこには、息を切らして戻ってきたカインの姿があった。
メルダは驚いて固まっている。
「花火!一緒に見よう!」
「え・・?でもカインはサリルと・・・」
「え!?そんなん知らん!俺はメルダと一緒に見るぞ!」
そう言うと、カインは強引にメルダの腕を引っ張って外へと連れ出した。