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第8話

ありのまま。見たままのことを話そう。学校に向かっている最中、曲がり角でパンをくわえて走ってきた女に正面衝突し、彼女は大股開きでこちらにブリーフのようなデザインのショーツを見せて地面に座っているのだ。さて、どう話しかけたものか。


「ちょっと、大丈夫?」


恵美はそう言うと彼女を立たせた。妹と一緒に投稿することでこんなメリットがあろうとは思わなかったが。普通はないよなあ、こんな状況。


「パンが落ちた」


女はこっちを恨めし気に見ている。女の視線の先を見ると、成程食パンが地面に落ちている。俺に非がないとは言わないが、天下の往来でパンを食いながら走り回っていたこいつの非の方が極めて高いのは言うまでもないだろう。というか、こいつ恵美と全く同じ制服なんだが同じ学校ということだろうか。


「お前、まさか自分が悪くないとか思ってないだろうな」


「う……そりゃあ……でも、お母さん起こると怖いし」


分からんでもないが、それで俺を恨むのは筋違いだからな。この空気をどうやって打破するか考える間ももなく始業前のチャイムが鳴り、俺達は慌てて校舎へ向かって駆け出した。


「……」


どうしてこうなったし。教室に付き指定の席に着くと、俺の隣の席になったのは彼女だった。


「こういうのって普通、出席番号順にしない?」


俺もそう思う。俺の名前は、山本希一。黒板に席が書かれている名前で見る限り、ヴィクトリア・ジョンケン。日本なのにアルファベット順なのか?それにジョンケンと言う苗字はどこかで……。


「お前、ジョンケン先輩と……」


この世界の情報が、どんどん頭の中に流れてくる。それによると、アトダーシ・ジョンケンと言う男がおり、男連中には大層評判が悪いようだ。


「妹よ。そう言うあんたは残虐超人よね、大野小の」


10年前、友達がプリティーデビルというあだ名を持つ女に殴られ金を奪われたことがあった。その金はそいつが妹に誕生日プレゼントをやるためにためていた金だったからすぐに取り返す必要があったが、その女は自分よりも体格がいい男3人を1人でのす化物。正攻法では勝てない。そこで俺は奇襲をすることにした。後ろから肩を叩いて振り向くそいつの目に砂をぶちまけて股間を蹴り、体が丸まった隙を見て後頭部を両手で押さえて顔面に飛びひざ蹴りをかましてからそいつの足にしがみついて強引に倒し、みぞおちに向かって飛び降りて気絶させ、その金を無事取り返すことが出来たのだ。それから仕返しを警戒していたが俺がプリティーデビルを倒したと言う武勇伝が広まる一方、女子はしばらく俺を見るなり股間を隠すようになったと。


何だこのエピソード。でも、その関係で俺には彼女が出来なかったらしい。ううむ。


「まれまれ。私も同じクラスみたいよ」


黒板に書いてあるから言われなくても分かる。問題は、2つの名前だ。


「初音。この名前憶えてるか」


東雲明日香。『優しい世界』を創った魔王と同じ名前だが、偶然の一致だろうか。だが、東雲なんてそんなにありふれた苗字ではないはずだ。


「『優しい世界』の……」


憶えているらしい。だが、ヴィクトリアは俺達の会話が理解できていないようだ。


「知ってる子?」


「ああ……いや、東大の客員教授にこんな名前の人がいたなあと」


「何それ」


そんな話をしていると、首に腕が回されてそのまま持ち上げられた。

何だ?振り向こうとしても首が固定されて動かない。


「何故あんたがそのことを知って……いや、憶えているんだい?」


背中の感触と声からして相手は女だろう。一体こいつは……。


そんなことを考えていると、ドアがガラッと開き2mはあろうかという筋肉隆々の男が入ってきた。全くそうは見えないが、恐らくは担任だろう。俺は解放されようやく振り向くと、そいつは燃えるような赤い髪を肩まで伸ばした長身の女で後ろ姿だから顔は分からないが、知り合いらしい女の子にハリセンで頭を叩かれていた。何なんだ、あいつは。


「全員指定された席につくように。俺はこのクラスの担任を務める、エルキュール・イスカンダル。教科は社会科だ」


体育科の間違いじゃないのか?腕周りが女の腰回りぐらいあるぞ、この教師。まだ花冷えの続くこの時期に半袖とか、どう見ても脳筋にしか見えないのは俺だけか。イスカンダル先生が「何か俺に聞きたいことはあるか?」と野太い笑みを浮かべると一人の男子生徒が挙手をした。


「先生は今、付き合ってる人はいますか?」


そんなことを聞いてどうする。グラマーな美女教師とかならともかく、筋肉だるまのつがいの有無なんて誰得だよ。


「お前は、アーサー・ラックスウェルか。ふむ。昔付き合っていた女性はいたが、今はいない。よって、男と付き合う趣味はないぞ?」


答えるんだ。律儀だな。アーサーと言う男は自衛のために聞いたんすよとか訳の分からんことを言っているが、あれはバカ決定でいいのか?他には特にないらしい。


「何だ。先生の趣味とか、そっち方面は聞かないのか」


そっちを聞いてほしけりゃ初めにそう言おうか。


「俺の趣味は、ボトルシップ制作だ」


『嘘だ!!』


今日が初対面と言っても過言ではないクラスメイトの心が今、一つになった。どう見ても、ボトルシップを壊す側だ。イスカンダル先生は心外だという表情を隠そうともせずあごを撫でていたが、「じゃあ自己紹介をしてもらおうか。窓際の一番前の席に座っている東雲からな」と進行することに決めたようだ。指定された席に座っているのは、例の東雲明日香。さて、どんな自己紹介をすることやら。


「東雲明日香です。去年はA組でした。趣味は料理を作ることです。よろしくお願いします」


……恐ろしく普通だな。

魔王やってました。なんて言うとは思わなかったが、あまりの普通な挨拶に思わず呆気にとられてしまった。

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