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第7話

今から30年前の話。まだ幼かった東雲明日香は、いたずらをした罰として両親に物置に閉じ込められていた。これが彼女の命運を分けたなど、この時の彼女に走る由もない。「ごめんなさい」と泣きながら眠り、夜が明けて物置の扉を開けたのは彼女の両親ではなく警察官であった。


「生き残りがいたぞ!」


東雲明日香の両親と祖父母は強盗団によって刺殺され、物置に入っていた彼女だけが生き残ったのだ。強盗団は程なくして逮捕されたが、親戚は皆彼女を引き取ることに渋い顔をしたので施設に送られることになった。面倒事はごめんだ。それが、彼らの一貫した主張。そして、クラスメイトは孤児になった彼女に表向きは優しく接した。


「明日香ちゃん、かわいそう」「一人だけ生き残るなんて、運がよかったね」「テレビに出られて、よかったじゃない」「うちのバカ兄貴も、強盗が殺してくれないかなー」


無神経な言葉が何度も幼い明日香の心を貫き、それを緩和しようと少しでも多くの人に優しくすることを心掛けたがそんな彼女に付けられたレッテルは「八方美人」であった。


「一人だけ生き残っていたのか。物置も探せばよかった。日本人を一人殺し損ねるなんて……くそ!!」


強盗団のトップはC国人であり、反日感情の塊のような男であった。日本人は戦争で多くのC国人を殺したのだから、C国人には日本人を殺す権利がある。そうでなければおかしい。俺に謝罪してほしかったら、日本はアジア太平洋戦争の戦争責任を認めて謝罪しろ。そう、お決まりの言葉を吐いたと聞き、明日香の心に消えない傷が生まれたのだ。


それからと言うもの彼女は、猛勉強に猛勉強を重ねて東京大学に合格。奨学金制度で入学金を払い、アルバイトをしながら勉強をし続け、大学院に入った時のこと。一人の男が明日香にとある話を持ち込んだ。男の名はレナルド・リュミエール。封神演義の研究をしていると言う。


「創作じゃないの?封神演義って」


「これを見ても、同じことが言えるかね」


そう言うと、リュミエールは棒状の何かを取り出してそれを振るうと風が巻き起こった。

大学の図書室の空調では、まずありえない風だ。


打神鞭だしんべん。封神演義で太公望が用いたとされる宝貝であり、これが本物ならばこの空間を真空にすることも、火を起こすことも可能だろう。明日香はこの場所の平穏のためにも彼の話を聞くことにした。






「あんたが、東雲弁護士一家殺害事件の生き残りだったのかい」


カーミラは、紫禁城の王座に座る明日香を見下ろしながらそう言った。紫禁城はかつて博物館となっていたが、明日香が王城として蘇らせたのだ。


「死に損ないも、中々侮れないものでしょう?」


「C国を乗っ取ったのは、殺された家族の復しゅうのためではなかったのですか?」


「違うわ。大体復しゅうなんかしたところで、殺された両親や祖父母が生き返るわけじゃない。それより私は、優しい世界を創りたかったの」


弱者が強者に虐げられない世界。人が無駄に死なない世界。皆が皆に優しくできる世界。

彼女の望みはそれだけだった。


「私は、優しくされたことなんてないから」


言葉の暴力にさらされ、両親を殺した男達にはそれを当然のことだと言わんばかりに暴言を吐かれた明日香に出来ることは、勉強することで雑音をシャットアウトすることしか出来なかったのだ。だが、そんな彼女にもようやく希望が生まれた。封神演義に登場する大極図があれば、世界を変革できる。世界を優しく創り直すことができると。そんな彼女の言葉にステファニーが憤りを覚えていることを、明日香は知らない。


「あんたには同情するよ、東雲明日香まおう。それでもね。それでもあたしは、夢幻から世界人類を開放する」


皆が皆に優しい世界。確かにそれは理想だ。でも、それでもあたしは鈴奈の特別でありたい。

カーミラは鈴奈と旅をしていく中で、彼女に恋をしていた。鈴奈もまた同じく。


「特別は差別を生み出すわ。優しくする者と嫌う者に分けるなんて、ただのエゴじゃない」


「自分は特別でありたい。自分にだけ優しくしてほしい。それは確かにエゴさ。だが、お互いがそれを求めるならば、それはきっと愛なんじゃないか」


カーミラはそう呟くとダガーを取り出した。


「魔王、この世界の呪縛を解け。さもなくば、その命を頂戴する」


この世界に、死は存在しない。だが、どんなものにも綻びは存在する。世界そのものを巻き込むのならば、核となる自分は確固たるものでなければならない。つまり、魔王を殺せばこの茶番に満ちた世界は消失する。というか、そうでなければ手の打ちようがない。これはカーミラの賭けであった。


「あなたは『特別』を手に入れた。でも、『特別』のない私が、救いのない元の世界を享受すると思って?」


「……あたしだって、ただで『特別』を得たわけじゃない!!」


カーミラは一瞬で明日香の懐に入り、彼女の心臓にダガーを突き刺した。


「何で、抵抗しなかった……」


明日香はカーミラに微笑むと、彼女に口づけをかわした。だが、それはただの口づけではない。


「これで、魔王の力の譲渡を済ませたわ。おめでとう、新魔王カーミラ・アインシュテルン。この世界は、あなたの好きなようになさい」


そう言って、明日香は床を血で汚しながら、倒れ伏した。そんな彼女の体を蹴り飛ばす者が一人。

側近のステファニーだ。


「何が、優しい世界よ!何が、特別は差別よ!人間の本質は悪なのよ!人に優しくなんて、下心でもなきゃするわけないでしょ!!優しい自分に酔いたいから!!その人と親しくしたいから優しくするんだ!!結局お前は逃げただけだ!!人間にとって、他人は利用するための踏み石に過ぎないんだよ!!」


ステファニーは明日香の亡骸を罵倒しながら蹴り続けていたが、全方位から衝撃を受けてひざから崩れ落ちた。

アイアンメイデン。対象となる相手の周囲を旋回しながら、モーニングスターで全身をタコ殴りにするカーミラの必殺技がさく裂したのだ。


「あんた、名前は?」


「ステファニー。ステファニー・ハセガワよ」


「そうかい。じゃあ……東雲明日香とステファニー・ハセガワ!あんたらは一からお勉強し直しな!!」


世界人類を仮死状態から解く反作用で、東雲明日香を復活させる。そして、人生をやり直してもらう。

世界はあんたらが思っているほど、悲しくなんかないってことを学びなさい!!






朝、目が覚めた希一は、自分の部屋の壁に掛けられた制服を見て唖然とした。この制服は高校時代の彼の制服である。カバンの中を探ると生徒手帳が入っており、そこに書かれている名前は『山本希一』。


「名前が変わったのは有難いが、また高校生をやれと?」


「兄貴!!私、人間に戻ったよ!!」


部屋に乱入してきた恵美の言葉を聞き、タンスの扉の裏についている鏡をのぞくと確かに元の人間の顔に戻っていた。顔を洗い、居間に着くとテレビでニュース番組が流れており、交通事故で死者が数名出たことを伝えている。理由こそ彼には分らないが、世界がほとんど元に戻ったことだけはそれで理解が出来るというもの。


「ほらほら、二人とも。ぼうっとテレビ見てないで、ご飯食べて学校行きなさい。遅刻するわよ」


「「はーい」」


山本兄弟は食事を済ませると、二人で肩を並べながら高校へと向かって行った。

年齢も10歳以上若返っていることに、苦笑しながら。

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