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第6話

【明日香視点】


「大義賊団?」


「はい。神獣人、つまり獣人の中でも魔素の影響を強く受けた者たちが世界中で迫害されておりまして、それらを守って自分たちの仲間にするという集団が現れたのです」


「ふうん」


面倒なことになったわね。この世に不幸が蔓延すれば、魔素は強くなる。そうでなければ、私の計画が遅延するだけだというのに。ステファニーからもらった資料によると、リーダーの名前は、カーミラ・アインシュテルンというらしい。ここは打って出るべきか。こういう団体は、結局魔王がいるのが悪いとこちらに矛先を向けかねない。それよりも、いっそのことエビルジュールに疫病を持たせて世界中にパンデミックさせて……いや、違う。大体、私の目的は全人類の平穏と幸福だったはず。苦しめてどうする。


「全人類の平穏と幸福とは、大仰じゃの。そんなことが可能なのかえ」


そう言って現れたのは、巫女服を着た幼子。私とステファニー以外で、獣人化していない者を久しぶりに見た。

それに、何で私の考えることが分かったんだろう。仮に口にしていたら、ステファニーが小言を言うでしょうに。


「わしは、神じゃからの。お主は、魔王になりたてのようじゃから、まだまだ力を制御しているとは言えぬ」


「魔王様!?あなたは、そんなことを考えていたんですか!!」


こんな風にね。もっとも答える義理はないけれど、こいつに聞きたいことがある。


「そんなことよりも、世界の傍観者であるべき神が一体何の用かしら」


「尖兵のつもりではあったが、お主の思考に興味がわいての。魔王よ、そなたの最終目的を述べよ。事と次第によっては、協力してやろう」


私の最終目標。それは、世界を優しくすることだ。戦争も、飢餓も、犯罪もない優しい世界に作り替えることだ。魔王としての超人的な力があればできるはず。


「世界を再構築するか。パンドラの箱から出た災厄を消し去り、イザナミの呪詛を払うと」


「そのためにも、全ての人類を永久の眠りに誘わなくてはならない。肉体の檻を解き放つことでしか、人類に平穏は訪れないのよ」


「良かろう。ならば、協力しよう。神魔が一体となり、人類に永遠の眠りと健やかな夢を授けることにしようぞ」


誰かが幸せで、誰かが不幸。そんな世界は間違っている。だから、魔王わたしが修正するの。ステファニーは、どう反応していいのか分からないのか頭を抱えている。


「全ての人間に、幸福が訪れる社会なんてないわ。誰かの幸福は、誰かの不幸なんだもの」


そうかもしれないわね。でも、せっかく手に入れた力なんだからやれるところまでやってみたいじゃない。


【明日香視点 了】


朝、目が覚めると不思議な感覚があった。猫人なのは変わらないし、恵美がウェアカピバラなのもそのままだ。だが、空気が妙に暖かい感じがする。


「お早う。恵美」


「お早う。お兄ちゃん、何のんびりしてるの?仕事に遅刻するよ」


恵美、俺はリストラされたんだが?それを聞くと恵美は「あ」と言う顔をしたが、でも俺は昨日も出版社で仕事をしていたという記憶があると彼女は言う。不思議なことに、俺にもその記憶があるんだよな。


朝の支度を済ませ、半信半疑のままかつて勤めていた樋本出版社に行くと俺のタイムカードが確かにあった。

山本希一やまもときいち。名前は違うが、これは俺のものだと分かる。俺が持っている名刺入れに書かれた自分の名前も、山本希一。まれもちなんて変な名前は消滅していた。でも何で俺は、まれもちと希一の両方を憶えているのだろう。同僚が挨拶するときは、山本か希一と呼んでくるのにだ。


「まれまれ。前の記憶、憶えてますか?」


隣の席に座る初音が、そう尋ねてきた。待て、そこは長谷川の席じゃ……。だが、彼女はもともとこの部署ではなく秘書課に所属していると言う。そう言われてみればそんな気もするな。何だ、この違和感は。




「世界は、再構築されました。これを見て下さい」


彼女がカバンから出したのは、プレート状のモバイル機器『いろはパッド』。

それでニュースサイトを見ると、どこの誰が結婚したとか女性芸能人の百合カップルがテレビ番組でいちゃついていたとか、そんな内容のものばかりしか見当たらない。


「気づきましたか?暗いニュースが、一件もないというとことを」


毎日、誰かが死んでいた。事件で、事故で、自殺で、病気で。なのに、そんなニュースは一件もない。交通事故もそれどころか、殺人事件もないのだ。彼女によると、この町どころかこの国には病院も葬儀場も宗教施設もないのだとか。それは、病気も死もないことを意味する。そんなことはありえないはずだ。自分たちのような不老不死でもない限り。


「一体何がどうなっているんだ」


分からない。魔王の力で全人類が不老不死になったというにしては、俺の名前が変わったことやいつの間にか復職していたことなど、分からないことだらけだ。俺は、夢を見ているのか?


「その判断は、正しいでしょうね」


そう言うと、初音はアイン・ソフ・オウルで剣を作り、通りすがりの女性の首をはねた。


「お……おい」


「あのう。何か?」


「な……」


首を切り落とされたはずの女性は、不思議そうに彼女にそう尋ねている。首も、何もなかったように元通りだ。


「いえ。ゴミがついていたので」


「それは、ご丁寧にどうも。私、リス人のバムア・クーファンと言います」


「ウサギ人の御厨初音です」


「……猫人の山本希一だ」


自分が、獣人であることを受け入れている。これは一体?


「人は殺しても死なない。病気や事故もない。車はブンブン走っても、事故は決して起きない」


視界の先に子供がボールを追いかけて車道に飛び出たのが映ったが、車はすんなり止まり、後続の車も安全に停止していた。


「明らかに、これは夢の世界。魔王によって、覚めない明晰夢を見させられているんですよ。私たちは」


世界は魔王によって、優しい夢の世界に再構築されたというのか。


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