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第1話

満月の夜、俺は廃ビルの上にいた。生きるのがばかばかしくなったのだ。

夢破れて彼女なし。歳三十にして職はない。この不況で俺は生きる場所を失った。


なら生きていても何の意味もないだろう。

遺書を置いてそれが飛ばないように靴で抑え、靴下を脱いで裸足で金網のフェンスを登る。

がしゃがしゃと音を立ててその上に上がると向こう側に降り立った。


「下らない。でも、まあまあ楽しい人生だった・・・かな?」


誰も巻き添えにならないことを祈りつつ「よしっ」と掛け声を上げるとそのまま身を闇の中に投げ出した。

目が覚めると髪をツインテールにした美少女がこちらを見ている。


「ここが、死後の世界か」


だが違和感がある。どう見ても見慣れた俺の家だ。

起き上がるとさっきの女がマンガを読んでいた。

そいつはマンガから顔を上げると呆然とした顔で口を開く。


「ここが、死後の世界か」


やめて。再現しないで。つーか誰だお前。


「私、御厨初音みくりやはつね。よろしくー」


「挨拶するなら君○届けを読むのやめろ!何者だよお前!」


女は再びマンガから顔を上げると何もなかったかのようにそれを読み続けた。

挨拶より君○届けをとりやがったよ、こいつ。

読み終わってから御厨とか言ったか、女はマンガを床に置くと言った。


「初めまして。あなたの命の恩人、御厨初音です」


何でも飛び降りた先に野良猫がおり、それがクッションになって即死しなかった俺の近くを彼女が通りかかり、たまたま実験で作った賢者の石を飲ませたのだと言う。


「結果は成功。これがその証拠」


なんでもこの漫画は俺の財布の金を失敬して買ったものらしい。盗るなよ。

……てちょっと待て。それはあり得ない。

俺の財布には39円しか入っていなかったはずだ。最後の晩餐ばんさんとしてアメリカンドッグと缶コーヒー一本ずつコンビニで買った時に確認している。39円かと心の中で愚痴ったことも覚えてるんだぞ。


だが御厨が投げ渡したのは確かに俺の財布。札を入れるところに万札がぎゅうぎゅうに入っており、軽く100万は入っているように見える。


「山本さんが免許持っててよかったですよ。お陰で家まで運べました」


そう。ここは俺の実家。免許を取った時に住んでいた家だ。一体どうなって。


「私とあなたは海の水と同量の黄金を所有しながら完全な体のまま永遠の時を生きるんです」


貧しくなることもない。病気になることもない。死ぬこともない。

それが賢者の石を魂に取り込んだ者の定めだと言う。

そんな定め承認してないよな?俺。


「一人じゃさびしいですから」


何その暴君発言。


「今度は私の番です。何で飛び降り自殺なんかしちゃったんですか?」


「あー」


俺は今まであったことを告げた。

30になった時リストラされたことや当時付き合ってた恋人、長谷川由香はせがわゆかに金のない男に価値はないと捨てられ、職を探しているうちに貯金が底を尽き、アパートの家賃も払えなくなって死ぬことを決めたことを。


「なあ。女が男とくっつくのは金目当てなのか?」


あの女が俺に吐き捨てた言葉は今も耳に残っている。

女にとって金がない男は鼻をかんだティッシュより価値がないと。


「そう言う人もいますしそうじゃない人もいます。人生いろいろ男もいろいろ女もいろいろです」


お前はどこの元総理だ。でも確かにそれはそうだよな。

男って一口に言ってもいろいろいるわけだし。


「でも今のあなたはその女の人がひれ伏す財力持ってますけどね」


「兄貴」


妹の恵美が入ってきた。ここ何年と話もしていなかったのにな。

もっとも恵美の目当ては御厨。ぐったりとしている俺をおぶってきたこの女に興味がわいているようだ。


「この人、兄貴の彼女?」


「違う」


「あえて言うなら相棒です」


そう言って御厨はにやりと笑った。

相棒ねえ。要領のつかめない俺だったが御厨の作戦を聞いたとき俺もこいつと同じ表情をしていたに違いない。


興信所に依頼して長谷川の身辺を調べさせた結果、カモの男をまた捕まえているようだとのこと。

さんざん貢がせるだけ貢がせておいて金がなくなったら見向きもせずに別の男のところに行く女だ。

罪悪感なんかとうにない。

待ち伏せすると知らない男と腕を組んで歩いていた長谷川バカがこちらを見て慌ててそっぽを向いた。


「誰あいつ?」


「誰でもないわ。知らない人よ」


男がこちらに気付いた所を見ると俺は知らず知らず睨んでいたようだ。

俺は男に歩み寄ると忠告してやることにした。


「先輩として言ってやる。その女は金がなくなったら別の男に鞍替えするぞ」


「何言ってるの!?あんたなんか知らないし!!」


ま。それならそれでいいけどな。正直もう関わり合いになりたくない女だし。

俺はふんと鼻を鳴らすとその場を去ろうとして男に殴られた。


「何勝手なこと言ってんのお前?お前は金がないと価値がない男ってだけだろ。一緒にすんなよ」


「この女のせいで貯金全部0になった時この女が何言ったか言ってやろうか。「金がない男なんて鼻をかんだティッシュより価値がない」だぜ。そこの女は男を財布としか思ってないんだよ。残念だったな」


「うるせえよ」


そう言って男はまた俺の顔を殴り飛ばした。


「確かにこいつは金がかかるけどよ。俺の女に文句つけるってことは俺に見る目がねえってことじゃん。何?俺にケンカ売ってんのお前?死ねよクズ」


そう言ってバランスを崩して倒れた俺の腹を男が何度も蹴っているが御厨の話通りだ。

痛みをまるで感じない。

すっくと立ち上がると俺は男の顔面に痛覚を走らせた。わざわざ拳で殴る必要はない。

俺はもう人間じゃないんだ。

俺がやったこと。それは男の脳に腹を殴られたと言う偽の情報を叩きこむことのみ。


「かはっ!?」


人間は殴られると神経から脳に情報を伝達して痛みを認識する。

ならば痛みを受けたと言う偽の情報を脳に叩きこんでやれば勝手に痛みを訴えてくれると言うわけだ。

試しに男の脳に全ての歯が末期の虫歯になったという偽の情報を与えてやると男は声にならない叫び声をあげながら地面をゴロゴロと転がりだした。


全ての歯の神経が腐った痛みなんて常人には想像を絶するものだろう。

今の俺は簡単に想定できるけどな。


「あ……あ……あ」


声がした方を見ると長谷川は地面に失禁していた。御厨がこいつに陣痛の幻覚を与えた結果だ。

しかもここは繁華街のストリート。人通りも多い。

大勢の目の前で奇声をあげながら地面を転がる男と失禁する女が出来上がりと言うわけだ。

俺たちは微笑みあうとその場を後にした。

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