第15話
昏倒した初音とアーサーを保健室に寝かせると、俺はアーサーの中に生まれつつある賢者の石を探すことにした。これ以上の厄介ごとは要らん。
「ねえ」
そのとき、桜井が俺に声をかけた。彼女の方を見ることなく「なんだ」と返事をすると、今日のニュースを見たかとのこと。一応見たが、何のことだ。
「F国で、300人の子供が行方不明らしいね。それも一晩で」
確かにそれは異常だが、英雄ならば可能なレベルだ。日本以外にも英雄がいると言うことだろう。
「さて、子供を大量に誘拐する英雄と言えば誰でしょう?」
そんな英雄に、心当たりはないな。
「では、歴史にその名を刻む子供を大量に誘拐したものと言えば?」
真っ先に思い浮かんだのは、一番考えたくない可能性である。
ジル・ド・モンモランシ=ラヴァル。ジル・ド・レの名で知られる百年戦争の英雄だ。
彼はジャンヌ・ダルクと共に救国の英雄と謳われるも、彼女の死後は錬金術に傾倒し数百から数千の子供を虐殺した男である。しかも罪のない子供達を殺害した本当の目的は、自身の性欲を満たすためと言うから救われない。それが、現代に復活した可能性があるというから頭も痛くなろうというもの。
「そうでないことを、祈るしかないな」
何しろ居場所が分からない以上、突きとめようがない。子供の大量誘拐に関しては、指を加えてみているしかないのが現状なのだ。F国で覚醒した英雄が、ジルドレをぶちのめしてくれるならそれに越したことはないのだが。
【アーサー視点】
目が覚めると、僕は保健室のベッドの中で横になっていた。あれはどうやら夢だったらしい。夢の中での僕は燃えるような目と赤髪を持つ赤髭の大男になっており、二頭のヤギに戦車をひかせていたのだ。
それだけならまだいい。でも、夢の中の僕はとても善人と言うには程遠い存在だった。城壁を修理してくれた巨人の報酬にとフレイヤと言う女性を捧げると言う約束に納得がいかずその巨人を殺してみたり、愛槌ミョルニルを別の巨人に盗まれ返還の条件としてフレイヤとの婚姻を出されると彼女に扮して奪い返して一族を皆殺しにしたり、娘がドワーフと結婚させられそうになると朝まで質問攻めにして相手を石にしてみたりと枚挙にいとまがない。それでは彼はフレイヤに恋心を抱いていたのかと言うと、シヴと言う妻の他にヤールンサクサという巨人族の愛人がいるときた。でも、あれはただの夢じゃないことは実感として僕の中にある。
「アーサー、起きた?」
そう言ってカーテンを開けて入ってきたのは、ぱっつん髪の少女。
確か、桜井愛子だっけ。
「僕は、トールに変性した」
北欧神話にて、あらゆる神の首領と謳われる雷神。今までの僕が知りもしなかった名前は、僕の魂に確りと刻まれているんだ。
【アーサー視点 了/??視点】
「……これじゃあ、オノレの生存は疑わしいぞ」
「分かってる」
私は涼介とのデート中、些細なことで口論となり何も考えずに走りだして彼はそれを追いかけてきた。
すると、何故か私達はF国にいて獅子人であるはずの涼介が人間の姿になっていたのだ。帰り方がさっぱり分からず、この国の通貨を持っていない私達は食べるものにも寝る場所にも困って途方にくれていたが、親切な人が仕事を世話してくれたのだ。そんな中、その人と奥さんは何者かに殺されて一人息子のオノレ君が行方不明になった。なので、恩返しの意味を込めて賢者の石を探知しながらここにたどり着いたというわけ。それなのに、この惨状は何なのだろう。城の至る場所に、人間としての原形をとどめていない骸が無造作に大量に打ち捨てられているのだ。これじゃあ、オノレ君が生きている可能性を持つことが出来ないじゃないか。
「十萌。このドアだ」
私もそう思う。私の中にある賢者の石は、共鳴の度合いを深めている。
ドアを県で切り捨てて、中の様子をうかがうと目だけが異常にぎらついた男と妙にセクシーな女がおり、彼らにはさまれる形でオノレ君が上半身だけで目を見開いていた。下半身には電極が通されて一部分を隆起させられている。
ジルド・レ。自らの性的興奮のために、大量の子供を虐殺した騎士。彼が名乗ったわけではないが、そうであることの予想は付く。
「イオラーオス!!」
涼介は室内に神聖波動を用いた炎を放ち、そこにあるすべてを焼き捨てるも男女は無傷で立っている。
やはりこの二人が英雄で合っているようだ。
「何者かね?私の娯楽を灰と化したのは?」
「……決まってるだろ。テメエをぶちのめす者だ!!」
涼介は完全に怒っている。無理もない。だって、私もだもの。
【十萌視点 了】




