第12話
「ふう……」
フィオナは何とか息を吹き返し、それにほっと一息ついたが初音の一言で胆が冷えた。
「まれまれ。賢者の石は、除きましたか?」
初音の手には、賢者の石が握られている。まさかと思い目を凝らすと確かにフィオナの体の中に賢者の石が粉末状に全身に行きわたっていた。彼女が言うには、この賢者の石こそが英雄症候群の根源なのだと言う。世界が変質した歪みにより人体で賢者の石が錬成され、英雄化するため神聖波動を流し込む前に取り除かないと実質手遅れになるらしい。そういうことは、いの一番に教えてほしかった。
いや、俺は何を考えている。これは、ちゃんと確認しなかった俺のミスだ。
「う……」
とにかく、もうこいつは人間には戻せない。くそっ、痛恨のミスだ。フィオナが息を吹き返し、こちらに目が合うと俺は彼女に頭を下げた。
「すまない。あんたを英雄から人間に戻せなくなった」
「そう。あなた、名前は?」
「山本希一だ」
俺がそう答えると、フィオナは俺の頬を両手で掴んでキスをした。これでおあいことのこと。どういう意味だ。そう問いかける前に強烈な睡魔が襲い、意識が一瞬暗くなったかと思うと俺はバラ園の中にいた。ああ、そうか。これは夢だ。
夢の中であてがあるわけがなく、適当に歩いていると足が何かを蹴り飛ばした。それは何かと思い下に目をやるとそこにいたのはワインの瓶を持った老人。下半身が馬であることから見ても養父のシレノスに違いはあるまい。俺は彼を10日間にわたって彼をもてなし、その礼にと彼は俺に何でも一つ君の願いを叶えようときた。とは言え、俺に欲しいものなどはない。飽きるほどの金銀財宝に囲まれ、美しいバラの園を保有にしている俺が欲しいものなど……いや、待て。
「俺が触れるもの全てを、黄金と化す力を授けたまえ」
次から次に黄金を手にすれば無尽蔵の黄金は無限のそれへと姿を変える。俺が生きている限りこの国は黄金の国であり続けるのだ。こんな素晴らしいことはあるまい。
「よかろう。これよりお前に触れる全てのものは黄金と化すであろう」
だが、それは大きな過ちだった。俺に触れるもの全て。それは食事も同じである。水もパンを全て黄金と化してしまうのだ。俺は黄金を憎み、この能力をなくしてもらえるよう神に祈ると、川で行水せよとのこと。それに従うことで力が川へと移ったものの、黄金への憎悪は俺を田舎へ向かわせた。田園の神を崇拝したは良かったが、それがもとで彼とアポロンの演技対決で一人、田園の神を推してしまう。それにより怒ったアポロンに耳をロバのそれにされたから一大事。頭飾りを幾重にも施し、それを隠すも国中にそれが広がったのだ。密告者は処せねばならぬ。相手は誰だ。床屋か。そう憤った俺はバラのとげで指をさしてしまった。
「だめだ。これでは、黄金の手と変わらんじゃないか」
俺はロバの耳を民衆の前にさらすと、この耳は皆の意見を聞くためにこうなっている。と宣言した。国民からの意見を聞き、国政に力を注ぐようになったとき俺の前に現れたアポロンは、よくぞ彼を赦したと俺に普通の耳を戻してくれた。おいおい。有難いが、最早国民の前に出るときはロバの耳がないと格好がつかんよ。おれは仕立て屋にロバの耳飾りをつくるよう指示することにした。
目が覚めるとそこは保健室。枕元には何故かヴィクトリアが座っている。
「か、カン違いしないでよ。私はあなたを見ててって頼まれただけなんだから」
フィオナ達は根本が撮った写真を処分するため、彼の家に詰めかけているんだとか。
じゃあ、明日にでも報告を待つことにしよう。
ベッドから出て帰ろうとすると、ヴィクトリアが「ねえ」と話しかけてきた。
「会長にキスされて気絶したみたいだけど、山本って会長のこと好きなの?」
「さあな」
説明が厄介だし、何より英雄が感染することをいたずらに伝えるのは悪手だ。ヴィクトリアには悪いが、ここはスルーさせてもらう。それより現状把握だ。俺は賢者の石を飲んでいる以上、英雄に感染することはまずない。だが、英雄が賢者の石を由来とするのならば俺は既に感染……いや、変性していたのだろう。だが、何の英雄化は確定してはいなかった。それが、フィオナとのキスが刺激となり俺の英雄覚醒に至ったというところか。
それは一向に構わんが、ミダース王かよ。どうせなら、もっと戦闘に明るい奴がよかったなあ。




