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シェイラの薬師日記

シェイラの薬師日記 その2

作者: 草薙 承

 薫風香る季節。


 今日も今日とて日は登る。

 天気は快晴、窓を開け心地良い風を家の中へと招いた後、朝の身支度を済ませた。


 作業の邪魔にならない様、長い栗毛をきゅっと一本にまとめ、エプロンドレスの袖をまくる。

 本日の仕事は家のあちらこちらに吊るしてある薬草の状態を確認する事だ。一束一束手に取りながら乾燥具合を確認し、状態の良い物から下ろしていく。腕と手をずっとあげながらの作業はかなりの重労働だ。首と腕がだるくなったところで一休み。

 「ふぅ~」とため息をつき、首の凝りを解す様に回した。お次はストレッチ……。


「シェイラちゃんいるかい?」

「えっ、はいっ」


 突然の来客に反射で答えてしまった。

 返事があれば当然、遠慮なく扉がドアが開かれる。


 来客である恰幅の良いおばちゃんがそこで見たもの。

 踏み台の上で腰を曲げ、両腕を背の方へと伸ばしている。言わばアヒルちゃんの真似っこポーズをする家主、シェイラだった。

 その姿を一言で表すなら間抜け。


「……取り込み中なら出直すよ」

「えっ、あ、いや、これは体を解そうと思って……」

「なんだ、私はまたトチ狂ったかと思ったよ」

「トチ狂うって……」


 苦笑いながら踏み台から降り、おばちゃんへと向き直る。

 この前渡した薬はまだあるはず、不思議そうに首を傾げながら問う。


「ネロリさん、今日はどうしました?まだ便秘の薬は残ってますよね?」

「違う違う、おかげ様で今日も快調さ!今日はこの娘達の付き添いできたんだ」


 よく見るとおばちゃんの後ろに二人ほどいた。

 まだ若そうな娘さん二人で、ネロリさんの気迫に押されどうして良いか解らずに固まっている。


(み、見えなかった……)


「二人ともなんで外にいるのさ、中にお入りよ」

「ネロリさん、お茶入れるので中にどうぞ。お二人も遠慮なく」


 「入れなかったんです」という顔の二人を、「入れなかったのね」という顔で迎えた。

 おずおずと家の中を見回す姿は、ここに来るのが初めてな人特有の動きだ。だとすれば彼女達の事が多少わかる。

 淹れたハーブティーを彼女達に出し、一口飲んでから口を開いた。


「確かお二人は隣村からこの春に村にこられた方達ですね」

「はい、鍛冶屋のマグの家内でノリアと言います。7歳の一人息子のレンがいます」

「私はライ。雑貨屋のオーツに嫁いできたの」

「改めて初めまして。私は薬師のシェイラと言います。何か困った事があればいつでもいらしてくださいね」


簡単な自己紹介も終わり、皆淹れたてのハーブティーを堪能した。

穏やかな沈黙。これも女子の成せる業。

そんな空気をぶち壊すのは、女子からかなりはずれた年長者の役目と言わんばかりにネロリさんが口を開いた。


「それでね、シェイラちゃん。そろそろアレをやろうと思うんだよ」

「……アレ、ですか」


 ネロリさんとにんまりと笑顔を交わす。

 ノリアさんもライさんも不思議そうにこちらをみている。

 二人とも外から嫁いで来たばかりで、まだアレがなんなのか知らないのだろう。そんな二人を他所にとんとん拍子に話は進んでいく。


「明後日までには準備しておきますので……決行は次の水の日で宜しいですか?」

「ああ、かまわないよ。他の皆にも伝えておくよ」

「よろしくお願いします」


 新妻さん達はすっかり蚊帳の外。

 くすすと笑い合う二人にシェイラは視線を向けた。


「ノリアさん、ライさん。折角ですのでお手伝い下さいますか?」

「えっ?……ええ、はい。もちろんです」

「OKよ。この村のアレが一体なんなのか、知りたいもの」


 そうと決まればと立ち上がるネロリさん。


「じゃ、私は一足先に帰っているよ。二人を頼んだよ」


 村へ戻るネロリさんを見送ってから、お決まりのエプロンドレスの裾を捲る。

 用意する薬草は揃っている。手際良く数種類の薬草をテーブルの上に並べた。


「それじゃ、始めましょう」


 それから三人は思い思いの話をしながら手を休める事はなく、時には一緒に笑い、時にはその怒りを共有した。年頃の女の子が三人揃えば『姦しい』と書くのはよく言ったものだ。

 粉にした薬草を水に溶かし、漉し、蒸留し終える頃には日が傾き始めていた。


「お二人共、お手伝いありがとうございました」

「お役に立てたなら幸いです」

「こちらこそ、楽しかったわぁ……でもまだ完成してないんじゃない?」

「この薬はこのまま使うとまだ強すぎるので、これから加水して少し寝かせます。約束の明後日には丁度良い頃合だと思います」

「ふ~ん……使い方は明後日にならないと教えてくれないのね」


 上目遣いに笑いながらライさんが問う。

 ここまできたら黙っておきたいのが、人の悪戯心と言うものだ。


「明後日には解りますよ。またお会いしましょう」

「楽しみにしてるわ。またね」

「それではまた参ります」


 黄昏に消えていく二人の背中を見えなくなるまで見送った。

 こんな人里離れた所に住んでいると、なかなかこういう機会もないので思いの外、楽しんだ。

 楽しんだ後には夜の帳と共に降りる静寂。

 今日はほんの少しだけ寂しいと感じた。




*




 あれから明々後日、つまりは3日後。

 昨日出来上がった薬は、夕方に取りにきたネロリさんに渡している。二人とも昨晩に使い方を聞いているはず。


 今日は心地良い昼下がり。うまくいけばそろそろアレの効果が出ている頃だ。ともすれば1刻もしない内に小屋は慌しくなる。

 午前中からその準備は終わっている。

 後は待つだけ、優雅にのんびりとお茶を口に運ぶ。

 暫くするとお茶の香りと一緒に遠く離れた声を風の精霊が届けてくれた。



「……ラ姉ちゃ~ん!シェーラ姉ちゃん」

「きたわね、ありがとう」


 遠くから聞こえてくる声に扉を開けた。

 子供達が数人、こちらに走ってくるのが見える。両腕を抱え込んでる子がいれば、首を掻きながら走ってくる子もいる。


「どうしたの?」


 皆、息を切らしながら半泣きになっている。

 腕や足等を出しながら必死に訴える。


「俺たち、遊んでたら急に……こんなになっちまったんだ」

「……これはっ!?」


 どの子も赤くブツブツと手や足が腫れあがっている。どうにかしたくて必死に掻いてい手を掴んで止めた。


「掻いちゃだめよっ」

「かゆいよっ!シェイラ姉ちゃん、なんとかしてくれよっ」

「どこで遊んでたの?」

「それは……」

「これは薬では治らないわ」


 皆一勢にこちらに視線を向けた。信じられないといった驚きの顔だ。思わず笑いそうになる自分を必死に堪え、深い深呼吸で感情を整えた。


「皆、神殿の側で遊んでいたわね?」

「うっ……そんな事……ないよな?!レン!?」

「う、うん……」


 ごにょごにょと言葉小さく誤魔化そうとする子供達。

 ここで一気に畳み込まねばならない。


「これは神殿の精霊達の怒りよ」

「ええぇっ!?」

「普段、神殿の側が立ち入り禁止なのは、精霊達が穏やかに過ごせるようとしたものなの。なのに、側で遊んで神殿の静寂を破ってしまったのね。それに怒った精霊達が……」


 途端、真っ青になる子供達。

 どこで遊んでいたか、すっかり白状したようなものだ。


「どうしよう、シェイラ姉ちゃん。一生このままなの?」


目に涙を浮かべ縋り付くような表情で問われる。泣いてる子もいる。

ちょっとやりすぎた感はあるが、仕方がない。

小屋の脇に流れている小川に子供達を誘導した。


「もう神殿の側では遊びません。ごめんなさいって思いながら洗ってご覧なさい。許してもらえるなら、きっと落ち着くはずだから」

「もし、治らなかったら……」

「大丈夫。心からの言葉に、精霊達はきっと応えてくれるわ」


 にっこりと微笑み、子供達を安心させる。

 おっかなびっくりしながら、小川へ腫れあがった幹部を浸しながら、口々に謝罪の言葉を紡いだ。

 すると、あっという間にブツブツが消え、赤身がひいていく。


「治るっ!」

「治った!」

「もうじまぜん」

「良かったわね」


 反省やら歓喜の声をあげつつ、子供達が跳ね上がった。

 症状の落ち着いた子から、一人一人に軟膏を塗っていく。これで明日にはすっかり跡形もなくなっているだろう。


「これに懲りたら、もう神殿の側では遊ばないのよ?」

「「「「うん」」」」


 必死に頷き、はもる返事が可愛らしい。

 お土産にハーブの焼き菓子を持たせ村へと帰した。




 完全に子供達の姿が見えなくなってから小屋へと声をかけた。


「お二人共もう出てきて大丈夫ですよ」


 ギィィィと木鳴りの音がして、ライさんとノリアさんが出てくる。

 二人ともびっくりしたような、感心したような表情だ。


「いかがでした?」

「まさか、ああなるとは驚きだわ」

「本当に驚きました」

「最初は皆さん、そうなんですよね」


 二人にも手伝って貰い嵐の後の片づけを始めた。

 軟膏の入った皿を洗いながら、ライさんが聞いてきた。


「アレは結局なんなの?」

「アレは神殿の周りに生える、プティの花の花粉に反応する薬です。あれを塗ったところに、花粉が反応するとあのようにかぶれるんです」

「へぇ~」

「塗った薬品が反応する訳ですから、洗い流してしまえば症状も治まる訳で……」


「良く出来ていますね。神殿に近づけば精霊達の怒りを買うと思い込ませれば、もうあそこへは近寄ろうとは思いませんものね。いくら言っても聞いてくれなくて困ってましたの」


 ノリアさんが感心しながら洗いあがった皿を丁寧に拭く。

 彼女は昨晩、寝ている一人息子のレンにアノ薬を塗っている。計画通りにあの中にレンの姿があった。


「神殿は何が起こるかわかりませんからね。できるなら必要時以外は近づかない方が良いんです。でも子供って……ね?」


 3人が3人とも似たような経験があるのだろう。苦笑しながら頷いた。

 子供は言っても解らない。解らないなら苦い経験をさせてしまえ。と数年前から不定期に行われてきたイベントである。


 この後は、また3人で焼き菓子を食べながら、お茶を飲んで楽しいおしゃべりが待っている。

 こうして村のイベントが一つ幕を下ろした。

 

 子供達がこの話を忘れた頃。

 きっとライさんに子供ができ、ノリアさんの二人目ができ、そういう年頃にになった時、またこのイベントは起されるのだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 村のお母さんたちの日常が目に浮かびます。 家事に手間がかかる母親は、言う事を聞かないやんちゃな子供には苦労させられるんだろうなあw >「入れなかったんです」という顔の二人を、「入れなか…
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