78 最後の伝説の娘
召喚陣の真ん中に座り込んでいる娘に近づいて、国王も膝をついた。
金色の髪の毛と青い瞳は、やっぱり美しい色を放っている。
「久しいな。息災だったか?」
顎を持ち上げられそうになって、その手を払う。
「どういうつもりですか」
「言っただろう、伴侶を召喚したと。この髪の毛の長さなら問題もない。国内にも自称黒髪は随分増えたが、そなたの黒は格別だな」
髪の毛をすくい取り、国王は満足そうだ。
王弟も近寄って立ち止まる。
「神殿の耳飾はそのままですか。外せなかったのですか?」
こちらへの未練を見透かされたように感じ、娘は耳を手で覆う。
にらみつけても国王も王弟も動じない。きゅっと唇を噛んで、立ち上がり歩み始めた娘はバッグから何かを取り出して作動させる。
聞こえたものに顔色を変えたのは王弟で、慌てて駆け寄ってそれを取り上げた。その際に肘が腹部に入り顔をしかめる。それに構わずに闇雲に色々なところを押しているうちに、その音は途絶えた。
取り戻そうとする娘を抑えていた国王が安堵の息をつく。
「帰還の呪か。……まったくそなたはこちらの想像の上をいく」
握られた手首を引き剥がして娘はじりじりと後ずさって、帰還の陣の中央に立つ。
「どんなつもりで召喚したか知りませんが、伝説の娘なんて二度とごめんです。私は帰ります」
オーディオプレーヤーに入れていたものを再生させる。帰還の陣が白く輝きだして国王と王弟は中に入れずに、沸き起こった風に髪や衣装を煽られている。ここから逃げ出すことだけを考えていた娘の耳に、焦った国王の声が届いた。
「待て、そなたを召喚したのは余でも弟でもない。それを確かめよ」
「いい加減なことばっかり。陛下じゃないなら誰が私を召喚するんですか」
いよいよ光が強くなってくる。あともう少ししたら、と過去の記憶をたどる娘に王弟も大声で呼びかける。
「陛下のおっしゃる通りです。確認してください。その上で帰還するなら神官長に送らせます」
兄弟そろってだまし討ちかと、うろんな目を向けた先には奇妙なものがあった。白い布をかぶせた小山のようなものだ。国王と王弟の必死な表情も何か引っかかる。娘は停止の操作をした。
光も風も収まってようやく、静かな空間が戻った。
「陛下、戯れが過ぎましょう」
「しかし、まさか帰還の呪を複数記録しているとは思わないではないか」
「この人に関しては備えは何重にしても足りないのは、身に染みているでしょう?」
「お前だって楽しんでいたではないか」
目の前で兄弟がやりあう姿を見ながら、何かあればすぐに起動できるように再生のところに指を置いたまま成り行きを見守る。
「――誰が私を召喚したと言うんです」
「だから、国王だ」
目の前の国王でないなら一体誰だと、詰問しようとした目の端で白い小山が揺れる。神官長と、召喚陣の中心とちょうど正三角形になる位置の動く、小山。
そちらに目を向けた娘に近寄り、国王と王弟も小山を見つめる。
小山の背後から副団長がよってきて布を外した。そこには椅子に座った、いや縛り付けられた団長がいた。ご丁寧にも口にも布が当てられて声を封じられている。その頭にはかしいだ何かが載っていた。
口に手を当てて息をのんだ娘が、誰ともなく尋ねる。
「あれは――何を――」
副団長は無言で団長の縛めを外した。その途端、頭に載せてあったものを両手で掴んで団長が立ち上がった。
「陛下、閣下も。なんということをなさるんですか。こんな、こんな……」
視線が合って団長はその後を続けられずに黙り込んだ。
沈黙を破ったのは、どこか面白そうな響きを含んだ国王だった。
「王冠が気に入らぬか。では退冠するか?」
「当たり前でしょう。そもそも私がこれを戴くことなどできるはずもなく」
「だが、そなたは国王でそして伴侶を召喚したのだぞ」
「だから、それは欺瞞の上の間違いです」
団長が国王、そして伴侶を召喚? 訳の分からない単語が飛び交うなか、事態を理解しているらしい国王と王弟に目をやる。二人して悪戯が成功した子供のような、思い通りに事を成した大人のようなそんな表情をしていた。
「へいか。説明をして下さい」
見上げて青の瞳と視線が交わる。少し目を細め、それから国王が話し始めた。
「そなたがいなくなった後、東の国と交戦状態になってな。団長や軍でこれを破ったのだ。それが論功行賞の段になって、これで役目は終わったからと役職や爵位を返上して死を望んだ」
思わず団長を見ると、苦々しい顔つきになっている。
神官長がそっと王冠を受け取って、布で包んで副団長に持たせていた。
「戦の功労者に死とは士気にも関わるし、死なせるような罪状もない。第一団長を死なせてみろ、反感を買って得策ではない。
だから死罪にするに十分な罪を犯してもらおうと、経緯は省くが仮の国王として戴冠させたのだ」
話の飛躍にいまひとつ理解が追いつかない。死刑にするために国王にした?
「王位の簒奪ですから、問答無用で一族郎党根絶やしです。まあこちらとしては団長一人の首で済ませようと思ったのですが。一人きりでは味気ないだろう、伴侶も伴ってやろうという話になりまして」
後を引き取った王弟が涼しげな顔で言いつのる。
「それで『国王の伴侶となるべき伝説の娘』を召喚し、あなたがのこのこと召喚されてきたという次第です」
「そなたの相手は余ではなく、仮の簒奪王というわけだ」
ふざけたことを、と怒ろうとした娘の前に大きなものが割って入った。国王と王弟からさえぎるように、娘を背に対峙したのは全身から怒りの気配を漂わせる団長だった。
「死を望んだのは私一人です。こともあろうに彼女を巻き込むとは、どういうおつもりですか」
「ただの余興だ」
怒りの気配を感じながらも悪びれることなく言い切った国王は、余裕すら垣間見える様子で反論する。
「これでそなたは望みどおりに死ぬことができる。今ここで命令してもよい、『これの首を刎ねよ』と。ただ、このまま一人で死ねるか?
伴侶をここに召喚したのはそなただ。道連れとして処刑してもよいし、そなただけを処刑した後にどうしようとこちらの勝手だぞ」
「陛下」
ぎり、と歯を噛み締める音が聞こえた。す、と団長の左腕が背後に回され、それに腕をつかまれて背中に引き寄せられた。
体温と鼓動。久しぶりに直に感じるそれに、そんな場合ではないのに鼓動が跳ねるのが愚かしい。生きている姿が見られた、元気そうだ。事態はとんでもないのにそれを良かったと思ってしまっている。
従姉妹の言葉がよみがえる。
『ねえ、もう一度その変なところにいけたらどうする? その大型犬に会えたらどうしたい?』
不本意だが、ものすごく不本意だがその両方のもしもが実現した。
でも死を望むだなんて。
「生きてくださいって言ったのに。生きてさえいればなんとでもなるのに」
それが悔しくて情けなくてきゅっと服を握り締め、背中で囁いたのを団長のみならず国王も聞き取った。
「なに、この場合など裏ははっきりしている。『そなたのいない世界など生きる甲斐もない』そんなところだろう」
「陛下っ」
怒鳴った団長の顔は見えないが、首筋と耳が真っ赤になっている。
くすくすと笑うのは国王のみならず、王弟や副団長もらしい。怒りのあまりか恥ずかしさのあまりか、団長が震えている。
「なあ、大事な存在を残して一人で死ねるか?」
「お前まで、何を便乗しているんだ。第一俺をだましてここまで連れて来やがって」
副団長の声に団長の肩が強張る。大きな背中が壁のようになって、相対している彼らの顔が見られない。
それでも声は団長を説得しようとする真剣なものも含まれているように思えて、はらはらしながら背後で聞いている。
「そこは正規の護衛任務だろう。でも良かったじゃないか。死ぬにしてもその前に本人に会えたんだから」
「――では思いのこすことはない、ということでよいか?」
国王の最終宣告が聞こえた。
このままでは死刑になってしまうのだろうか?
「そなた、死ぬか。生きるか」
「私は……」
声が震えている。こぶしが固く握られているのが見える。
死を願うのも考えた末のことかもしれない。それを、土壇場で自分が現れたことで状況が変わってしまっている。
「本当に死にたいの?」
そっと聞いてみる。これが是なら、そして否なら……。
「もう騎士ではない。ただの不忠者だ」
「生きるのを諦める?」
「ならそなたが死んだ後、余の側に置こう。大体そなたから騎士を引いて何が残る。そなたはこれまでも、これからも騎士であろう」
国王の言葉の意味が捉えられない。死ぬ話をしているのになぜこれからも騎士なんて言うのだろう。
うつむけていた顔を上向かせて、団長が国王に向かい合った気配がした。
「陛下」
「今回のことでよく分かった。そなたの相手としてやってくるくらい、絆が深いと見える。よもやこれを遺して死のうなどとは考えぬだろう?
褒美として伴侶をくれてやる。王位簒奪の罪も不問に付してやるから、余に誠心誠意仕えることで応えよ」
「陛下」
同じ呼びかけなのに、言い方が全然違う。後の呼びかけは興奮を抑えようとしている。
「まだぐだぐだ言うようなら、これを侯爵の養女に据えるぞ。そなた達は兄妹になるがそれでもいいか」
「陛下っ、それはあまりな」
「うるさい。さっさと生きて幸せになる道をとれ。今日の王位の変更については他言無用だ。あとはゆっくり二人で話し合え」
付き合いきれぬ、と国王は身を翻した。
それでも目が合った時、優しげに頷かれて娘は戸惑う。
王弟が近づいてきた。
「誰がこんなことを考えたんですか?」
「勿論陛下です。私なら、危険因子をわざわざ呼ぼうとは思いません。ですが、あなたがやってきたので陛下の読みが正しいことの証明にもなりました。
ああ、今後もしっかり働いてもらいます。あなた方はわが王家や国に大きな借りを作ったんですから」
王弟は一息に言い置くと副団長を伴って国王の後を追った。
その副団長はこちらに合図をよこすと、団長の肩を叩いて召喚の間を後にした。
次の間に待機させていた護衛を従えて、国王達は王城に戻る。
「どうなると思う?」
国王が問いかける。
「賭けにもなりません。あの人は残るのではないですか?」
「同感です。帰るのには『国王』の立ち会いが必要でしょう? あいつがまた王冠をかぶるとは思えません」
「ふむ、では公爵夫人に託すことになるか」
「夫人は娘を欲しがっていましたから、喜ぶことでしょう」
「しっかり者の伴侶がいれば、もう世迷言もないだろう。それ以外では団長の忠義に問題はないしな」
勝手に今後の段取りを立てながら所詮は他人の恋路だ、底に明るいものが漂っている。
「しかし、陛下。なぜわざわざこんな手を使ってまで、あの人を召喚したのですか?」
「生きながら死んだような人間二人を生者に戻したのだ。善行を施したと思ってもらわねば。今回はこちらに呼ぶ人間が複数いたから、特定の人物を呼び寄せることができたのだろうな」
話をそらそうとする国王に、王弟が眉を上げる。
せっかく帰還させたことで思い切ったように見える相手を、わざわざ他人の相手として召喚したことへの疑問だと言うのに。
隣から漂う雰囲気に肩をすくめて、国王は心情を吐露する。
「あれは、国や余にとっての試金石のようなものではなかったかと思っているのだ。本人は変わらない決して余のものにならぬ姿勢を貫いて、結果的に余や周囲、制度のありようを変えてしまった。そのために遣わされたのではないかと。
なら同じ世界におくことで、日々己を律することができるのではないかと思ってな」
「それは本心ですか?」
失礼な質問にも怒ることなく、国王は傍らの王弟を眺める。
自分を思うあまりに暴走するきらいのある弟には、理解しがたい思考かもしれない。
まあ、自分でも多分に負け惜しみのきらいはないではない。
「それより団長の相手が定まったなら、あちらに流れていた令嬢達がまたこちらに戻ってくる。
心してかからないと、そなた達も餌食になりかねないぞ」
矛先が向けられて王弟も副団長も、顔を見合わせてうんざりというかげんなりという顔になった。
地位と名誉を狙う令嬢達、姫君たちにとっての美味しい餌という状態はごめんこうむりたいと心底から願う。
「後の障害は侯爵だけですかね」
「あれの説得は大変そうだな」
「案外、侯爵が首を飛ばしてくれるかもしれませんよ」
「……無いと言えぬのが空恐ろしいな」
好き勝手に言い合いながら王城へと戻る。春の祭典の中日は、賑やかな空気を漂わせていた。
神官長もいなくなり、広い室内に二人きりになる。
「元気だったか?」
「……はい」
気詰まりな空気の中で、それでも互いに離れていた二年半の確認を取る。
「ご両親の見送りはできたのだな? 良かったな」
「はい」
胸が一杯で簡単な返事しかできなくなったところで、ためらいがちに尋ねられる。
「召喚だが、やってくる際にはあちらへの絶望が鍵と聞いている。今回はどんな辛いことがあったのだ?」
召喚された時のことを思い出す。従姉妹と話をしていてこっちと団長の話になって、もう会えないんだと……。今度は娘の方が赤くなる番だった。
団長の顔がまともに見られずにうつむくと、肩をつかまれた。
「そんなに辛いことだったのか? こちらにいる方が安全なら、しばらく過ごした後に戻れるように頼んでみる」
勘違いしたその言い方に、ぶんぶんと首を振り違うと伝えようと顔を上げた。まっすぐに覗き込んでくる強い視線に射すくめられ、喉奥がひりついたように乾く。
何度も唾を飲み込み、どうにか口を開く。
「従姉妹とこちらの話をしていて。あの、会えないんだ、会うことはないんだって落ち込んだその時に召喚されて……」
語尾が消え入る。沈黙が続いて肩に置かれている手に力が入った。
次にはぐいと引き寄せられる。バランスを崩した体は、こけることなく抱きとめられた。
「それは反則だ」
腕の中に囲われて胸に頭が押し付けられる。胸から直接響く声は少し掠れて、辛そうで。
「そんなことを言われたら手放せなくなる。この浅ましい身で共にある未来を望んでしまう」
「私がいたら、もう死を望まない?」
「生きて、陛下と王家のために、そしてあなたのために尽くす日々になるだろう」
すっぽりと抱きしめられて湧き上がる安堵と歓喜に、出会ってからの年月が溶けていく気がした。
本来なら手を取るはずではなかった相手。自分の一番弱った心と体を包み込んでくれた。手を離して、離されて納得したはずなのに、なにかの拍子にそれはじくじくと胸を刺した。
国王達があんな計画を立てなかったら、再会することはかなわなかった相手。顔を見て無事を確認したらそれでよかったはずなのに、すぐにそれ以上の欲を抱いてしまう。
この温もりを手放さない選択が赦されるんだろうか。
夢じゃないのを確かめるために、団長の背中に手を回す。
雷雨の時に感じたのと同じように、早い鼓動が伝わってくる。
きっと自分も同じくらいに早い鼓動に違いない。
国王にはなびかなかった自分が――。
「ここで、こちらの世界で、生きたい」
抱きしめる腕に力がこめられ、頭上で溜息のような温もりが降ってくる。
何かを呟いたように思えて聞き返そうと上げた顔は、顎を固定され声を発することができなかった。
今朝の投稿で完結です。
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予定としては別枠での番外などをと思っています。
途中あらすじやタグの変更をして、ご不快な念を抱かせたことを謝罪します。




