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08  敬意だと?

「お前、あの日は何故泣いていたのだ?」

「――親が亡くなって葬儀を終えたところだったんです」


 娘は静かに答えた。ふいに娘の灰色の服が、国王には喪に服しているように見えた。


 娘は述懐する。

 突然のことで呆然として涙も出ないのに、喪主だ葬儀だとめまぐるしく対処してやっと自宅に戻った後だった。親戚も引き上げて家が静かなことに、静かすぎることに気付いた途端、涙が止まらなくなった。

 いつも温かい雰囲気の家がひどく寒々しくそれがたまらなかった。

 ソファに座り込んで泣きつかれてうとうとして、そして無理やり召喚された。

 持ってきたのは着ていた衣類とポケットに入っていた携帯だけ。

 やるべきことが山積みだったのに、勝手に連れて来られて。娘は唇を噛み締める。


「他に家族は?」

「いません。後処理も沢山あるんです。帰れるあてはあるんでしょうか?」

「――記録にはないな。神官が今、陣の構成式を必死に組み上げようとしている」


 再召喚とともに、娘にとっては帰還、国王にとっては返還の調査も平行して行わせてはいる。

 全く乗り気はしないが、一応調査させるのも無駄ではないと思っている。

 

「そうですか。――お茶、ご馳走様でした。もう戻ります」


 席を立った娘は服をつまんでお辞儀をする。

 次にはもう、目は伏せられてよそいきの顔になっている。

 そのまま行かせたくなくて、国王は無意識に部屋を出ようとした娘の手首をつかんだ。


「どうせ働くなら、余の侍女にならないか」


 普通、側には男性の侍従がつくが、それはどうとでもなる、国王の私室には側仕え用の部屋も、それ以外の余った部屋もある。側に置いて顔を合わせれば、状況が打開できるかもしれない。

 娘の目は幾分か細められた。国王の顔を見たくないと下働きを選択したのだ。国王付きの侍女など冗談じゃない。

 どんな拷問なんだ。

 娘はつかまれた手首を無表情に引き剥がすと、国王をまっすぐに見つめた。


「お断りします。食堂の仕事はやり始めたばかりで、すぐに投げ出したら無責任です。

 それに、どうすればあなたの顔を見なくて済むかと以前申したはずです。あと、今後はこのようなお誘いは恐れ多いので、謹んでご辞退申し上げます」


 今後は呼び出すなとあからさまに匂わせて、では失礼しますと娘は自ら扉を開けて部屋を出て行った。

 国王は呆然としていたが、我に返って団長に娘の部屋までついていく様に命令した。

 団長がすばやく部屋を出ると、椅子に座り冷めたお茶を口に運ぶ。お代わりをと近づいた侍従は、国王の雰囲気が微妙に変わったのに気付いた。


「あれは侮れんな」


 相手を見下して服従させようとしていたのから、少なくともその存在を認識して一定の敬意を抱き、その上で関わろうとするそんな姿勢だった。

 



 団長は廊下を足早に歩いていく娘の後姿を認めて、追いかける。背後の物音に娘の足が止まり振り向いたところで手をあげた。

 娘は団長が近づくのをその場で待っていた。何か? と言いたげに小首をかしげて団長を見上げている。


「部屋まで送ろう。まだ王城内では迷うだろう」


 娘は素直にそれを受け入れて、先を歩く団長の少し後ろを付いてくる。最初は大股で歩いていた団長は、ふと歩調が速すぎるのに気付いて娘が追いつくのを待ち、それからは少しゆっくりと歩いた。

 国王の私室のある棟からかなり歩いて使用人の棟に入り、階段を上がって娘の部屋に到着した。この部屋も警備がしやすいようにと団長が差配した部屋だ。警備の控え室などあるはずがないので、向かいや近くの部屋を開けて交代で詰めるようにしている。


「ありがとうございました」

「話がある」


 部屋の前で礼を言う娘をさえぎり、団長は話しかけた。娘が扉を開けようとしたのを制して、団長が扉を開け中の様子を確認する。

 箪笥もあけて誰もいないことを確認してから、背中にかばうようにしていた娘を椅子に座らせた。男女が密室という状況を避けるため扉をあけて、外には漏れないような音量で娘に話をする。人目がない時、団長は娘に対して敬語になる。


「はっきり申し上げて、あなたの言動は不敬にあたります。陛下は断罪するおつもりはないようですが、陛下の側近以外の者に知られるとあなたが処罰されかねません。

 お気持ちは分かりますが自重していただきたい」

 

 娘は膝の上で手を組んでいる。顔を上げて団長を視線を合わせた。黒い瞳が、おそらくは怒りのためにきらめいているように思える。

 不謹慎ながらそれに見とれつつ、団長は娘の言葉を待った。


「気持ち? 私の気持ち? 分かるはずがないです。勝手なことを言わないで下さい。不敬ですか。あなた方には不敬かもしれませんが、私はそもそも敬うような立場も心境も持ち合わせていません。第一、殺そうとした人を敬えますか?

 私はこの世界の人間じゃないんです。私からはこの国は、国王は人を無理やり攫う犯罪者に等しいんです」


 痛いところをつかれて、そして娘の迫力に気おされて団長は押し黙る。

 自分と比べては小柄で華奢な体に、なんという強い精神を持っているのだろう。

 あの国王に尊敬できるような言動があったか? 娘の目は挑戦的に団長にそう問いかけている。

 組んだ手には力が入っていて、娘が感情を抑えているのは理解した。


「お気持ち云々は軽率だった。申し訳ない。ただ、あなたが陛下の庇護の下にあるのも事実です。人前での陛下への態度にだけは気をつけてもらえればよいかと。

 それがあなたを守ることにつながりますから」

「はい、嫌ですが努力します」

「ではいつまでも居座ってはいられないのでこれで失礼いたします。明日もよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします。お疲れ様でした。――お休みなさい」


 扉を閉めるために廊下に出ていた団長は、お休みと返した声が上ずっていないか気がかりだった。


 静かに扉を閉めて廊下の両脇に目を走らせ、少し開いた扉から娘の部屋を窺う部下達に頷く。

 簡素なつくりの棟は廊下も薄暗い。

 一人国王の下に戻りながら、この薄闇で部下に気付かれぬうちに、また国王の私室までの距離で頬の熱が醒めるようにと願った。



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