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65  さもなくば

 目隠しをされて頭からシーツのようなものをかぶせられたかと思うと、ふわりと抱き上げられた。寝室の中を移動して扉を開ける音がする。

 王弟が何かごそごそとしているように思えた後で、身をかがめる気配がした。

 横抱きにされている足先が壁にぶつかる。それに気付いたのか、王弟が抱いている腕の幅を狭くした。

 隣の部屋や廊下に出た気配ではないので、何か特別なところを通っているんだろうか。

 抱かれて運ばれながら、そんなことを考える。

 体は痺れ薬とやらで動かない。目は塞がれている。だから、音と空気の流れを必死に追った。

 王弟は終始無言で、それがじわじわとした怖さをあおっている。わざわざ動けなくした上で、よそに運ぶ。その意味は何だろう。

 手首にはストラップを通してあり携帯は体の上に乗っている。短剣の方は王弟がどこかにしまっているようだ。

 心もとない保険だけど、ないよりはましだろう。


「どこに、向かっているんですか」


 しゃべりにくいのを自覚しながら王弟に尋ねると、短くそっけない返答があった。


「行けば分かります」


 その口調は平坦で、何かを越えてしまったときのような感情をそぎ落とした印象がある。

 どのみち、ろくな場所ではなさそうだ。溜息がこぼれる。

 そのうちに通路から外に出たのを、風の感触で知る。

 王弟は迷いなく、歩いていく。おそらく自分にとっての破滅の場所へ。





「陛下、陛下、お目覚めを。緊急事態です」


 国王の寝室では必死に呼びかける声が響いている。気付け薬を飲ませ、水もできるだけ与えて眠り薬の効力を弱めようとする努力がされていた。

 侍医の手際がいいのか、薬の量が少なかったのか、耐性があったのか。しばらくして国王は目を開けた。


「陛下」

 

 周囲が安堵している中、国王は左右を見て困惑しているようだった。

 手を借りて体を起こし、背中に枕をあてがわれる。


「これは、どうしたことだ。余は……」

「どうやら眠り薬をのんでお休みになられたようです」


 侍医の言葉に、眠るまでを思い出そうとしているようだ。


「弟が疲れているだろうからと酒をすすめてくれたが」


 その王弟は自室にいない。側近に聞くと人と会う約束があるとかで出かけたとのことだった。

 今はそのことについてはよい。寝室まで押しかけて無理に起こした本来の目的を果たすべく、団長は寝台の横にひざまずいた。


「陛下、東の国王をお連れしました。明日以降のご面会をご検討ください。それとは別に早急にお目に入れていただきたいものがございます」

「団長か……。此度の件は大儀だった。何を持ってきたのだ?」


 侍従や侍医をちらりと見つめると、人前ではできない話と察した国王が、気付けの薬を傍らに置かせて皆を下がらせた。

 そこで、大公の遺した物を渡す。


「帳簿や名簿は後からでも構わないと存じますが、神官長が深く関与している疑いと、それに関してこちらで調べた証拠の書類です。こちらは大公殿下が陛下へと遺された物です」


 手紙と手記らしい冊子を国王は受け取り、しばしそれを見つめた。


「叔父上が余に……」


 手記をめくっていたが、最後に近いところで目が釘付けになった。

 団長はその様子を側で控えながら見つめる。もとより自分には閲覧する権利のない手記だ。国王へと宛てていたからには、相当に重要な内容なのだろう。少し震える手で封蝋をほどこされた封筒を開けて、中から取り出した手紙にも真摯な眼差しを当てている。

 読み終わって、国王は呻いた。


「神官長と叔父上には根深いしがらみがあった。神官長を問いたださねばならない」

「それから、あの方へ宛てられた手紙もあるのですが……。あの方が行方不明です」


 愕然と顔を上げた国王は眼差しだけで団長を射すくめる。

 

「どういうことだ」

「部屋を出られた形跡がないのに、姿が消えていると報告がありました」


 国王は頭に手をやり、乱れるのも構わずに髪の毛につっこんだ。

 色々考えが飛ぶのか、眼差しがあちこちにさまよっていた。


「王妃の部屋には、避難用の通路が作ってある。あれなら、その通路を見つけて抜け出したとしても不思議ではないが」

 

 明日に帰還を控えてそんなことをするだろうかと、国王は不審に思って黙り込む。

 そして傍らの団長に目をやった。


「そなたはあれの明日の予定を知っているか?」

「……いいえ」


 言いよどんだ国王に団長は答えた。

 団長に言ってよいものか迷い、だが今は娘を確保するのが優先されると国王は重い口を開いた。


「あれは、明日というか今日になるのか、元の世界に帰ることになっている」


 今度は団長が黙り込む番だった。ひざまずいて立てた足の上に置かれた手がこぶしをつくり、関節が白く見えるほどに握り締められている。

 体の中を荒れ狂っているだろう激情を抑え、低い声が紡がれた。


「では、ご不在は異常事態としてよろしいかと」

「余もそう思う」


 次に問題になるのはその行方だ。

 感傷にかられて王城の中を歩いている可能性はある。しかしそれなら、周囲に断って護衛をつけて動くはずだ。

 では人目を忍ぶなんらかの理由があるのか。あるいは――自発的ではない不在か。


「どこか、お心当たりはございませんでしょうか」


 そうは言われてもと国王は困る。かつて働いた騎士団本部か、使用人棟というのもあるか。庭に出ていれば巡回の者が気付くだろうし。


「何か気がかりなご様子は」


 できるだけ多くの可能性をあげていこうとする団長を、その冷静さに内心国王は感嘆する。

 意中の女性が行方不明であれば、すぐにでも探しに行きたいだろうにまず候補となる場所や事柄を絞り込もうとするか。

 結果的にはそちらの行動が合理的とは理解しながらも、感情を抑制する様はある意味見事だ。

 団長の言葉に、ここ最近の様子を思い出す。


「神官長……。理由は明確ではないが何故か不審感を持っていたようだ」

「神官長、ですか」


 奇妙に見え隠れする『神官長』。何故か不吉に思える。

 国王は侍従長を呼び戻して、神官長の動向を尋ねる。祭典の進行に関わるだけに侍従長は神官長の把握をしていた。


「城下にいらしていたはずです。神殿の式典に合わせて早朝にお戻りになる予定だと」


 日はかわったが、まだ深夜の時間帯だ。ならば今は神殿にはいないのか。

 ただ叔父上の手記やその他の書類から、神官長を自由にもできない。


「あれについては心当たりの場所を密かに探させよ。余は神殿に行く」

「そのお体では無茶です。今しばらくお休みください」

「いや、神官長が不在ならその間に神殿に入っておく。何かあれば式典を汚すことにもなりかねない」


 春と訪れと一年の安寧を喜び、祈る春の祭典。その祈りの儀式には神官長は勿論立ち会う。

 それが叔父上と結託し、内乱を先導したとあれば捨て置けない。


「私も同道してよろしいでしょうか」

「余の護衛を務めると言うか。そなたが」

「今、一番自由に動ける立場と自負しております。なにとぞ……」


 ひざまずいたまま深く頭を下げる団長を、複雑な思いで見下ろし束の間逡巡する。

 情けないことに眠り薬による強制的な睡眠から起きたばかりで、いまひとつ心もとない。

 団長には思うところはあれど、武人としては申し分はない。

 なにより、双方にとって大事と想う人間のために動こうとしている。


「同道を許す。至急。捜索と連絡体制を整えよ」

「ありがたき幸せ」


 国王が着替えている間に騎士団から人員を呼び出し、極秘と注意を与えて娘の捜索をさせる。

 連絡は、国王の部屋と神殿によこすようにとも指示をした。途中で王弟に会えばこちらの動きを知らせるようにとも付け加える。

 団長は知らず武者震いをし、腰に佩いている剣を握り締めた。




 どれくらい運ばれたのだろうか。再び建物の中に入ったようだ。

 天井が広いのか、王弟の足音がこだまする。

 扉が開き、どこかの室内に入る。そっと寝台に寝かされ目隠しが取り去られた。

 この部屋は……と目線だけで見回す。

 顔にかかった髪の毛を払って、王弟が見下ろしている。


「神殿の、伝説の娘に用意されている部屋です。私はここまでです」


 王弟の背後から見慣れた人物が現れた。

 穏やかな眼差し、慈愛に満ちた口元。この様子に動じることもなくにこやかに近づいてくる。


「神官長……」

「ようこそ、神殿へ。あなた様への最後の説得を殿下から頼まれましてね」

「よく言う。どうしてもここへよこせと要求したのはそなたではないか」


 王妃の部屋から神殿まで連れ出すという、危険を冒した王弟は苦い顔だ。

 それに構わずに神官長は続ける。


「神に選ばれし方なのです。敬意と誠意が必要でしょう。神殿という場所である必要があるのです」

「まあいい。私はこれで戻る」

「承知いたしました。今後は神殿の方に『祈り』にいらしてください」

「――考えておく。では、これで」


 最後の言葉を娘にかけて王弟は部屋を出ていった。残されたのは動けない自分と、得体の知れない神官長という組み合わせは不吉すぎる。

 神官長は笑みを向けた。


「さて、神に選ばれしお方。元の世界にお帰りになるのを思いとどまってはいただけないでしょうか」

「断ったら?」

「それは双方にとって不幸なことになってしまいます」


 

 服従か――さもなくば――神官長の目が語る。

 この期に及んでも慈愛に満ちているとしか表現できない眼差しで。








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