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61  方向性

 祭典まで二十日を切り、王城全体もなんとなく浮き足立って感じられる。

 国王の言うとおりに人の出入りもいつにも増して多くなっているようだ。それを警戒してか、警備も厳重になり行く先々に物々しい護衛では嫌気がさして、ついつい部屋にこもりがちになる。祭典の最中に逃亡した過去があるので、余計に監視が厳しいようだ。


 国王も多忙なようでほとんど顔をあわせない。話をしないといけないのに時間だけが過ぎていって焦りを生じる。

 ようやく顔を出した国王に、面会の約束を取り付けた。


「陛下、お話があるんですが。できれば内密で」

「長い話か?」


 頷くと国王は困った顔をする。本当に時間が取れそうにないようだ。慌しくお茶を飲んで、あれこれと予定を確認し返事をする。


「夜……ならどうにかする」

「はい」


 国王が現れたのは深夜といってもいい頃だった。どかり、と長椅子に座り込んだ国王はさすがに疲労を隠せない。

 軽い酒を少し飲んで、背もたれに体を預け大きく息をついた。


「お疲れ様です」

「ああ、祭典の準備に加えてどうやら東で事が起こりそうだ。その関係でばたばたしている。こんな時間に女性の部屋を訪れるのは非礼だが、すまない」


 東と聞いてとくんと心臓が跳ねる。事が起こるとは新たな戦があるのだろうか。

 大公殿下の件はようやく落ち着いてきたと聞いている。川向こうの東の国が怪しい動きだとまでは知っているが、国と国の戦争になるのか?


「陛下も東に行かれるんですか?」

「あちらからの要請次第だ。それより、話があるのではなかったのか?」


 ついに本題に入る時が来た。国王の計らいで人払いがされて、広い部屋には二人だけがいる。

 頭の中で台詞を組み立て口に乗せようとするが、緊張からか最初がでない。

 国王は何も言わずに待っていてくれた。


「陛下、祭典の中日に帰還させてください」


 国王は姿勢を崩さず、ただ、帰還、と呟いた。はい、と頷く。


「再召喚ではなく、帰還か」

「陛下は別の人を召喚するつもりがありますか?」


 向かい合わせに座った二人が真意を探りあうように視線を交錯させる。

 国王は小さく首を横に振った。


「いや、もう誰も召喚するつもりはない。そなたのような思いをさせるのは、もう沢山だ」

「なら、私だけがここから元の世界へと帰る帰還になります」

「だが、それは無理なのではないか? 前に神官がそう申していたと思ったが」


 神官長と、召喚を担当した神官から別々にそう聞いている。神官長は穏やかに諭すように、呼び寄せられた伝説の娘を帰す方法はないと断言したのだ。


「私も神官長様からはそう聞きました。でも、神殿の研究班の人達に帰還の陣の構築をしてもらえたんです。呪もです」

「まさか」


 信じられない思いで目の前の娘を見ると、とてもその顔は嘘を言っているようではない。

 帰還の陣の構築などと思うが、娘は経緯を伝える。


「召喚の陣があって、再召喚の陣も構築されました。実際の儀式では失敗に終わりましたが陣は発動していました。

 ならその陣の構築式の差こそ、帰還の要素のはずです。研究班の人に基礎となる構築陣の上に、分離をしてもらった構築式を組み上げてもらいました。

 同じように再召喚と召喚の呪の差を、韻律を取り出してもらえました。理論上はですが帰還の陣と呪ができた形なんです」


 この娘が来てから、と国王は思う。召喚制度に強い影響がでた。歴代にない再召喚のこともそうだ。

 伝統とされてきた召喚で現れたのに婚姻を結ぼうとしない。これは、自分の所業のせいだが。

 元の世界に戻ることを望みその流れで再召喚の陣と呪を作り上げさせた。

 そして、今また帰還の陣と呪か。


「神官様は儀式に際して気を高め、召喚の間に満たすことが不可欠とおっしゃっています。それに必要な期間が召喚の時には一月、再召喚の時にはコツがつかめたとかで十日だったそうです。

 今度の祭典にあわせるとしたら十日かそれに近い日数で、祭典前から準備に入ってもらわないといけません。それに」

「――儀式には余の立会いも必要か」


 今度こそ娘はしっかりと頷いた。それがどれだけ残酷なことを強いているのか分かっているのだろうか。

 いや、分かった上での希望なのだろう。


「儀式の実行者と一連の儀式の依頼者が必要だ、と言われました。だから……」


 手の内から今度こそ逃げ去るのを見届けるのみならず、その後押しをしろと。

 求婚を断られてから手の内から去るのは半ば予想はしていた。仕方ないと自分に言い聞かせている。

 疼くように、湧き上がるように残る思慕はいまだに減る気配はない。

 それを自らの手で断ち切れとは。


「そなたはひどい女だ」


 この世界ごと、目の前の存在に振り回され弄ばれた気すらする。身勝手な被害者意識。

 自分達が与えた苦痛と理不尽な扱いのせいだとは身に染みてはいるが。

 だが、政治的に判断しろと冷静な声も聞こえる。

 このまま置いておけば、婚約を履行をしない伝説の娘に対しては困惑が生じ、いずれは反感に変わる。

 ここにいるから混乱を招くのであれば、消えるという選択は決して悪いものではない。

 理屈の上からではあるが。それでもつい、恨み言が出てしまう。


「そなたを愛しているという男にその役割を負わせるか」

「……どんなに考えても、それ以外の選択肢がありませんでした」


 国王抜きでできないものかと神官と、そして研究班の人と議論を重ねた。結論は品物ならともかく、人間、しかも伝説の娘として国と王家と神殿に関わった人間の帰趨に、根幹をなす国王の存在が不可欠だろうとのことだった。

 だから悩んで、心を決めて頼もうとしてからもタイミングが悪かったのも重なってなかなか言い出せず、今日になってしまった。


「失敗する可能性があるが、その時はどうするつもりだ」


 再召喚は結局誰も来ずに娘が残ってしまった。あの時には神の配剤と思い、自分の相手はこの娘しかいないのだと確信した。

 あの失敗はむしろ嬉しかった。今度の失敗は意味合いが異なる。

 帰還の失敗。単に帰れないことから、別の場所に飛ばされることまで考えられる。

 娘はそれについても想定していたようだ。


「別の場所へは仕方がないでしょう。そこでまた考えることになると思います。ここに残ってしまったら、ただの娘として王城から離れて市井にまぎれたいと思っています」

「団長はどうする」

「どうもしません。あの人とは関わりません」

「それで、いいのか」


 言い切った娘の表情は静かで、おそらく帰還を決心して派生する状況も考えあわせての結論なのだと知らしめる。

 娘の未練を促すつもりだったのに思惑が外れた。


「いいも何も。帰還すると決めたのは言い換えればあの人を含めて、ここの全てを切り捨てるのと同じです」

「ならば何故、奴に想いとやらを告げたのだ。気まぐれで拾い上げて手放すのと同じくらいに残酷ではないか」


 自分の想いが通じなかったのはもう仕方ないと諦めることもできる。だが、想いを伝え合ったはずの団長まで切り捨てると言い切るその心情は理解しがたい。


「それとも一時なびいただけの軽い気持ちか? 頼りがいがあってすがってしまっただけなのか?」


 的外れなことを言っていると分かっている。団長を守るために自分と婚約した娘だ。

 そこまで想っていた相手をあっさり突き放すような言い方が癪にさわっているだけだ。だが、切り捨てられる団長が自分と重なってしまって言葉を引っ込められない。

 娘はじっと国王を見つめる。おかしなことに、恋敵の団長のために怒っている国王を。

 軽い気持ち、すがっただけ。そうだったらこんなに胸は痛まない。


「再召喚が失敗したのは、帰りたい私の気持ちをこちらに留めようとする人の気持ちが上回った結果だと考えています。もう決めたんです。これ以上かき回さないで下さい」

「そなたに寄せる想いを障害というのか」

「そう、取ってもらっても構いません」


 言い切った娘に、国王の握り締めたこぶしが震える。

 相手が男性であれば殴りつけているところだ。それほどに娘の言葉は神経を逆なでにする。


「そなたこそ、いいようにかき回してあとは知らんふりか」

「帰還が成功しても、失敗してもあとのことは私には関与できません」


 ややあって国王は冷静さを取り戻した。


「そなたに免除していた神殿での祈りを行うがいい。場所を召喚の間に移してな。神官には余から話をする」

「ありがとうございます。この件ですが、神官長には言わないでほしいんですが」

「……神官長は神殿の責任者で召喚にも深く関与している。それは無理な話だろう」

「でも、あの人は……」


 どう続けようかと悩むが、不審を感じるのが素に戻ったらしい時の目と漠然としたものだけだ。


「神殿というか神官長様には違和感を覚えるんです。信仰とは違うところで動いているような」

「余はあれほど信仰に熱心な者を知らない。それに、帰還するのであれば神殿に世話になるのだ。文句や注文はつけられぬ」


 国王に正論で押し切られるとそれ以上は言えない。

 これで話は大方済んだ。部屋を出るための見送りに立った娘へと振り返り、国王が大股に近づく。壁際に娘を追い詰めてその横に手をついた。


「余を怒らせたのはわざとか? 未練を断ち切らせるつもりだったか? 帰還するまではそなたは余の婚約者のままだ。夜会も控えている。まだ手は放さぬ」


 顔を寄せて唇が触れそうなところでゆっくりと言葉を紡ぐ。

 放さぬ、と言いながら実際は放せない。だがこの感情が帰還の足かせになるのなら、娘の望むように未練を断ち切ることが思いやりというものだろうか。

 なのに相反するように自分を刻もうとするかのように、娘を囲い込むように腕の中に置いている。

 重ねようとも思った唇を離し、包囲を解く。扉の外で待機していた近衛を従える。

 娘からつきつけられた何度目かの拒絶、今度こそ決定的な拒絶に今夜も眠れそうにないと国王は重い溜息をつきながら、自室へと向かった。


 残された娘は壁際で膝をかかえて座り込んでいた。

 さいは投げられた。あとは成功しても失敗しても消えるだけ。




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