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60  決戦

 朝の光で見ると、今までの客室よりもさらに豪華な部屋だったことが改めて分かる。けばけばしさは無く、女性らしい優美で精緻な装飾や調度で飾られた天井の高い部屋だ。ベッドですら何人も一度に寝ても大丈夫そうな、そんな広さだった。

 枕の下の短剣をそっと握りなおす。侍女が起こしに来てくれたのに合わせて、着替えをして髪の毛をまとめる。

 最近は上の方でまとめ、下を流している。まとめたところに短剣をかんざし代わりに使っている。こうしてみると、あの傭兵が細工をしてくれたのがありがたい。いざという時に使えるかどうかは別にして、なんとなく心強い気がする。


 朝食の席で、祭典まで一ヶ月を切ってそろそろ春の社交が始まる頃だと侍女から教えられた。


「色々な集まりへの誘いがものすごいことになっているんですが、陛下のご配慮もあって全てお断りしています」

「どんな理由で?」

「こちらに慣れていないのと、とても恥ずかしがりやということで」


 ちぎって口元に持っていっていたパンを落としそうになって、どうにか皿の上に置く。

 どこをどうしたら、恥ずかしがりやなどという形容が付くのだろう。


「それは、とっても苦しい言い訳だと思うけど」

「では礼儀の身に付いてない田舎者とか、粗忽者の理由の方が良かったか?」

「陛下」


 話に割って入ってきた国王のために席が設けられ、図らずも朝食を一緒にとる羽目になってしまった。

 恥ずかしがりやと田舎者。どちらも微妙な設定の気がする、と娘は国王をじっとにらむ。その視線を受け流し、コーヒーを侍女に頼んで国王は澄ました顔をしている。


「人前に出ない理由付けなだけだ。適当に流せ」

「慣れていない、だけでもいいのに」

「まあ、恥ずかしがりであれば顔を伏せていたり、余の背後に隠れたりしても構わないからな」

「何ですか、その想像するだけで恥ずかしい表現は」


 考えるだけで食事をする気が三割くらいは減退しそうな状況だ。国王の背後で顔を伏せて恥らう……。

 どう考えてもない。ありえない。


「王城の中も貴族が増えてくる。部屋を出るときにはベールでもしていろ」

「はい」


 国王はさっさと食事をして、席を立つ。娘の所にまわりこんで、その顔を見下ろした。


「元気そうではないか。昨日の今日で塞いでいるかと思ったが」

「気にかけていただいてありがとうございます。陛下、目が赤いですよ」

「昨夜、書類に目を通したからな」


 じっと顔を見られて、安心したような表情になる。

 国王の求婚を断ってから気まずい思いだったのに、国王の方はなかったかのように接してきた。

 ほっとしてそれが国王の厚意だと気付き、度量の大きさを感じる。国王を思いやりのあるいい人だと認識する日が来るとは、最悪の出会いからは考えられないほど変わったものだ。

 でも国王はこんな風に自分に構って、思うところは無いのだろうか。

 そう考える娘の耳元に顔を寄せて、国王は囁いた。


「どのみち、あと一月のことであろう? 最後くらいは構えずに接して欲しい」


 国王に見透かされていたことに驚く。


「そなたの考えそうなことだ。だから、趣向を用意したではないか」


 趣向が夜会をさすのは明らかで、その時に公爵夫人たちと行うことも国王は把握している、というより国王の発案でもあるらしい。

 夫人から内容を聞かされて半信半疑ながら、黒髪が普及すればどちらにせよ損はないと計画に乗った。

 つい、と国王に下ろした髪の毛を手に取られる。


「かつら屋は随分と頑張ったと聞くが、この手触りは表現できたのだろうか」

「王城に持ってきたものはだいぶ近づけてありました」

「そうか、ではそなたと間違えて他の者を最初にダンスに誘わないように気をつけなければ」


 最後を軽口でしめて、国王は公務へと出向いた。そこで国王に相談し忘れたことがあるのに気がつくがもう遅い。

 またの機会にとその件は頭の隅に追いやった。

 それにしても。王城の中を結構歩き回っているのに、恥ずかしがりやは無いだろうとしつこく蒸し返す。




「目は伏せてもよいけれど、頭は下げない。動きは優雅に」


 公爵夫人の指導で娘のダンスもどうにか見られるものになっていた。これまでは侍女が相手役を務めていたが、今日は王弟が相手をしてくれていた。侍女とは背の高さが異なるので手や目線の修正もされる。

 王弟と国王は、少しだけ王弟の方が背が低い。それでもほとんど同じような高さなので、練習にはちょうどいいと王弟も機嫌よく踊ってくれている。一曲だけは国王と踊らないといけないらしく、それ用にと練習になった。


 姿勢や目線に気を取られると足さばきがおろそかになりがちだし、足に注意を向けると姿勢が悪くなる。

 実際にやってみなければ身につかない。お手本の公爵夫人と王弟のダンスは非の打ち所がなかったのに、と申し訳なくなってきた。


「殿下、ごめんなさい。うまくなくて」

「いえ、足を踏まれないだけ上出来です」


 慰めの言葉で王弟はにこりと笑う。国王よりもさわやかな印象の王弟は、嫌な顔もせずに付き合ってくれている。

 夜会の計画も国王から聞かされて苦笑交じりで巻き込まれてくれた。

 

「当日の準備はできているのですか?」

「ええ、でも公爵夫人が私にも秘密だと」


 ドレスやその他のものについて侍女と相談して作っているらしく、当事者の自分にも詳細は明かしてくれない。

 当日のお楽しみなのだと。その前にさんざん顔に布を当てられている。だから、これについては夫人に任せた。


「兄上とのつりあいもありますから。公爵夫人なら兄上ともすりあわせは済んでいそうですね」

「二人でよく話はされているようです」


 なら安心だ、と王弟は笑い大きく娘を回転させる。王子様なんだと不思議になる。夜会では王様と踊るのか。

 王様、王子様、騎士なんて童話や小説の中のことだと思っていたのに。

 関わってそろそろ二年になる。自分の中の区切りの一つに近づいている。

 

「何を考えていらっしゃるんですか。踊りながらだと危ないですよ」

「すみません。集中します」


 注意をうけて慌てて王弟に集中する。時間を割いてもらっているのにぼんやりしていては駄目だ。

 国王もそうだが、自分にもきっと最後の思い出になる。

 公爵夫人からもこれっきりなのだからしっかりやれ、とも言われていた。

 この世界に呼ばれて色々あった自分の、王城での最後の大仕事だ。せめて国王に恥をかかせないように頑張ろう。


「そう、その調子。周囲にも目線をよこして、最後は相手に笑いかけて礼をすれば、ええ、結構よ」


 ぱんぱんと手をたたかれて、練習が終わる。王弟も優雅な礼をして、ふうっと息をつく。

 喉を潤すためにお茶が注がれる。

 それを手に祭典や夜会についての打ち合わせがなされた。


「夜会は祭典の初日ですね。今年は規模を押さえ、招待客を厳選しています。叔父上のこともあり、信頼できる人物しか招いていません。

 祭典の二日目は神殿関係の式典が数多く入っています。これには本来、兄上とともに祈りを捧げることになっているんですが」


 国王からこれも免除するようにと通達された、と王弟が苦笑いする。

 次の宰相を目指している王弟は、今回も進行の取りまとめなどもしているようで執務に加えて雑務が急増し、寝る間もないほどらしい。

 本来ならここで時間を取らせるのも申し訳ないが、本人は悠然としている。


「たまには息抜きがないと、やってられません」


 そう言いながらもさすがに時間だ、と立ち上がる。

 では、と王弟が去ると公爵夫人が扇を思わせぶりに開いた。


「あと一月ないのね。今度の祭典は大公殿下もいらっしゃらないことだし、なにか……」


 社交界を泳ぐ者の勘か、春のうららかな日差しの中の不穏なものを感じたのか。夫人の落ち着いた表情の下にあるものは表には出されなかった。

 




 団長は副団長の到着を待ちかねていた。そろえられた軍勢も予想より多い。希望通り弓に長けた者の姿が目立つ。

 一行には強行軍の疲れを取るようにと指示して、副団長を大公殿下の書斎に引っ張り込んだ。

 出された書類に目を通し、副団長の顔が次第に引き締まってくる。

 団長が自分の考えを書き加えた紙を示すと、それを手にもって考え込んでいる。


「どう思う?」

「おそらくお前の考えどおりだろう。大公殿下は何か事情があって神殿に協力していたか、協力体制を取らされていたかだろう。

 正直あの方に神殿がどう関与するかは分からない。憶測にしかすぎないからな。

 ただ、前例では神殿があの方のような伝説の娘の後見をつとめていたので、今回もそうやって取り込みたいのかもしれない」


 だが、と続けられる。


「お前の考えた通りなら、あの方は内々にではなく陛下と対立するかもしれない。

 そうなれば、敵だ。お前、あの方が敵になった時に――剣を向けられるか?」


 言葉を飾らずに直接的に尋ねられる。

 嫌な予感が当たれば、最悪その事態になる。その時、彼女を斬れるだろうか。

 考えるまでもない。


「そんな事態にならないように収拾する。それでもそうなったら、俺は斬らない」

「迷うようなら殴ってやろうと思ったが。なら、先にこちらだ。さっさと東の国王を落とすぞ」


 それを手土産に王都に行け、と副団長はあちらに忍ばせてある手勢につなぎを取る。

 東の国王へは対岸の砦に側女の言うままに腰を落ち着け、毎夜の睦言の中でこちらへの侵攻を吹き込んである。

 すっかり向こうの計画は出来上がっているが、それを更に早めようと取った作戦が、祭典前の前祝と称する馬鹿騒ぎだ。


 東の都を挙げてかつてない規模で祭典前の催しや宴を繰り広げる。当然人は押し寄せてくる。

 その中にまぎれて都に入る目つきのあまり良くない男達も、気付かぬふりで迎え入れ砦の兵士が祭典の景気づけとばかりに酒に酔いしれる様を見せ付ける。それを幾日も続けた。都のはずれに徐々にそんな男達が集結し、ある月のない夜、対岸から静かに船が出航した。

 大騒ぎしている兵士の間を、水を持った兵士が走り回りしっかりしろと触れ回る。

 寝ている者をそのままに、ふらふらとした足取りで兵士が散っていく。


「相手は酔いつぶれた輩だ。一気に攻め落とすぞ」


 大声で叫びながら押し寄せる敵兵だが、それを胸壁の上から強弓を射掛ける兵が迎える。

 その顔に酔いなどみじんもない。堀を渡らせることなく、兵を射抜いていく。

 待ち構えていたこちらの様子に動揺する敵軍が、立ち直る前に跳ね橋を下げてこちらかも出撃する。別働隊が背後を襲うように回り込んでいる。

 前方に気を取られたところで、大音量を立てて後方から攻め立てる。

 地の利はこちらにある。加えて砦は補修済み、秘密の通路は見つけた分は全て塞いである。



 予想外の抵抗と攻撃に陸上部隊がてこずっている間にも、船の一団は川を渡ってこようとする。だが、こちらにも細工済みだ。

 川の中ほどで船底から水が入り込み動けなくなった船から、兵士や船を操縦する船乗りが川に飛び込んだり、小舟に乗り込んだりしている。

 動けなくなった船には上流から船を出して火矢をかける。しばらくして対岸の砦から火が上がった。食料を詰めたと見せかけて底に油を含ませた樽が貯蔵庫に収められ、それに火がつけられたのだろう。これは川で動けない船に火矢を射掛けるのが合図となって実行された。



 出撃した騎馬の中でひときわ目立つ働きをしているのは副団長のはずだ。人馬一体とは副団長の様子を表すと確信している。馬をよく操り、敵を槍で、剣で討ち取っていく。夜明けの薄明かりで上から見ると、副団長の周囲には敵がなかなか近づけないのがよく分かる。

 小舟に乗って、こちらに取りすがろうとする敵を落としながら長い夜が明けた。


 光の下では川向こうの砦から煙がたなびいているのが見える。川の中では動けなくなった船が沈没したり浅瀬で横倒しになっている。

 反対に目をやれば、人馬が倒れ付している。圧倒的に敵方が多い。

 それでも残りの手勢や向こうの援軍もあるはずで、戦いは続くかと思われた。


「団長、船が来ます」

「おちつけ、帆を確認しろ」


 忍び込ませた手勢が船をいくらか確保しているはずだ。味方の帆の模様なら警戒はしつつ迎える。偽装なら落とすまで。


「帆は味方です。手を振っている者が見えます。こちらの者に間違いありません」


 特別目のいい兵士に確認させて、砦の側に到着するのを見守る。

 甲板には見慣れないものがある。ぐるぐる巻きになった細長いもの。隣には申し訳程度に縛られた女の姿もある。

 猿轡をかまされた顔には見覚えがある。

 腹にぐっとせまるものをこらえて伝令に呼ばわらせる。


「東の国王を拘束した。速やかに投降せよ。以後の抵抗は無駄と知れ」


 馬でも伝令を走らせ事態は収束に向かう。


「しかし、国王はいやにあっさり捕まったものだ」


 感心しながらも腑に落ちず団長が呟くと、国王を連れてきた傭兵に偽装した騎士が笑う。


「船遊びかたがた川へとおでましでしたから。揺れる船の中で楽しみたいとかで」


 最後まで側女がいい仕事をしたということか。今も怯えた風を装うのを役者と感じる。

 甲冑の頭部を外して、いまだぐるぐる巻きに拘束されている東の国王に騎士の正式な礼を取る。


「此度はこのような結果になり、残念でなりません。御身は王都にお連れします。わが国の国王が今後について判断されるでしょう」


 猿轡の下の顔が赤黒くなる。

 構わず馬車を用意してそのまま押し込める。

 後処理は副団長に任せて軍馬に乗り、王都を目指す。街道沿い、騎士団支部や地方本部には替えの馬が用意してある。

 早馬で概要だけを王都に知らせるように指示し、できうる限りの速度で馬車を、馬を走らせた。

 次々に馬を交換し、休憩も最小限にしてひたすらに走る。気持ちはそれよりもはやり、一刻も早くとそれだけを考える。


 祭典の前に。神殿と彼女の接触の前に。何か起こる前に。

 懐には大公の遺したものを抱え、一行を叱咤しながらいつしかあの顔を見たいとだけの欲望で、手綱を握っていた。




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