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57  警告あるいは脅迫の遊戯

 寝椅子に突き立てられた剣はいやに生々しかった。鞘はなく、硬質な輝きを放っている。

 呼び出された副団長はこの光景を眺めながら、同時に周囲に目を配る。侍女は動揺している。娘も顔色は悪いが、食い入るように剣を見つめている。寝椅子以外に傷つけられた物はないようだ。

 護衛の騎士に状況をたずねる。

 不審な人物の出入りはなかった。公爵夫人と副団長しか訪問していない。

 寝室へは朝、娘が起きだしてからは清掃の者が入っただけで、誓っていつもと変わりはなかったと証言している。


「いつ、誰がやったか。清掃が午前中、それから気付くまでの間か。絞り込むのは困難だな」


 娘の護衛や部屋の警備の目をかいくぐり、明確な意図をもって痕跡を残す。

 これは脅しだ。

 娘に対してなのは明白だが、娘の何に対しての脅しか。


「心当たりは?」


 娘に尋ねると、きゅっと唇を引き結んで考え込む。


「複数あります」


 ただ確証がない。副団長は頷いて物証である剣を調べる。どこにでもあるありきたりな剣で、新品ではない。

 つまり珍しくも新品でもないので、剣の出所は調べるのが極めて難しいだろうとの結論になる。


「部屋の内外に不審人物は?」

「同時に複数個所を調べましたが、誰もいませんでした」


 賊は、警備を目をかすめて入り込みわざわざ脅しをかけて、立ち去ったわけだ。

 ただ剣の沈み具合からはおそらく男性だろうと予想はされる。女性であれば剣を振るうのに慣れている、そんな人物に限られるはず。

 そうしているうちに、報告を受けたのだろう国王陛下と王弟殿下が揃って現れた。

 二人とも室内の様子と、剣に目が釘付けになっている。


「――これは」


 振り返った国王陛下が娘に手をさしのべた。その手を娘は取らずにいる。


「そなたは無事か」

「はい、誰も怪我はしていません」


 固い声で娘が答える。空気に重ささえ感じられ、息が詰まるような緊張が支配する。

 それを破ったのは王弟だった。


「賊の捜索は続行するとして、部屋を替えましょう。ここよりも警備がしやくすて私達がすぐに駆けつけられるとなると、限られてしまいますが」

「そうだな。客室階の他となると――」


 考えながら国王が呟くと、王弟は剣と娘に目を走らせる。


「本来なら婚約発表の後ですぐにでも移動していただきたかったのですが、この際です。兄上の隣の部屋にしましょうか。あそこならすぐに入れる状態のはずです」

「あれは、あの部屋は」

「側妃の部屋という訳にもいかないでしょう? ああ、寝台を運び出さないといけませんか」


 兄弟二人だけで話が進んでいるのをよそに、娘はもはや用をなさない寝椅子を眺める。

 力をこめてそこに生やされた剣は圧倒的な存在感を持って、喉元に迫ってくるようだ。


「今度は寝椅子を見ると眠れそうにないですね。寝台は運び出さなくてもいいですよ」


 少しだけ苦笑交じりで言うと、王弟はほっとした様子を見せたが、国王は厳しい顔のままだ。


「余の隣という意味は、そこは王妃の部屋ということだ。――いいのか?」

「え? あの……」


 そこで初めて国王が乗り気でないのに気付き、王妃の部屋、の意味を考える。

 名目上とはいえ婚約者。でも二人の間では進展はない方向になっている。

 断ろうと口を開きかけたのを、王弟が制する。


「不快なのは分かりますが、ここまで入り込む賊です。警戒するにこしたことはありません。それに今のあなたには身分もある。側妃の部屋に入れたとあっては、いらぬ憶測を招きます」


 逡巡を断ち切るように国王も少し伏せた目を上げて一同を見渡す。


「緊急を要するし、そうするか。移ってくれるか?」

「――はい」


 考え込んだ後で娘はかすかに頷く。とりあえずの身の回り品だけもち、侍女が先に部屋の準備に走った。その間に寝室から場所を移して応接用の部屋で、皆、黙りこくって椅子に座る。


「顔色が悪い。少し酒でも飲むか?」

「私はいいです」


 本当なら膝を抱えて体を縮こまらせたいくらいなのに、それを抑えて、娘は膝に置いて握りあわせた手に力を込める。寒くはないはずなのに、震えが這い登るようだ。

 剣で寝椅子を切り裂く。その剣をこれ見よがしに残していく。

 どこに自分を追い立てようとするのだろう。

 自分の行動のどこが、賊の琴線に触れたのだろう。思い当たる節はありすぎて、賊の正体をかえって分からなくしている。

 

「あれが警告なら、次は実際に身に危険が及ぶかもしれない」


 国王の呟きに、娘も同意する。

 副団長は部下が耳元に口を寄せた後で、部屋の最終点検をすると代わりの人員を置いて出て行っている。


「夜会は中止しますか? 時期が悪い」

「いや、中止するにしてももう断りの手紙を出す暇がない。招待客の身元はしっかりしているし普段以上の警備を敷く。元々の趣向からはそなたの顔を晒さずにもすむし、はじめだけそこにいれば体裁も整えられる」


 ただ、と国王が苦いものを滲ませる。


「ずっと側にいてもらわねばなるまいが」


 国王の心中を察して娘はうつむく。自分がこれだけ気まずいのだ。国王からはさぞかしだろう。

 それでもこちらを思いやる姿勢を見せてくる国王への複雑な思いのいきつく先は――。




「部屋の用意が整いました」


 侍女が入ってきたのを潮に、国王と王弟は立ち去る。娘は侍女と、副団長、その前後を護衛の騎士に守られて部屋を後にした。

 特に大事なものを抱えて廊下を歩く。

 王妃の部屋に入る。先代は憂いて、先々代は馴染み信仰を深めた。その部屋は自分にはどう映るのだろうと考えながら長い廊下を歩いていく。




 国王と王弟は娘と別れた後で、二人で酒を飲んだ。

 隣の部屋に娘が移動したとあっては、酒でも飲まないとやりすごせない。

 王弟はそんな国王に付き合っている。


「自分に向けられるのであればどんな感情でも構わないと思っていたが、弱っている時の同情は複雑だな」

「兄上」

「済まない、聞き流してくれ」


 飲みすぎてもいかんな、と笑う国王を見ながら王弟は内心で溜息をつく。

 しかし次には、笑みを浮かべていた。


「もう寝てしまってはいかがですか? 執務は明日二人でやればはかどるでしょうから」

「そうだな。精神的に疲れたしな。お前も早く休むといい」

「そうします。お休みなさい、兄上」


 


 ――闇の中でほくそ笑む存在がある。

 警告はした。大人しく身を委ねてくれればそれでいい。駄目なら、さて、どうしよう。

 直接あいさつに出向くか。その場面を想像するだけで、たまらなく愉快になる。

 これほど意識させられる伝説の娘はいなかった。目の当たりにして、その思いはよりいっそう強くなる。自分は悪くない。あの娘が悪いのだ。


「夜会か、春の祭典か。もうしばらくは――」


 春の夜風は物騒な思いにふわりと触れて、消えていく。





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