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06  騎士団長は苦労性

 娘は王城で働きたいと侍女に相談した。


「まあ、働く必要などありませんのに」

「その方が、早くなじむと思いますから」


 大人しく部屋にこもって勉強をしていたせいか、侍女がかけあってくれたせいか軟禁状態は解かれることになった。

 働きたい言い訳を信じてくれたかどうかは分からないが、侍女は色々と候補をあげてくれた。できるだけ国王と会わない、国王が足を運ばない仕事をしたいと侍女に頼む。


「それでしたら下働きのようなものになりますよ」


 それでいいと決める。王城を歩き回れるのならなんでもいい。

 目は仕方ないが髪の毛はそのままでは素性がばればれだ。茶色に染めた。

 仮の名前で呼んでもらうことになり、使用人用の部屋に連れて行かれた。

 さすがに国王の花嫁候補を相部屋にはできずに、小さいながらも個室を与えられた。



 広くない部屋、簡素な家具にむしろほっとする。根が庶民なので、豪華すぎる部屋では落ち着かない。

 備え付けの箪笥に、着てきた服や持ってきていた携帯をしまう。

 ぎしりと音のする寝台に腰かけて、自分の着ている侍女服より簡素な服を眺める。

 侍女の兄が騎士団に所属している関係で、そこの食堂の下働きをすることになっている。

 家事労働しかできないだろうと思っていたので、食堂で働けるなら願ったりだ。こちらの食材や料理も覚えられるかもしれない。


 王城の構造を覚えて、出入口も確かめないと。あちこち動き回れるだろうか。

 朝は早い。寝間着に着替え娘は床についた。

 翌朝、侍女に王城に隣接する騎士団の宿舎に連れて行かれた。広い演習場や馬場を持つそこは、男性が多くてにぎやかだった。

 ここの食堂を切り盛りしているのは、子供を何人も育て上げたような豪快なお母さんのような女性だ。


「下ごしらえと皿洗いをやってもらおうか。あまり騎士の目に触れないほうがいいね。

 ただでさえ女が少ないのに、あんたみたいな若い子が顔を見せたら、あの子達が浮き足立つだろうからね」

「よろしくお願いします」


 娘は頭を下げ、新しい暮らしが始まった。

 野菜を洗って切る下ごしらえと、皿洗いが主な仕事だった。食堂に隣接する厨房の裏手の日陰で、椅子に座って洗った根菜の皮を剥く。

 さすがに王城の騎士団だけあって人数も多く、食欲は見ているほうが胸焼けしそうなくらいに豪快だ。

 交代で食事をしているが、その風景は戦争のようだ。

 山のように盛り付けて、短時間でそれがなくなっていくのは目を丸くするしかない。

 時間をかけずに食べ、席を立っていく。使用済みの皿も見る見るうちにたまっていって、娘はそれを一心に洗う。

 部屋に軟禁されているよりもずっと早く時間が過ぎていく。

 片付けが終わって一息つくと、午後も結構な時間になっていたりする。


 監督と密かに命名したお母さんがお茶を淹れてくれて、食堂の端の席で遅い昼食を取る。

 そこに大きな影がさした。


「新入りか? 騎士団の団長だ。よろしく頼む」


 慌てて立ち上がって頭を下げる。それに鷹揚に頷いた団長は自身も盆に食事を載せて手近の席についた。

 お茶を淹れに来た監督と取りとめのない話をしている団長を、娘はそっと窺った。

 ここでは団長が上司で娘は新入りだが、使用人の部屋に移る前に客室にやってきた団長は娘に最敬礼をしていた。


「騎士団団長です。御身は私が預かることになります。くれぐれも無茶をなさらず、常に周囲に気を配ってください」

 

 団長こそが侍女の兄で国王の学友だったという人物だ。

 騎士団の食堂なら、部外者が近づきにくくおまけに交代制で食事を取るので、常に騎士や従騎士がいることになる。

 護衛としても申し分ないだろうと、騎士団勤務に決まったのだ。

 そして娘は知らないが、団長は常に娘の側近くに人も忍ばせていた。

 行動を見守るのと護衛目的だ。娘の行動は毎日国王に報告することにもなっている。

 食事だけに注意を向けているふりをしながら、団長の方も娘に注意を払っている。



 よりによって下働きをしたいなどという型破りな『伝説の娘』は、登場の時からそれまでの召喚の儀で現れた娘とは違っていた。

 記録には取り乱すのが常とされた歴代の娘と違い、立ったまま国王と対峙していた。

『首を刎ねよ』との残酷すぎる命令に、部下にその腕を取らせた時にも涙を流しもしなかった。

 団長として、普段は国王の側に詰めることも多い。牢の娘も国王に付いて地下におりた時に目の当たりにした。


 驚いた。召喚された時とは別人かと思ったのは国王だけではない、団長もだった。


 妹からそれとなく様子を聞くと、国王のことを嫌悪、忌避しているとのことで無理もない話と思われた。傷のない肌や手などからは、争いの少ない世界から来たのが推察される。それがいきなり斬首では……。

 しかし牢に入れた張本人で意識を失った娘を抱き上げて牢から出た国王は、娘に心を奪われたようだった。

 娘はそんな国王の気持ちを知らず、嫌いぬいているようだ。

 それが何故騎士団の食堂の下働きに繋がるのかは謎だが。


 娘の仕事は騎士団の食事のための皮むきだとか野菜きり、皿洗いだ。

 伝説の娘にそんなことをさせるとはとんでもないことだ。事実が発覚すれば、ひどい騒ぎになるだろう。

 先程確認したら、楽しそうに皮むきをしていた。

 髪の毛は染めて、長めの前髪で黒い瞳を隠し気味にしている。それでも通った鼻筋や形のいい唇、色の白さなどは見て取れ、さぞかし騎士団のむさくるしい部下達の視線を集めることだろう。

 

 あまり人前に出さないようにしないと、別の意味で騒ぎが起こるかもしれない。


 大人しく部屋にいて、王妃の教育を受けてくれればこんなに気をもむこともないのに。

 茶を飲みながら、漏れそうなため息を押し殺す。

 娘は目を伏せがちにしながら食事をしている。さりげなく周囲を見渡し、食堂内外で異状のないことを目配せから確認する。

 食べ終わった盆を返却口に戻す。食堂を出る際に娘に視線を走らせると、目礼をされた。


 団長は側付きの騎士と王城の執務棟に足を運ぶ。

 国王に根菜の皮むきと、皿洗いをしていたことを報告しなければならない。今まで色々な報告をしたが、今回が一番間抜けな内容かもしれない。

 妹とよく似た濃い茶色の髪をがしがしとかきむしる。普段は冷静沈着な茶色の瞳が、今は困惑に揺れている。


「虫除けがいるだろうが、どうしたものかな」

「団長が睨みを利かせればよいのでは?」


 切り返されて大きな体躯の肩が落ちる。

 通常業務に加えて厄介ごとを引き受けてしまった、団長の不運は始まったばかりのようだ。


 腕まくりをして、皿洗いを開始した娘はそんなやり取りなど知る由もなかった。




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