表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/88

52  ざらつき

 公爵夫人の『お友達』は強烈だった。貴族社会でネットワークを形成してそれぞれ個性を持つ、いい意味でも悪い意味でも好奇心旺盛な方々だ。

 身分はさすがで、娘は現在いいおもちゃのような状態だ。


「こんなにお近づきになれるなんて嬉しいですわ。公爵夫人に感謝しなくては」

「皆様、お手柔らかに」


 夫人が注意を入れて、皆が笑いさざめく。娘は中心でカップを持ちながら、このおばさま達にどう対処しようかと硬直していた。

 国王は近寄らず、侍女も隅に控えている。

 娘は一人で質問攻めを受けていた。

 

「それにしてもお幸せですこと。国王陛下の伴侶なんて望んでも得られませんのに」


 中の一人の言葉に、内心それは違うと反論しつつあいまいに笑う。


「私にはとても務まりそうにないと、陛下に申しているんです。それに心残りが多すぎて……」


 語尾を小さくしてうつむくと、案の定ピラニアが食いつくかのごとくに興味を誘う。

 きらびやかなドレスや装飾品で飾られても、中身はおしゃべり好きで退屈嫌いなのはどこでも女性の特徴なのだろうか。


「どういうことか伺っても失礼ではないでしょうか?」

「ええ、勿論です。実は両親をきちんと見送りたくて」

「まあ、それは……」


 簡単に事情を話すと、同情した貴族の夫人たちが目頭を拭う。この手の話には弱いようだ。

 

「こちらの神とはきっと違う宗教ですから、もどかしいんです」

「それはお辛いでしょうね。でも祈る心は同じでしょうから、神殿でお祈りなされてはいかがでしょうか」

「そうですわ、今の神官長はことのほか熱心でいらして」

「いつも微笑んでいらっしゃいますものね。精力的に各地を回られていますし」


 夫人達の口から神殿の話が持ち上がる。神官長は信仰の更なる普及に力を入れていること、同時になかなかのやり手らしく各地に新しい神殿や祈祷所の建設をすすめていることなどが、合間に語られる。

 神官長は確かに微笑をたたえている。再召喚に失敗した時ですらだったと、思い出すと少し苦々しい。


「先だって亡くなられた大公殿下が非常に熱心だったこともあって、随分親交があったようですね」

「そうですか」


 大公と神官長、宗教での繋がりは密だったのかと娘は相槌を打ちながらぼんやりと大公の言動を思い出す。

 確かに敬虔な信者で、祈祷所でも長い時間祈っていた。

 そして感じた違和感もよみがえってくる。

 それを確認すべく、公爵夫人に質問する。


「こちらの宗教では神は平和を願っているのですよね」

「勿論ですわ。争いは不幸の土壌になると、手を取り合って平和を目指すようにというのが根本の教えです」


 ならどうして大公が傭兵を集めてまで、甥と争おうとしたのか。

 誰よりも神を信じているのならそれは教えに背くことではないのだろうか。

 娘は黙り込んで、周囲の話を聞くことに徹した。


「大公殿下の後任は決まったのですか?」

「まだ難航しているようですわ。今の王家には血縁者が少ないせいもあり、騎士団が残務処理に当たられているとか」

「大公殿下は王家の廟には入れられないというのは本当ですの?」

「一時はそんな話もありましたが、結局陛下が廟へと許可されたそうです」

「義理の弟君の時とは随分な違いですこと」

「陛下が変わられているのは、皆様もご夫君からお聞き及びでしょう?」


 そうですわね、と頷きあう夫人達は夫や子供も重臣だったりして王城の内情にも詳しい。

 これで囲まれているのが年頃の令嬢のいる夫人達だったら、怖くてお茶など飲めなかったかもしれないと公爵夫人の配慮に感謝する。

 

「それにしても黒髪に黒い瞳の方を久しぶりに拝見することになりましたね」

「先の王妃様はほとんど人前にお出になりませんでしたから」

「そう、大きな式典や夜会の時くらいかしら。いつも憂いたご様子もまた人目を惹いていらっしゃいましたが」

「あれは先の陛下が人目に晒すのを嫌がったせいではなくて?」


 そこで忍び笑いになり、なんとなく話が怪しくなってきたような気がした。

 公爵夫人を見やると、困ったものだというように扇を口に当てている。ここは口をつぐんでおけということか。


「こちらにいらしてから婚儀まで随分間がおありだったから」


 神官の記録と合わせると随分際どい話題だ。

 行方不明の婚約者を想っていたのを、という話だったはず。国王の母親ということもあって一番時間をかけて記録を読んだ人だ。

 今となっては重なる部分もありこのままではこの人のあとをたどりそうな、とまで考えてカップを握る手に力をこめた。


「側妃も、先の王妃様が勧められたとか」

「随分と王妃様に執着されていらっしゃったので、身が持たないと陛下に泣きついたらしいとか」


 そんな王妃と側妃の子供には差がつけられ、結果今の国王の即位前後の騒動に繋がったらしい。

 国王の首の傷はそんないきさつがあったのか、と不幸の原因と思われる先の国王を恨む気持ちになる。

 先の王妃も、子供の国王や王弟も決して幸せでなかったように思える。

 結果が召喚当初の暴言だったら、最悪だ。


 夫人達が部屋を去ったあと、残った公爵夫人と侍女とで改めてお茶になる。


「皆さん、精力的な方ばかりでしょう?」

「だいぶというか相当ですね」

「裏の話にもお詳しいのでしょうか、叔母様」

「まあ、それが生きがいの方もいらっしゃるから」


 否定もせずに夫人は澄ましている。おしゃべりの中にある真実を見極めるのは難しい。

 ただいくつか気になる話題はあった。それをもとにもう少し調べてみたいと思うようなものが。

 特に大公の話は気にかかる。誰に聞けば教えてくれるだろうか。

 国王とともに東から戻った騎士団の誰かに聞けばいいのか。国王か王弟が詳しい話を知っているだろうか。

 あと、先代の王妃の記録をもう一度神殿で見せてもらおうと決める。

 ついでに神官か神官長にも尋ねてみよう。



 翌朝の割に早い時間に意外な人物から面会の申し入れがあった。侍女が案内してやってきたのは、神官長だった。

 この部屋に長衣は目立つ。顔にはいつものような微笑が浮かんでいる。


「朝早くからぶしつけに面会を求めたこと、申し訳ございません。一つ確認したいことがございまして」

「なんでしょうか」


 応接の椅子に向かいあって座ると、神官長はゆったりと長衣をさばいて腰掛けた。

 

「随分と公爵家をはじめとした方々と交流をお持ちのようですが、公爵家があなた様の後見をなさるのでしょうか?」


 初耳の話なので、首をかしげて侍女を見る。侍女もふるふると首を横に振って、同じように知らなかったのを表した。

 神官長に向き直って答える。


「いいえ、そのような話は私も初めて聞きます。そもそも後見の意味がよく分からないのですが」

「これは失礼しました。後見とはあなた様が今後この国で生活される場合に細々としたことを頼りにする、いうなればご実家のようなものとお考え下さい。相談に乗ったり、何かあればそこに滞在するような形になるでしょう」


 実家がわり。神官長はなおも柔和な表情で続けた。


「ただ伝説の方は代々召喚した先の、神殿が後見をすることが半ば伝統のようになっております。このたびもこちらはそのつもりでおります。

 ご婚約が整いましたので、婚儀の説明や今後のことを色々と話す上でも神殿が後見となるのが都合が良いかと思うのですが」


 伝統とは、嫌な言葉だとすっかり伝統やしきたりには拒否反応が出てしまっているので、是とも否とも言わずに神官長の反応を見る。

 元は召喚されたばかりで混乱している娘達を落ち着かせるために世話をしたのが始まりらしい。神殿で落ち着いてから、王城に移り国王と婚儀を挙げるのだと言われても。


「もう、混乱の時期も過ぎましたし今更ではありませんか? それに半ば伝統とおっしゃったのはそうでない方もいらっしゃった?」


 初めて、神官長の笑みが少し消えた気がした。口の端は上がっているのだが、包み込むような感じではない。

 どこか、触れられたくない場所を抉ったか?


「婚儀の前後は特に心配などで不安定になりがちです。その間の安定のためと思ってくださってもよろしいです。

 後のご質問は、そうですね。先々代の王妃様は熱心に信仰してくださったので問題はありませんでした。先代の王妃様はずっとふさがれたご様子で、この方は召喚をした神官と神殿に良い感情はお持ちくださいませんでした」


 また先代の王妃だ。貴族の夫人達の見た憂いた王妃と、神官長の言う神官と神殿に良い感情を持たない王妃。

 奇妙な感じだ。


「先代の王妃様は神殿の後見を望まれなかったのですね」

「とてもとても残念なことに。結局早くにお亡くなりになったのも心労があったのではないかと、お心を安らかにできなかった不明を恥じました」


 神官長の口調は重く、本心からそう思っているのは間違いない。

 でも自分も国王と結婚する意思もないし、神殿と神官には良い感情どころか恨みや逆切れに近い思いを持っている。

 それに後見なども胡散臭い。


「どなたの後見ということも考えてはいません。ご心配はありがたいのですが、私には必要とは思えないんです」

「――そうですか。ではお気持ちが変わるのをお待ちしています。いつでも神殿にいらしてください」


 用件はそれだけだったようで、腰をうかしかけた神官長にそういえば、と尋ねる。


「神殿の研究では帰還の儀というのは不可能なのでしょうか?」


 虚をつかれた神官長から笑みが消えた。そうして気付くのは思いのほか薄い唇と、神官らしくやせた顔が厳しく相手の目に映るということだ。

 神官長の微笑は、元の世界のそれのように無意識に自分をよろうものか。

 ただ一瞬だけ素を覗かせて、神官長はすばやく立ち直った。


「それは完成させたとは聞いておりませんが、何故そのようなことを?」

「あ、ええ、召喚と再召喚は陣があるのだから、帰還も陣があるのかと思っただけなんです」

「ございませんな。そして、元の世界に戻られた方もおりませぬ」


 朝から失礼しましたと再度頭を下げて神官長は神殿に戻った。

 婚約してからこちら、何だか嫌な風が吹く。

 神官長の最後の言葉は柔らかいのに、時間が経つにつれてじんわりとしみこんでくる。


 そして朝の件は国王に筒抜けだった。




 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ