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41  東へ、王城へ

 山の冷気で目が覚めた。小屋の中央の床で眠った体は痛む。

 傍では片膝を立てて座った姿勢の団長が剣を抱いている。見上げると茶色い瞳と目が合った。


「お早う」

「お早うございます」


 背中に手を当てられてゆっくり起き上がると、昨夜唇を合わせたことが思い出されて顔がまともに見られなくなってしまった。

 そんな様子をよそに馬を見に行った団長が水を汲んで戻り、簡単な朝食を取った。


「馬にも燕麦と林檎が積んであった。昨日の男は傭兵ということだがあれは?」

「ええと、本当に傭兵さんのようです。契約して、脱出を手伝ってもらって……」


 ここまで言って団長の眉間の皺が深くなり、娘はそれ以上続けられなくなった。傭兵は報酬次第で主を変える。そんな得体の知れない人物を信用するのはどうか、と非難をされた。

 団長の言うことは正しい。ただ腕は確かなのは腹立たしいが自分の身をもって知っている。それに、話をして本当に悪い人には思えなかったという漠然とした印象もあった。

 団長はため息をつく。


「確かに腕は立ちそうだった。傭兵は一流になるほど口は固いし仕事は確かだが」


 娘はあの傭兵の本名を教えてもらったことと、今は手元にない品物を届けに来るだろうことは黙っていた。あれは傭兵と自分の契約であり、勝手に名前を教えることはなんだかルール違反のような気がしたからだ。

 食事が終わると人のいた気配を消して、再び馬で移動を始める。


「どこに行くんですか」


 少し速度が落ちた時に尋ねると、横乗りの体を引き寄せられ耳元で囁かれた。


「俺の実家。そこに騎士団の一部を駐留させている。準備が出来次第、俺は東へ向かわれている陛下の軍に合流する。あなたは騎士に護衛をさせて王都に向かえ」

「王都」

「皮肉な話だが王城が今は一番あなたには安全だろう」


 二人とも王城に行く意味の重さに沈黙し、馬の駆ける音と風の音だけを聞く。

 娘は首をよじって団長の方を向いた。


「私はそこから逃げたのに」

「分かっている。だが、あなたには――伝説の娘には王都にいてもらわないと困る。

 あなたは召喚された後陛下の叔父上である大公のところに招かれた。滞在中に騒乱がおきそうになったので王都に戻ったという筋書きになる。

 東の滞在も王都への帰還もあくまで王族間のつきあいという体裁だ。

 でなければ要らぬ憶測を呼ぶし、他国が介入する口実にもなってしまう。あなたは王城にいて、陛下側の陣営だと広く知らしめる必要があるのだ。

 陛下には全てを話す。王城では不安なのは承知しているが、どうか待っていて欲しい」


 王城に戻れば二度と逃げ出せないような警備と監視体制になるはずだ。黒髪黒目の現状では国王の伴侶と目される。そんな状態で団長が国王に話をしても、黙殺されてしまうのがおちなのではないだろうか。

 前を見ていた団長が、視線を落とす。不安げな娘のそれを認めて口の端が歪んだ。


「俺はあなたを手放さない。守るつもりでもいる。だが公私混同での任務の逸脱と陛下への不敬、反逆の罪で俺は死を賜るかもしれない。今回の進軍で戦死するかもしれない。

 これが終われば団長の職は辞するつもりだ。田舎に小さな所領があるから、命があればあなたとそこででも暮らそう。

 もし、俺が死んだらあなたには好きなように生きて欲しい。陛下とならそれでもいい。逃げるのならさっきの所領の権利証を譲るので好きに使ってくれ」


 命があり、動けるうちは守り抜いて誰にも譲るつもりはない。ただ罪人になり死罪や幽閉になれば手が出せない。娘を見習って脱獄脱出は試みるし、王弟の殿下や妹や副団長には後を頼むつもりではいるが、二人で生きていけない未来であれば娘の意思に任せるよりほかはない。

 団長は服をぎゅっとつかまれたのを感じる。


「反逆って……」

「あなたを、王妃になる人を掠め取ったら姦通、ひいては陛下と国に弓引くと取られて当然だ」

「私は、王妃にはなりません」

「それでも、どう取るかは陛下次第だ」


 少なくとも大公の件が片付くまでは命は取られないだろう。団長としての使い勝手の良い駒は失えまい。その後は。陛下の本質は分かっているがこと娘に関しては予想がつかない。


「私は、あなたじゃないと……」

「それがどれだけの殺し文句か分かっているか?」


 娘を強く抱き寄せて照れ隠しに馬の速度を上げる。こんな風に二人だけでいられるのは、もしかすると今日限りかもしれない。

 そんな不吉な予感を胸に団長は馬を急がせた。



 短い休憩を挟み、団長はともかく娘も馬も疲労が隠せなくなった時に、ようやく団長の実家に到着した。実家とは広大な敷地を持つ、それに対してはやや小さいかと思われるが堅牢な印象の館だった。

 馬を下りた団長が娘を抱え下ろすと、待ちわびていた騎士団員達が走りよる。


「団長、ご無事で」

「次の鐘で出立する。皆準備を整えろ。半数は別働隊として王都に戻る」

「王都にですか」

「この方の護衛をしてもらう」


 団長は団員達の方に向き直った。腕に抱いている娘を見てはじめはその面影に、次に髪と目の色に驚愕した団員達はその場に膝をついた。

 娘は団長に下ろしてくれるように頼むが、疲れているのだからと聞き入れられなかった。仕方なくその体勢のまま、団員に話しかけた。


「膝をつかないで下さい。面倒をかけますがよろしくお願いします」

「勿体ないお言葉。王妃様とは知らず、ご無礼の数々をお赦しください」

「王妃じゃありません」


 え? と顔を上げた団員達にもう一度王妃じゃない、と繰り返したところで男性が団長を呼んだ。そちらを見ると、厳しい顔付きの男性が玄関に立っている。白髪交じりの茶色の髪の毛と、こげ茶の瞳は団長に似ている。

 小さな声で父だ、と教えられた。

 団長の父親は息子とその腕に横抱きにされている娘をじっくりと眺め、ゆっくりと近寄ってくるとやはり膝を折った。


「ようこそおいでくださいました。我らが命に代えましても御身をお守りし、王都にお連れいたします。

 護衛の団員の人数は減らしてよい。ここから私兵を割くので団員は連れて行ってやれ。陛下のお側で軍功をたてる栄誉を奪ってはならぬ」


 前半は娘に、後半は息子である団長に話しかけた団長の父親は娘の許しを得た後で立ち上がり、館の中に一同を招きいれた。

 団長は軽食を用意させて浴室で髪の毛の色を戻し濡れ髪のまま食事を詰め込んだ。慌しく書類を用意し、手紙を何通か書き上げた後で甲冑を着込む作業に移った。合間に王都と進軍している陛下の様子、東の現状についての情報交換をする。


 父親は着替えの最中に部屋に入ってきてその様子を椅子に座って眺めている。かつての騎士団団長でもあり息子を鍛え上げた父親は、騎士団を引退し爵位を守る身となった今でも畏怖と尊敬の対象でもある。あとは頭部だけとなった時に人払いをして二人きりになる。


「なぜお前が伝説の娘と一緒にいるのだ」


 鋭い詰問に、団長は手短に事情を説明する。この父親には今でも頭の上がらない部分がある。

 王城から抜け出た娘が東の大公に捕らえられたのを救い出した、まで説明をした。


「……そうか」

「道中さりげなくでいいから、あの方が王都に向かっていると広めてはもらえないでしょうか」


 探るような視線の父親に対し、団長は大まかに筋書きを話す。ふむ、と顎に手をやり考えた父親が承知したと呟いた。

 そこにやはり着替えをした娘が入ってきた。父親に会釈をして甲冑に身を包んだ団長を見上げる娘に頷いて、団長は父親に少しだけ席を外してくれるように頼んだ。礼儀にのっとり、わずかに扉は開かれたままだ。

 団長は娘の手を取り、その服を眺めた。


「妹のものだ。懐かしいな、よく似合っている」


 甲冑の金属の部分をそっとなでて娘は頭を上げた。


「お気をつけて。――王城で待っています」

「必ず、あなたのところに戻る」


 身をかがめてそっと唇を重ね、手をはなした。用意した書類とともに印章つきの指輪を渡す。感傷的な意味合いと共に、公的な書類の簡易的な相続人の証明ともなるそれを娘に握らせた。

 鐘の鳴るのにあわせて玄関に移動すると、愛馬とともに騎士団員が揃っていた。

 父親と護衛に選別した団員に挨拶をする。


 娘の前で膝を折り、手を取ってその甲に口付ける。騎士が行うのに不自然な行為ではない。ただ二人だけがその意味合いを知っていた。

 立ち上がって頭部まで甲冑を装着し、馬に乗る。全員が馬に乗ったのを確認して出立の合図をした。

 甲冑をつけてしまえば視線は見咎められない。

 狂おしい想いで、父親の横に立つ娘を見つめる。


 想いを伝えあったばかりの人を残し別れ行く。その辛さは言葉にできない。

 一刻も早く陛下と合流して大公殿下と対峙して、騒動をおさめねば。

 その後は状況がどうなろうとも、陛下に――。

 団長は前を向いた。東へと。



 娘は隊列が小さくなり視界から消えてしまうまでずっとずっと見つめていた。

 甲冑に身を包み、剣や槍で武装した――馬まで戦のための装備になっている――彼らを目に、記憶にとどめようとした。

 芝居ではない、叔父と甥の覇権をかけての戦いになる。誰かが傷つき、誰かが死ぬ。その人達は敵でも味方でも誰かの大切な人で、今の自分のように無事を祈る人がいるかもしれない人で。

 どうしてこんなことをするのか。大公にも国王にも、団長にすら届かない疑問を胸のうちで呟く。


 いつまでも正面玄関前から動こうとしない娘に付き合って、父親も立っていた。

 久しぶりに目の当たりにする希少な色合いの髪の毛と目の色。王城を抜け出たという、ありえない行動をとった挙句に東から脱出してきた娘はなるほど目力が強い。

 

「館に入りませんか。今夜はゆっくりしていただいて、明日王都に向けて出立いたします」


 娘は最後にもう一度だけ、騎士団が去っていった方角に目をやった。


「――はい。お世話になります」

 

 少しだけ目が潤んで声が掠れている。

 娘の手を取り案内しながら、父親はこの動揺が何に起因するのかを考えていた。

 戦への恐れか。顔見知りが危険に赴く感傷か。それとも。


「妻は亡くなり娘も王城ですので、女主人がいなくて行き届きませんが精一杯おもてなしをさせていただきます」

「お構いなく。私にできることがあればおっしゃってください。これでも食堂勤めをしていたんです」


 聞けば元の世界ではなく、こちらで働いていたという。確かに型破りだ。

 それは悪くないと父親は思う。着替え一つできないお嬢様ではないようだ。


「では王都に連れて行く侍女の数を減らせるでしょう。使用人にはここを守る責務がありますから助かります」


 東で戦になればどう飛び火するか分からない。武においては国王派の筆頭ともいえる家なので、この機に乗じようとする輩がでないとも限らない。伝説の娘を、王妃になる娘を安全に連れて行くためには当主たる自分は勿論同行する。

 留守を預ける使用人、私兵ともども鍛えてはいる。それでも人数は多いに越したことはない。

 


 手入れは怠っていない愛用の剣を、また今夜磨き上げようと思いながら父親は娘を客室に誘った。

 伝説の娘が滞在するという栄誉に、いつもは静かなこの館がわきたっている。

 それは先程までいた騎士団員達に対する興奮とは比べようがない。

 黒髪黒目の持つ威力はそれほどに大きい。

 息子はさりげなくと言ったが、王妃の道中をさりげなくなど無理かもしれない。


 王城への使いと街道上の上宿の確保の手配をしながら、算段をつける。王妃――伝説の娘の道中なら途中の貴族の館に宿泊するのが常だが、敵味方の区別が難しい状況に加えて、今回は何よりも速やかに王城に入る必要がある。

 あれこれと理由をつけられ引き止められたり、自分が護衛の筆頭になることを詮索されるのは不愉快だ。


「なら、探りを入れてきた貴族や寄って来る民にほのめかす程度でよかろう。御方にはベールでも付けていただこうか」


 まあ、私に聞いてくる度胸のある奴はいるとは思えんが、と一人ごち父親は娘の世話を侍女に申し付けた。




 息子によく似た、それよりも厳しい顔つきの元団長が馬車の隣を馬で付き従ったせいか。娘の王城入りは速やかに、つつがなく行われた。

 王弟殿下と騎士団本部残留組に請われて、父親が王城に留まったのは自然ななりゆきだった。

 



 

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