04 罵詈雑言は胸の内?
娘はあてがわれた部屋の寝台に座って、さっきの話と今後のことを考える。
再召喚は数ヶ月先のことらしい。
神官が元の世界に戻す陣を作り上げられなければ、それまでここにいざるをえない。
逃げたり、自分で自分を痛めつけるようなことをすれば世話をしている者を処分する、とあの国王は脅してきた。
「あの人、最悪だ」
誘拐犯で脅迫者で、傲慢で身勝手で俺様で……。
国王に対しての罵詈雑言はいくらでも出てくるが、引きずられると考えがまとまらないので、ひとまずそれについては置いておく。
とりあえずはあの国王と顔を合わさずにやり過ごす手段を考えなくては。
娘は頭の中で、色々な可能性について考える。
再召喚で無事に国王と結婚してもいいという、奇特な娘さんが現れた場合は何も言うことはない。全力で祝福しよう。
ただ、すんなり戻してもらえるかが心配だ。帰還とでも言えばいいのか、それが可能ならよし。不可能ならどうなるか。
世界に黒髪、黒い瞳の娘が二人いては不都合だろう。
髪を染めて事情を口外しないことを条件に、見逃してもらえるというのが最も穏便な処置だ。
召喚の事情が漏れないように幽閉されたり、最悪殺されたりするかもしれない。
ここでの死が元の世界でどんな状態に当たるかは分からないが、最悪な終わり方としてはそんなところか。
再召喚できなかった場合はもっと厄介だ。その時でも、俺様国王と結婚する気になるとは思えない。
嫌がり続けて、それが通るだろうか。
万が一無理やりなんてことになったら、殴るか蹴るか抵抗して逃げ出そう。
正当防衛の名の下にはどんな暴挙も許されるだろう。と言うより自分が許す。
結局どちらに転んでも、城を逃げ出して髪は染めるなりしてどこぞでひっそり生きていくことになりそうだ。
そのためには何が必要か? ――情報とお金だ。
この世界や国のこと、生活様式、貨幣価値。それらの知識を身に付けて、城を逃げ出してどこかに落ち着くまでの資金を稼ぐ必要がある。
言葉は耳につけた飾りで不自由していないけれど、逃げ出した場合この耳飾りを目印に手配されないとも限らない。
日常会話くらいなんとか覚えないといけないか。習得できるかな? すごく難しそうだけど。
再召喚まで城から出してもらえないのなら、城の中で働きながら色々覚えるしかないと結論付けた。
「見ていなさい、絶対に逃げ切ってやる」
娘は決意して明日からの計画を練りつつ、寝台に入った。
翌朝、例の女の人――聞けば娘付きの侍女らしい――に起こされて、顔を洗ったり着替えたりした後で朝食を取った。
侍女は顔色が随分よくなったと喜んでいた。
数か月後をめどにここから逃げ出すのだから、時間を無駄にはできない。
朝食の後で、侍女に切り出す。
「あ、の、陛下って言うんですか、国王から好きなことをして過ごせと言われています。まず、こちらのことを勉強したいんです。地理とか、この国のこととかが分かる本はありますか?」
この侍女は、昨日の様子からは盲目的に国王に従っているようには見えない。むしろ国王のことをしょうがないとでも言いたげだった。
この人は味方に付けておいたほうがいい。この人から色々なことを吸収しよう。
娘の目論見を知ってか知らずか、侍女は娘が少し前向きになったことを喜んだ。
「ええ、図書室には沢山本があります。部屋からは出すなと言われておりますので、直接図書室にはお連れできませんが、興味を引きそうな本を借りてきましょう。時間を決めて教師を呼んでもいいですわね」
そうしてもらえたら、好都合だ。
娘は教師に教えてもらいたいと頼み、ついでに国王とは顔を合わせたくないと正直に話した。
昨日の会話を聞いていた侍女は察してくれた。
「大丈夫です。陛下はあんなにきっぱり拒絶されたことなどございませんから、当分はこちらに足も向けないと思います」
当分といわずずっと足を向けないで欲しい。
娘は切実に願った。
侍女が手配してくれたのだろう。教師がきてくれて部屋での勉強が始まった。
この大陸、国、国王のことや政治経済、語学など全く知識のない娘に根気よく、丁寧に教えてくれる。
早く知識をつけて、次にはこの世界でどんな仕事ならやることができて、それでどれだけ稼げるか確認しないとと、娘は限られた時間内でやることの多さに少し焦り気味だった。
試しに耳飾りを外した途端に、侍女も教師も言っていることが全然分からない。
まずいと思い、耳飾りをつけたり外したりしながら簡単な挨拶から教えてもらった。
この年からの語学習得なんて、勘弁してほしい。それもこれもみんな国王のせいだ。
「そうだ、国王のせいだ。国王の勝手野郎。俺様、自信過剰、うぬぼれや」
耳飾りを外して日本語で国王の悪口を言うのが、軟禁状態の息抜きになっていた。
侍女の読みどおりに、国王が顔を見せないのが救いだった。
昼間は気を張っていても、夜はふっと弱気が顔を覗かせる。深夜になるとどうしても泣いてしまうことがあった。
異世界に一人でいることが怖かった。孤独に押しつぶされそうな気分だった。
残してきたものが多すぎて、元の世界への思慕で胸が苦しくなる。
「帰りたい、帰りたい、帰りたい」
枕に顔を押し付けて泣き声が漏れないようにして、娘は泣いた。
そして国王を恨むことで自分を保とうとした。