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36  当面は

 この人が国王の叔父。黒い噂の渦中にある人かと娘は考える。

 東には誘拐で連れてこられた。召喚よりももっと直接的な犯罪だなと思うと、叔父と甥で底辺争いをしているようで皮肉だ。


 ようこそと言われても好きで来たわけじゃない。ここで突っかかっても大公の考えが分からない今は、上手くない気がする。第一あの傭兵が『できるだけ下手に出て、せいぜい持ち上げてやるのが得策だよ。きっと色々しゃべってくれるはずさ』と理由は分からないけれど、アドバイスめいたことをしてくれたではないか。

 それをあわせて娘は軽く礼をするだけにとどめた。

 大公は気にするでもなく、娘に椅子をすすめて長いテーブルで向かい合わせに座る。


「本来ならあなたが上座だろうが、まだ婚儀はあげていないのでこちらでよいか?」

「お気になさらず」


 給仕が運んできた皿が次々にテーブルに置かれていく。皿も凝っていれば料理の盛り付けも美しい。でも食堂で主人夫婦と囲んだ食事の方がずっとずっと楽しくておいしい。そうは思いながらも騎士団と港町の食堂で働いた身だ、料理を作る人の大変さと情熱はよく知っている。きっとここの料理人だってそうだろう。そう思いながら食事に専念した。


 食事をする大公は国王に似ている。指先にまで染み付いて息をするくらいに自然に優雅な仕草だ。ただ身にまとう雰囲気は違う気がする。国王と比べて底知れないというか、容易に尻尾はつかませてくれそうに無い感じだ。食事の会話も当たり障りがないことからも、外見は違ったが内面は狸親父かもしれない。

 食後に別の部屋でお茶をと誘われる。こちらで本命の話があるのか? 通されたのは壁紙の張られた王城の一部かと思われるくらいに洗練された部屋だった。


「ここは防衛目的から石造りだが全てそうだと気が滅入るのでね。小さな部屋くらいは今いる場所を忘れたいと思っている」


 こちらの方が女性むきだと続けられると、納得してしまいそうになる。

 出されたのはお茶だったが、大公の方は香り高く濃い茶色の……娘の視線に気付きカップの中身をよく分かるように見せてくれた。


「東の交易路を通って遠方から運ばれた飲み物だ。苦いが眠気を払い、集中力が高まるとされている」

「知っているものと同じ気がします。コーヒーと呼ばれているものです」

「名は違うが同じものかもな。試されるか?」


 少しだけカップに入れてもらったものに口をつける。まさしくだ。すぐにおかわりを注いでもらって、香りを楽しんだ。


「砂糖もなく大丈夫か」

「何も入れないのが好きなので。どうしてもの時は牛乳を入れるとまろやかになりますね」

「そんな飲み方があるのか。今度試してみよう」


 そこまで会話すると、大公は口の端を上げた。


「これであなたが伝説の娘本人と確認できたのか。高価で一握りの人間しか飲めないこれを知っていて、更に思いもつかない飲み方まで知っている」


 上手く誘導されたことにようやく気付いてほぞをかむ。国王基準で考えては駄目だ。大公のしたたかさははるかに上だ。娘の雰囲気が固くなったのに気付き、大公は少しだけ目を細めた。


「勿論その髪と目、神殿の耳飾で間違いないとは思っていたが、念には念を入れないと気がすまない性質でな」


 こんな大公を持ち上げて話を聞きだすのが可能なんだろうか。


「まずはご無事でなによりだ。わが国にとって大切な存在をいつまでも市井には置いておけなかったので、いささか乱暴ながら御身を保護させてもらった」

「いささか、ですか」

「傷一つなくと条件をつけていたので。見たところその通りのようだが」

「身体にはですね」


 でも心の方は、と胸のうちで続ける。国王の召喚も、団長の捜索も、大公の誘拐もどれも自分の意思は綺麗さっぱり無視してくれちゃっている。


「いつから監視をつけていたのですか?」


 人払いがされたのを期に本題に入る。下手に出て情報をさぐるよりもまずは直球だ。


「王都で一時見失ったのは事実だ。春先だろうか」


 その後で傭兵が契約をして食堂に現れたというところか。では秋と冬だけは本当に自由だったのだ。

 

「何故今回無理に連れてきたのですか」

「王城の意向を探っていたのと、こちらの準備がある程度整ったので」

「たくさん傭兵を雇ったと聞いています。国王の叔父が何故そんなことをするのですか」

「あなたは甥を、あれをどう思う? 私には甘やかされて育った子供にしか見えない。優しい子だったが、それだけでは国を支えるのは無理だ」


 だから、もう一人の甥を使って試した、と。娘は国王の首の傷を思い出す。文字通り国王の心身を傷つけた出来事の首謀者が目の前にいて、そのことを隠そうともしない。


「血が繋がっているのでしょう」

「だからこそ見える欠点もあるのだ。即位して、なるほど執務には成果を上げるようにはなった。だが肝心の中身はどうだ。あなたへの文言は聞き及んでいるよ」


 第一、と大公はカップを持った手を広げ、反対の手で部屋を指し示す。


「私をこんな防衛の要においておくとは愚の骨頂ではないか。ここは王家の所領なのは間違いない。兄の代から私がここの主なのもな。

だが、即位の騒動を経てもなお閑地にやらずここに私を留める。まるで……騒動を起こすことを期待されているのかと思うくらいだ」

「それでも、国王の血縁の方がこんなことをすれば、影響力ははかり知れないのではないですか」

「そうだ。私は国内で国王に不満を持つ者達の希望の星らしい」


 おかしい。これではわざと騒動を起こそうとしているかのようだ。


「国王は中身は子供。その弟は外面を繕うのは上手いが、まだまだ未熟。それが兄の子供だからというだけの理由で王城の主に納まっている。私は彼らに最も近い血縁ながら、決して王冠を手にできない」

「指をくわえて見ているよりは、いっそ」

「いかにもな理由だろう。私は俗物だからな。思いっきり低俗になろうと決意したのだ」


 娘は大公の意図がどこに向かっているのかわからなくなった。

 血縁の甥である国王を追い落として自分が王位につくつもりなのは間違いない。それが積極的な欲求なのか、周囲をかんがみての消極的な選択なのかがはっきりしない。

 大公の国王は子供だという発言には、うっかりというかしっかり同意してしまいそうになる。


「あなたも甥には悩まされている。甥とてあなたは手に余るらしい。だから当面はこちらに滞在していただこう」

「私をどうするつもりですか」

「当面は何も。その後は状況次第、最終的には……これはまだ明かすつもりはない」


 侍女頭を正式に娘につけること、他にも専属の護衛をつけることを告げられた。

 部屋も移るようにと勧められる。


「あそこでは逃げ出せないだろう?」


 笑い含みに言われて遊ばれていると感じる。

 狸も狸だ。国王などこの叔父にかかればひとたまりもないかも知れない。

 神に祈りを捧げる時間だからと、話は切り上げられた。この大公は宗教に熱心なようだ。


 部屋を出て騎士に先導されて歩きながら思う。自分がここに連れてこられたのは、大公の『準備』が整ったから。今までの影にかくれるやり方から前面に立つ方向に方針を転換したから。

 準備は間違いなく内乱のことだ。戦力としては、ここを長く治めている経緯から私兵、傭兵にくわえてここの警備兵も手中なのか。まんまと戦争の中心に連れてこられてしまったわけだ。

 大公は自分を利用しようとしている。どんな形の利用か。

 当面は自由、その後は流動的、最終的な着地点だけは大公の胸のうちにあるようだがそれは分からない。



 押し黙る娘に配慮してか、侍女頭が声をかける。


「ご気分でもお悪いのですか?」

「……いいえ、初めてお会いしたので緊張してしまったのかも」

「大公様は威厳がおありになるから仕方のないところではありますが」


 案内されたのは建物の三階、広いバルコニーのついた部屋だった。王城の客室程は広くはないが趣味の良い部屋だ。港町の部屋に慣れた身にとっては、広くてかえって落ち着かなくなりそうだ。

 長椅子に座り、淹れてもらったお茶を飲みながらさてどうしようと考える。当面はなにもされない。監視付だろうが自由に動いていいのだろうか。どのみち、ここを知らないことには動きようが無い。


「ここを見て回りたいんですがいいですか?」

「はい、大公様からもお心に沿うようにと申し付けられています」


 バルコニーから下を見ると、中庭に面しているようで芝生が見えた。さすがに砦をかねているので花壇や庭園といったものはないように思える。芝生と、中庭の象徴のように生えている木の緑がささくれそうになる娘の心を落ち着かせてくれる。


 港町ほどではないが、夏の日差しは眩しい。

 侍女頭からベールでほどよく顔をかくす形の帽子を渡されて部屋を出る。廊下では帽子は手に持って、行儀が悪くならない程度に周囲に視線を走らせる。階下はまた堅牢な石造りで、主の階と思われる上とは様子が違う。

 衣装も装備もばらばらな、鍛えた体つきの男性が目につく。傭兵だろう。

 油断なく歩いていて、こちらにも鋭い視線をよこす。何の表情もなく行きすぎるのが他国の者、黒髪に目を見張るのがこの国の者だろうとそのうち見分けがつくようになった。

 


 国境の川沿いに築かれたこの砦兼城は国境側には堀を作る必要はない。川から自国側には堀に水を引き入れている。

 物見と移動を兼ねた屋上の通路を歩いて、対岸の景色に目をこらす。船は結構行きかっている。見たところ橋はかなり遠くに見えるだけだ。

 護衛をしてくれている騎士に聞いてみる。


「傭兵さんもこの監視などにあたっているんですか?」

「これらは常駐の警備兵があたります。大公殿下は他に私兵もお持ちですがそちらは主に殿下の周囲に配置されています。傭兵はまず入り込めません。

よほどの、そうですね傭兵隊長として認められるような人物ですと、発言が許されたり傭兵をまとめたりします。

傭兵は基本統制のとりにくい集団です。ですから傭兵には傭兵をあてて指導したり、統率をはかったりします」


 また船が見えた。乗客は旅人が多いが中には明らかに傭兵と思われる人もいる。

 まだ王城にいる時から、少しずつ東に傭兵が流れ込んでいるという話は聞いていた。あれから一年近く、もう隠すでもなく傭兵を堂々と引き入れ日に日に緊張を高めていっている。

 国王はこの挑発にどう対応しているのだろう。傭兵や大公の私兵はともかく。


「東の騎士団は、この流れをどう思っているんでしょうね」

「私には分かりかねます。私は大公殿下に忠誠を誓っておりますので」


 その言葉に東の騎士団の立場が厄介なのだと思う。すぐ近くには先の王弟で現国王の叔父たる大公、騎士団の本分は王家への忠誠。どちらの王族に忠誠を誓うのか。きっと思惑も混ざり合って一枚岩ではないのだろう。

 ここから騎士団に逃げ込む案は考え直さないといけない。


 国境側の川に飛び込むのも無謀だろう。自国側――自分にとっては自国ではないが――から逃げるには堀と砦の何層かの壁を越えなければならない。変装もしなければいけないし。この黒髪は悪目立ちしてしまう。

 刑務所から脱走する人はすごい。そんな感想をもってしまう。



 ただ諦めたらここで終わってしまう。

 最大の目標はここから逃げること、次の目標はなんとか王城に忠誠を誓っている騎士団と連絡をつけること、大公に利用されないようにすること。

 中庭に降り立ち、さっきまで上から見下ろしていた木を今度は見上げる。

 太い幹に枝葉が生い茂っている。その生命力に溢れた木を見ながら、娘はまだ負けていないと自分を奮い立たせた。




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