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26  祭りの前

 王城も城下の祭典へのにぎわいを受けて、どことなく浮足立っているように思える。

 時間だけはたっぷりあるので、娘は下働きや侍女の友人達からの手芸を請け負って、飾り物などを作っていた。祭典の外出着の丈を変えたり、裾にフリルを足したり、共布でリボンを作るなどだ。彼女達の仕事が終わって寝るまでの間に、彼女達の部屋に行っては請け負った品物を渡したり、細部への指示を受けたりしている。


 時間も潰せて気もまぎれるので娘はこの手仕事を楽しんだ。

 食事を持ってきてくれる侍女によれば、秋の収穫に合わせてやるこの祭典は春のものと並んで最も規模の大きなものらしい。


「国の内外から人が集まるんですよ」


 それが三日間続き、再召喚はその中日に行うと教えてもらった。いよいよだ。

 娘は二つに分けた品物を眺める。こちらに着てきた服と携帯、もう一つは小物と髪染めに加えて最低限の着替え、皮袋に入った貨幣と小さな短剣。

 

「こっちはできれば使いたくないな」


 逃亡用の荷物を、こもっている間に作った布製の鞄に入れながらひとりごちる。そして携帯の電源を入れて保存してある画像に目を通す。日常に撮影した写真や動画、もらったメール。たわいないそれらが胸に迫ってくる。


「帰ってちゃんとけじめをつけないと。法要も納骨も……」


 ここに来てからの月日を考えるとたまらなくなる。きっと親類がよいようにしてくれているとは思うけれど、自分も行方不明として捜索願が出されているかもしれない。帰れたら、そちらの対応も待ったなしなはずだ。


 ようやくここまできた。国王からあんな告白をされて、再召喚をしてもらえないのではと心配していた。侍女からそれはないときっぱり否定され国王からも再召喚についての書簡が届いたことで、それは杞憂に終わった。国王はどうやら侍女から相当つるし上げを食らったらしい。



 娘にとっての国王は最初から最後まで謎だ。人を人と思わない傲慢さは、国王という身分からは不思議ではないのかもしれない。

 死ねと言った後で拾い上げる真似をして、揚句好きだと言われても訳がわからない。国王から好かれる振る舞いなどしていない。むしろ嫌われるようなことばかりだったと思うのに。

 心は頑ななまでに帰還に向いている。国王と人生をともにする気にはなれない。

 それを承知の上と国王は告白してきた。どうなるものではないのを知っていながらの告白は、自分勝手にうつる。ただ気持ちを伝えたいだけとすれば、その欲求は分からないでもない。応えられないけれど。


「再召喚か……」


 寝台にごろんと寝転んで、誰も聞く人がいないので最近増えた独り言がでる。

 枕を抱えて横向きになり、荷物を見つめる。帰れなかったら、ここから消えられても元の世界ではない世界に飛ばされたら。口にしたら現実になりそうでそれらは考えるだけだ。そもそも召喚の原理自体よく分からないのに、今回は同時並行での帰還だ。



 神官からは儀式の前にこちらに召喚できた品物で事前に試してみると言われている。どうやって元の世界に戻ったのを確認するんだろう。素朴な疑問には、軌跡を追ってみると返事があったがどんなものなのか想像がつかない。

 自分にも応用されるのなら、元の世界の座標とか自分の位置が把握されてしまうんだろうか。GPSのようなものかと勝手に解釈しているが、実際は分からない。神殿の研究班は今回のことを千載一遇のチャンスとして、血眼で研究に勤しんでいると聞いている。

 召喚や再召喚が普通に行えるのなら、異世界からの発明品とか武器が召喚できるのかと危惧しているが、そこは伝説の娘関連の制約がどうとかあいまいなようだ。


 失敗した場合のことはできるだけ考えない。そちらに引きずられてしまう恐れがある。今は心を強くして、元の世界へのベクトルを大きくしなければ。誰も見ていないのにぶん、と力強く頷いて荷物を仕舞った。




 団長は執務をしながら、時々机に視線を落とす。正確には机の引き出しのあるところに。

 最後の書類を仕上げてペンを片付け、肩をほぐして伸びをする。昼食を取った後は祭典の警備の最終確認と、中日の再召喚の儀式への立会い確認をしなくてはならない。気付けば祭典ももう間近だ。

 そこに従騎士に籠を持たせた副団長が入ってきた。娘がいなくなっても食堂に足を運ぼうとしない団長のために、こうして昼食を持ってくるのだ。籠から出されたものを目にして、団長は少しだけ眉をしかめた。


「す、すみません。お気に召しませんでしたか?」


 睨まれたと思ったらしい従騎士が見当違いの謝罪をするのを、慌てて打ち消す。


「いや、簡単に食べられて美味いと気に入っている」


 団長の言葉にほっとした表情を見せて、従騎士は支度を再開した。お茶は団長が淹れて従騎士は部屋を出て、副団長と二人きりになった。副団長は今日の昼食を手に取り、団長を見やる。


「お前、まだこだわっているのか? 昼食の内容に不機嫌になるなんてな」

「そうではない」


 それは娘が以前に作って持ってきた軽食だった。今はそれが改良されて、騎士団の昼食の献立になっている。手軽に沢山の食材を一度に食べられると好評で、厨房のまかないから騎士団の正式な献立に採用されたものだった。


「美味い。これがあの方の置き土産になるかもな」

「……そうだな」


 もそもそと口に入れる団長は機械的に返事をする。今のこいつに尻尾があったら、下向きでうなだれているだろうと副団長は想像してもあまり可愛らしくない光景に、顔をしかめた。どうせ考えるなら馬のことだけにしたいものだ。


「で、いつ渡すんだ? 机の引き出しをちらちら見てはため息をつかれると、こちらが滅入る」

「俺はそんなことはしていないぞ」

「自覚なしか? ますますお手上げだな。ほら、午後は本宮に行くんだろう。さっさと渡して来い」


 副団長から背中をおされて昼食を終えた団長は机に戻る。かけていた上着を羽織り、帯剣する。そして一番上の引き出しをあけた。

 いささか無骨に包装されているそれをしばらく眺めてから手に取り、上着の隠しに収めた。


「行ってくる」

「ああ。なあ、言ってくるでもいいんだぞ」

「抜かせ」


 軽く睨まれても副団長は真面目に見返す。冗談にでも紛らわせないと、澱のように溜め込んでしまうのは承知しているからだ。


「祭典前に飲もう。一晩中でも付き合うぞ」

「男に付き合ってもらって何か楽しいか?」

「うん? 女に付き合ってもらいたいのなら誰かに声を」

「止めろ、俺が悪かった」


 団長室の窓から本宮へと向かう後姿を眺めながら、団長の淹れたまずいお茶を飲む。

 祭典が始まると騎士団は問答無用に忙しくなる。要人の護衛から祭典への配置、王城内外の酔っ払いや騒動の対処など内容は多岐に渡るが、その三日間は春の祭典と同様に最も忙しい日々になる。

 今回はそれに加えて神殿での儀式がある。団長はそちらに取られてしまうので、副団長がその他の指揮を執らなければならない。


「今回の祭典は荒れそうだ」


 色々な意味で、と呟いて副団長は我慢できずに自分でお茶を淹れなおした。

 こんな渋いのを飲んでいたら口が曲がる、と秀麗な顔に似合わない悪態をつきながら。



 宰相や国王、王弟と祭典関連の確認事項に承認を受けながら、団長は国王の様子を観察する。

 金色の髪の毛も青い瞳もきらめいているはずなのに、表情が冴えないせいかくすんで見える。このところ祭典のための前倒しとしても根をつめて執務をしていると聞いている、そのせいか。ふと目の下のくまに気付く、眠れていらっしゃらないのか。

 国王も話したいことがあったのだろう、ひと段落した後で二人きりになった。


「陛下、お疲れのご様子ですが」

「そうか? 夜あまり眠れないからその間も執務をしているせいかもな」


 御身お大事にと言いかけて青に見つめられる。

 側についている時間は長いのに、最近急に意外な表情を見せるようになった。今もそうだ。


「陛下?」

「何かしていないと、どうにかなりそうだからな」


 大人びた表情で国王が呟いたのに、胸を突かれる。そう思ったのに国王の言葉は逆だった。


「いつまでも子供で、いい加減嫌になる。どうすれば一人前になれるのだろうか」

「陛下が子供、ですか?」

「子供だろう。どれだけあれを傷つけて振り回しているか。自己満足で気持ちも押し付けて、大人のすることとは思えない」


 だが、と続けた国王は楽しそうでもある。さっきの憂いを帯びた表情から、変わっていくのに目が離せない気がする。こんな顔もなさるのか。


「目標は定まっているから。あとは相応しくあるために努力しないといけないが、これがまた難しい。空回りして後退している」

「そうおっしゃる割に楽しそうですね」

「命令では手に入らないのだ。努力が、しかも報われそうにない努力が必要とはな」


 落ち込んでいたかと思えば、妙にすっきりした顔にもなる。団長はもしかしたら今の自分も副団長からは同じようなものなのだろうかと漠然と思った。もし副団長がいれば、お前は落ち込んでいるだけだろうと突っ込んだだろう。

 

「そういえばあれに護身術を教えたのはそなただったな。いや、あれは効果的だった」

「へ、いか」

「先日ようやく唇の腫れが引いた」


 国王と娘の一件は王子と妹から聞かされてはいたが、当の本人が怒りもせずにいるのが信じられない。

 いかに伝説の娘とはいえ、国王を害してはならないはず。それをとがめないのは国王の想い故か。

 

「もうすぐ祭典だな。これが罰なのだ。傲慢な自分への罰なのだ」


 自分に言い聞かせるように、国王が一言ずつ区切って言葉を口にのせる。あんな最初でなければ、あるいは今頃はと思っているのだろう。


「いや、最初に暴言を吐かなくてもあのままの余なら、遅かれ早かれあれには見限られていたはずだ。それなら余の欠点を自他ともに認めた上で帰すのが、もっとも皆のためになるのだろうな」


 そのために神が選んでよこして、また連れ去ろうとするのか。

 国王は成長するだろうが、同時に痛みも抱える。半分は自業自得としても半分は残酷な仕打ちに思える。


 団長は黙って国王に相伴する。そして上着の上から包みをそっとなでた。

 さっきまでは自分で渡すつもりだったが。




 夜、娘の部屋を訪れたのは侍女だった。


「これを兄からことづかりましたの」


 そう言って渡された小さな包みを侍女もいる前で開けると、中から騎士団の紋章をかたどった装飾のハットピンのようなものが出てきた。

 これは、あの武器屋で頼んだ品だ。騎士団の紋章は精巧に作られていて、中に黒い石がはめ込まれている。侍女も横から見てできばえに感嘆の声を上げた。


「これはどう使うんですか?」


 侍女の前で服の胸の布をつまんで、針を刺す。布をくぐらせて表に出てきた針先に外したキャップをはめる。


「まあ、素敵です」


 ただ下働きが騎士団の紋章のピンをつけているのは違和感がある。娘は雑貨屋で買っておいた鎖をとり、装飾の透かし彫りを施した部分に鎖を通して首からかけた。服の下にいれこめばいつでも身につけておける。


「いい記念品になります」


 服の下から取り出して、娘はそれを眺める。召喚されてからの月日、自分がここにいた証が手の中にある。これは再召喚でも身につけて元の世界に持って帰ろうと考えた。

 そしてこれを侍女が持ってきたのが残念だった。団長には、副団長や騎士団の人達、食堂の監督や一緒に働いた人達にもきちんと挨拶をしたかったのにそれはかなわないことがはっきりしたからだ。

 再召喚がどう転ぶか分からない。ただ自分なりのけじめとして挨拶はしておきたかった。


 侍女が出て行った。鎖がしゃらりと音をたてて首周りをすべる。

 全ては祭典で。運命の日はもう間もなく。




 

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