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24  奔流

 雷雨から日は過ぎた。


 団長の側に近寄るなが最近の団員の合言葉になっている。知ってか知らずか、当の団長は執務と訓練と地方の騎士団との連絡など精力的に働いている。とにかくじっとしていられない何かのように、常にやるべきことを無理やりにでも見つけて取り組んでいる。


「おかげで仕事がはかどって俺は楽で嬉しいが、訓練は少し手加減してやれ」


 少々呆れ気味に忠告する副団長をちらりと見て、団長は書類に目を落とす。


「考えておく」


 このところ執務室か訓練場かのどちらかにしかいないようにして、時間を過ごしている団長の分かりやすい行動に副団長はため息をつく。

 決して馬場や食堂、護身術の訓練をしている部屋には近寄ろうとしない。おかげで団員は団長からの本気の訓練を受けて、泣きが入るほどに鍛えられ訓練の終了時刻にはぼろ雑巾かと思うほどに疲弊している。一番動いているはずの団長だけが立っていたりするのだから、恐れ入る。


 そして、来客がこようとも決してお茶を頼まずに自ら淹れる。そのためにお茶のまずいこと。副団長は地味に被害を被っていた。副団長が淹れようかと申し出るのに、何故か自分で淹れてそれを飲んで眉をしかめるのだから世話はない。


「お前、変な意地を張るのはよせ。あまりに徹底しているからかえって不審がられているぞ」

「意地など張っていない。今は陛下にとって大事な時間だ。それを応援しているだけだ」


 国王と団長は学友という名の幼馴染であったせいか、変なところでもよく似ている。

 違うのは権力の使い方だろう。国王は命令で、団長は主に武による技量で相手を従えて来た経過が異なるくらいだ。

 話題にするとまた機嫌が悪くなるのは承知の上で、それでも必要なので口にする。


「今日は護身術をやった。油断を誘えればかなり効果的な攻撃ができるだろう。他人に暴力を振るうのは慣れていない様だが、甘いことは言っていられないのも承知されているようだ」

「……そうか」


 副団長の言葉を聞き漏らすいまいと集中しているくせに、返事はいたってそっけない。忠義に凝り固まって動こうとしない親友に、内心度し難いと感じてしまう。

 雷雨の際のことは今では騎士団では知らぬ者がいない。それは娘を狙う騎士団員には、痛烈すぎるほどの牽制になった。あの行動だけで団長は見事に虫除けの役目を果たしたといえる。


 その後で、徹底的に娘を避けて八つ当たりのように訓練に没頭したので、今は違う噂がささやかれている。団長ですらと今度は諦めから、娘に近づこうとする者がいなくなったのも皮肉な話だ。

 当の娘は淡々と食堂の仕事をこなし、休憩時間に乗馬をしたり護身術を練習したりしている。表面上は前と変化はない。



 ただ馬の微妙な機嫌すら当てる副団長は、上手く隠しているが娘が少し変わったのに気付いている。

 それは護身術の指導が変わったと聞かされた時であったり、従騎士がお茶やお湯を取りに厨房に顔を出したのにいきあった時であったり。何も言わずに食事の下ごしらえと、皿洗いをしているが、団長同様に力が入っていて異様に早く終わっている。夕刻、騎士団本部から使用人棟に足を向ける際には、少しだけうつむいたかと思うと顔をあげて足早に去っていく。

 その足取りが使用人棟に近づくにつれ、重く鈍くなるのは報告を受けていた。


 団長の妹に探りを入れると、陛下との夕食の前後で気分が塞ぎがちに見えるらしい。陛下と娘の確執は多少なりとも承知しているので、毎日陛下と顔を合わせる憂鬱が日常にも及んでいるとするのは自然だ。それだけでないように思えるのは、親友贔屓にすぎるだろうか。

 だからといって進展があるはずもないのも承知している。

 全く厄介な。



 控えめに団長室の扉が叩かれ、入室の許可を得た従騎士が伝言を書いた紙を団長に渡す。

 それを見た団長が立ち上がって外出の用意を始めた。


「城下に出る。馬で行くからすぐに戻る」

「どこに行く気だ?」

「注文していた品を受け取りにいく」


 手短に言って外出する団長を見送り、仕上がった書類を確認しながら気を揉む。


「あの様子じゃ、とことん酒に付き合う必要があるか。あいつの好みの酒を樽で仕入れさせておくか」


 副団長は馴染みの酒場を思い浮かべながら、一樽、いや二樽で足りるかと新たな悩みも抱えた。




 神官は娘が覚書を読むのを見つめていた。夕方、仕事を終えた娘がわざわざ神殿まで足を運んで、門外不出で神官しか読むことを許されなかった歴代の召喚についての覚書に目を通している。最近のものから遡って読んだ娘が、顔を上げた。


「どの召喚も大変だったのですね」

「はい。状況を受け入れるまで、国王陛下を受け入れるまで、この世界に馴染まれるまでそれぞれに」

「でも、帰還を試みた例はないのですね」


 覚書には、伝説の娘と称された娘さん達の召喚の騒動が記載されている。


「それが分からない。何としても帰ろうと思わなかったのでしょうか。絶望がよほど大きかったからですか?」

「戦、疫病、迫害など王妃になった方々の証言からは、背景は様々ですね。お辛い思いを抱えていたのは間違いないですが」


 娘さん達の名前や年齢、元の世界の名称や背景、相手となる国王達との関係などが記された覚書はなかなかに突っ込みどころが多い。

 かなり強引に迎え入れた例や、反対に気持ちがほぐれるのを年単位で待った例など国王の性格によって対応が異なっている。どれを読んでも今回のようにいきなり牢に入れたり、記載していないだけかもしれないが暴言を吐いた例はないようだ。召喚されたのは国王のせいだと、国王を害したり逃亡した例もない。

 それでも無理やりに召喚されてしまった娘達の混乱や絶望、悲哀や怒りはかなり率直に書かれている。


「ここだけの話、再召喚と帰還の成功率はどれほどと思われますか?」


 神官は理知的な顔立ちから温和な表情を消す。


「元の世界への本人の執着、元の世界でご本人を真剣に探し求める人達の感情が成否を左右すると思われます」

 

 元の世界で自分に愛着を持ってくれている人達。最も強く持ってくれるだろう家族はいないが、友人や親類の人達ならあるいは。自分の執着なら間違いなくある。

 読めなくて厄介なのがこちらの世界の人の感情だ。召喚の要素のように、一瞬でもここが嫌いでここに絶望していれば離れやすいだろう。こちらの人間が自分に執着していたら、帰還の障害になるかもしれない。

 いうなれば綱引き。どちらの引く力が強いかで変わってきそうな気がする。

 そして、迷惑極まりないが最も執着を見せている人物を思い浮かべてため息をついた。

 



「食事が口に合わないか?」

「とても美味しいです、むしろ口を合わせたいくらいです」

「では何故そのように難しい顔をしている」

「元からです」


 飢餓に苦しんでいた娘さんは、出された食事に泣いたそうだ。殺されかけていた娘さんは、守られる安心感に国王の手を取った。帰りたいと泣いた娘さんは、子供ができて諦めた。その子供が目の前にいる国王か。

 野菜とともに蒸し焼きにされて、ソースのかけられた魚を口に運んで機械的に飲み込みながら娘は憂鬱だった。


 歴代の娘さんのたどった王妃への道に抗うことに迷いはない。

 国王との精神的な攻防は静かに激しさを増している。国王は娘の動揺を誘い、その隙をついて距離を詰めようとする。前は傲慢さから気持ちを読もうともしなかったのが、今は承知の上であえて読もうとせずに主導権を握ろうとしている。

 せめてもの救いは二人きりではなく、王弟と侍女が同席していくれていることか。

 その王弟が場を取り繕うように、質問をする。


「政治を国王がやっていないということですね」

「国民から選ばれた政治家が、地方や国の政治を行っています。定期的に選挙をしてある程度の民意を反映させます」

「民が選ぶか。身分がないからできることとはいえ……」

「陛下が国の長、領地を治める貴族が地方の政治家と思っていただければ。ここでは世襲ですが、それを選挙で選んで据える形です。

後継者が無能な場合の混乱を防いでくれますが、選挙の前後で言動が変わっても任期中は交代させられない不利益はあります」


 随分とお堅い話題を夕食のたびにしている。詳しい知識があるわけでなく、表面的なことしか答えられないのに彼らの食いつきがよいのは為政者だからか。王弟はゆくゆくは宰相を目指しているらしく、放っておけば延々政治談議になってしまう。それに国王が合いの手を入れたり更に質問したりして、会話に加わってくる。

 最後には必ずこのまま残らないか、嫌ですの応酬になる。答えは決まっているのだから聞かないで欲しい。その様子を王弟と侍女が気遣わしげに見守る。

 毎夜、精神的に緊張する時間を過ごして疲労は蓄積されていく。



 ある朝、下働きの姿で騎士団本部に向かう娘は使用人棟を出ようとした途端に、突き飛ばされてよろめいた。今までいた場所に上から落ちてきた何かが大きな音をたてて砕けた。上を見ても人の気配はなかった。突き飛ばしてくれたのは騎士で、護衛についてくれている人だろう。

 険しい表情で上を見上げていた騎士は、もう一人に指示して使用人棟に入っていかせた。

 騎士が腰をおろして砕けた物を確認する。何かの置物のように見えた。


「お怪我はありませんか? このまま騎士団本部に行っていただくのが安全かと思われますので、今日は同行させてください」


 大きな破片を拾い集めて布に包んで、騎士は娘に申し出た。それに頷いて、一緒に騎士団本部への道をたどる。今日は下ごしらえも人の目のあるところでやるようにと提案し、騎士は包みをもったまま消えた。おそらく上に報告に行くのだろう。

 偶然でなく、自分が狙われたのか。

 誰が、何のために。慣れた手つきで野菜の皮をむきながら考える。



 報告を受けた団長と副団長は厳しい顔つきになった。破片から組み立ててできたのは陶製の置物で、誤って窓から落ちる類とは思えない。ほどなく、使用人棟を探らせた従騎士も戻ってきて誰がどこから落としたかは判明しなかった旨を報告する。

 両者を下がらせて襲撃者について話し合う。


「やり方が稚拙な気がするが、あえてあからさまにしている可能性はある」

「一番効果的な毒殺が難しいからか。今は朝と昼はここの厨房で作ったものだし、いわば騎士団員が毒見をしている状態だ。夜は陛下と共にだから、食材や料理はなおさら厳重に管理されている」


 使用人棟と本部の間には護衛がついている。国王に呼ばれれば侍女が一緒で、やはり護衛が従っている。一人になる時間はほぼ皆無に近く、それゆえ隙がない。普通に考えれば手は出してこないと思われた。

 だが、その日を境に公然と娘を狙う動きが表面化した。

 翌日は騎士団本部に匿名で花束が届いた。美しい薔薇だったが、棘が抜かれていない。不審に思った一人が調べると、果たして棘に毒物が塗ってあった。

 別の日、ついに夕方の帰路で覆面姿の襲撃者が現れた。護衛の騎士と応戦し、負傷者は出したものの撃退はできた。襲撃者の一人を捕えたが、尋問の前に自害し素性も黒幕も不明であった。

 

「明日からは下働きの仕事には行くな」


 夜、国王から命令され、さすがに娘は黙り込む。目の前で騎士が負傷した生々しさは脳裏に焼き付いている。動き回れば周りに迷惑がかかる。ここまでくれば国王の言うことがもっともだと受け入れざるを得ない。


「余の近くの部屋に移るか?」


 しかし国王の提案は計画に支障をきたす。そのままなし崩しになるのも怖くて、娘は拒否した。

 この期に及んでも頼ろうとも守られようともしない娘に、国王は苛立つ。未だに信用されておらず、警戒されていることの現れだからだ。


「余はそなたを守りたいだけだ。余の側の方が警備が厳重だ」


 それでも嫌がるそぶりを見せた娘が部屋を出ようとしたのを、国王は行かせまいとその手首を捉える。止めようとした王弟と侍女に、外で待機するように命令し出て行かせた。二人が出ていくのを見つめて、横を向いていた娘の正面に移動して視線を合わせる。


「何故受け入れぬ。その方が安全なのは理解しているだろう?」

「あなたに囲われる気がないからです」

「どこまで強情なのだ。死んでもいいのか?」


 怯みながらも視線を逸らせた娘を、国王は抱きしめた。腕にすっぽり収まる細い体とその柔らかさにそんな場合ではないのに、しばし陶然となる。

 手を使って胸を押しやろうとした娘が顔をあげ、視線が合う。強い視線を伴う黒い瞳と対照的な赤い唇が目に入る。

 

「陛下、放してください」

「嫌だ」


 低く、掠れた呟きを発した国王の唇は娘の唇を塞いだ。




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