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20  変化と抑制

 その夜、国王の執務室には昼間の報告をする団長の姿があった。


「王城を出てすぐにお一人になられたので、以後は側に付く形になりましたが特に問題なく城下を楽しまれたようです。ただ、護衛に付けた騎士団とは別に二組の尾行が認められました」


 尾行、の単語に国王の眉根が寄せられる。

 眼差しだけで問いかけられ団長はす、と姿勢を正す。


「一組は問題ありません。騎士団の非番の者でした。おそらく城下でお見かけして、つい後をつけたのでしょう。

もう一組、これはかなりの手練れと思われます。護衛の騎士達に確認しても気配を感じなかったとのことですから。私にしても、偶然がなかったら気付いたかどうか……」


 雑貨屋で首飾りを品定めにつき合わされた際、鏡に偶然こちらを窺う様子が映りこまねば気付かなかったほどに、見事な気配の消し方をする者達。

 それも一瞬で正確な人相は捉えられなかった。そして王城への帰路では消えたのか、気配は感じ取れなかった。


「外出の予定をあらかじめ知っていたかどうかで変わりますが、先だっての手綱の件といい……」

「情報を入手でき、それを外部に漏らす輩がいるということか」


 国王と団長はいずれも難しい顔で黙り込んだ。

 確実でないにせよ身の危険を及ぼす細工と、相当に腕の立つ尾行者。

 これが同一人物の指示か否か。



「そなたはどう思う?」


 国王は臣下に対しお前呼ばわりをしなくなった。最終的な判断は勿論国王が下すが、以前より臣下の意見を聞く態度を見せるようになった。

 臣下の意見や提案も無下には切り捨てず、相手を貶める言葉も減っていった。

 これを国王の甘さと取る向きもあったが、侮る相手は柔らかになったかに思われる視線に一挙手一投足を観察されて、逆に丸裸にされていく。


「卑近なものですと陛下の後宮入りをもくろむ貴族とその娘、息のかかった使用人。陛下が部屋に呼んでいたことを知った貴族が正体を知らずに邪魔者と考えたか、知っていて婚儀の前に亡き者にしようとしたか。

あの方を取り込んで政治的に優位に立とうと目論む者か、あの方ごと陛下を害そうとする者か」


 今も団長の情報と意見を容れて、そこに自分の思考を加えていく。


「弟の可能性は否定はできないが、城下での尾行とは繋がらぬ。むしろ王城の外で不審な動きをするのなら、叔父上の方が考えやすいか。

東の動きがきな臭いことといい無視はできないだろう。東の監視を強めてくれ。

他に見落としているような可能性はないだろうか?」


 団長は考えを巡らせるが、出てきた可能性は我ながらどうかと思うようなことだった。

 そのために漠然とあったもう一つの可能性を明確にすることができなかった。



「あの方を見初めた貴族かもしれません。けがでもさせて王城から出して保護する目的の可能性、あの方の背景を調べさせるために密偵を放った可能性は否定できません」

「その心配までしないといけないのか? 下働きの恰好をしているのだからそれはないのでは?」

「騎士団の中には貴族の子弟が一定数おります」

「……騎士団員であれば厩舎の細工はたやすくできるか。情報を流すのもできないことではない」


 身内を疑いたくはない団長だが、可能性がある以上除外はできない。

 

「できるだけ情報は秘匿するように徹底しましょう」

「頼む。ところで、楽しかったか?」


 国王の前で直立不動だった団長は、一言一言を区切るようによこした国王にどう返してよいものか、反応が遅れた。

 楽しかったかとは? 結果的に二人で行動したことに対してだろうか? 

 ぐるぐると状況だけが思い返されて、団長はうっすら汗が浮かぶのを感じた。

 国王は傍らの書類を取り上げる。


「城下を楽しんだとの報告なのだから、傍らのそなたも楽しかったのだろうかと思っただけだ。そなたの配下からの報告書には、『武器屋の後で食事をして、普段の団長なら絶対に入らないような店に入って、王城へと戻った』とあるのだが」


 雑貨屋と菓子屋のことをそう表現されると、別に疾しいことはないのに後ろめたい気になってくる。

 しかし、国王が部下からも報告書を上げさせているとは。多方面から情報を集めるのは政治の基本とはいえ、まさか自分までその対象になるとは思っていなかった団長だが、こと伝説の娘に関しては慎重になってなりすぎることはないと納得もする。


 問題は報告書にどこまで記されているかだ。国王の質問はカマをかけているのか、そうでないのか。

 往来で尾行していた者達を挑発するために手を繋いだのはともかく、雑貨屋で品定めにつき合わされたり菓子屋で可愛いなどと言われて調子を狂わせたのは、できれば知られたくない。

 娘を好ましく思っている国王に対してはなおさらだ。


「側で護衛ができて楽でした。まあ、私にとっても楽しかったですよ」


 当たり障りのない返答だとの自覚はあるが、嘘ではない。



 それ以上は追求せず国王はひらりと書類を机の上に落とすと、酒に付き合うようにと団長に告げる。

 人払いはしているので、団長が書棚の一角に置いてある酒とグラスを取り出し、長椅子へと移動した国王の目の前の卓に置く。

 酒を注ぎ、国王の飲む前に毒見も兼ねて杯を口に運ぶ。

 喉を過ぎて何事もないことを確認した後に、国王に頷くと国王はゆっくりと杯を口に運んだ。


「こればかりはそなたを盾にするようで、よい気分ではないな」

「毒見のことですか? 立場を鑑みれば当然でしょう」

「そうは言っても……」

「戦になれば、私は文字通りあなたの盾になるのですから、お気になさらず」


 何でもないことのように、実際団長にとっては当然すぎてためらったりすることなどありえない。この国にとって、誰が最も重要かなど自明だ。その存在を守るために騎士団も存在し、自分もいる。

 万が一、酒に毒が入っていて命を落とそうとも国王が守られればそれでよい。

 団長がそう言うと、国王は嫌そうに顔をしかめた。


「余にその価値があるとは、思えぬからな」

「自虐が過ぎます。あなたを主と定めて仕えている者の忠誠心を踏みにじるおつもりか?」

「違う。その忠誠心に甘えて胡坐をかいていたのに気付いただけだ。気付いてもこうしてそなたの忠誠心がなければ、余は酒を飲むこともできぬ。今までいかに甘えた傲慢な子供だったかということだ」


 じわじわと体が熱くなっていくのを団長は感じる。酒のせいとするには量が足りない。

 自分の行動を国王が認めてくれている。それが示されただけで嬉しいのだ。

 他の臣下と比べて信頼されている自覚はある。それでも改めてねぎらわれると格別だ。


「勿体ないお言葉」

「そこまでいくと嫌味になるから、もうよせ。ただ、感謝している。今までのことにも……」


 国王も酔うほど飲んでもいないのに、顔が赤い。照れると目の縁が赤くなりそっぽを向く癖は変わらないらしい。

 即位してからその癖を見なくなって久しい。鎧をまとったかのように、優しい心情を出さなくなっていたのにこの変わりようはやはり娘のせいだろう。


 国王に対する娘の影響力の大きさに感心しながらも、少しばかり胸が焦げるような思いもしている団長は、それを抑えるかのように酒を飲みほした。酔って警戒を怠る訳にはいかないので、これ以上は飲むつもりはない。

 後は杯を手にしながら国王の話の聞き役になった。


「余は少しは変われたのだろうか? 弟からは幾分かましにはなったとは言われているが、もとがあれだけに評価が難しい」

「僭越ながら、随分お変わりになられたと思います。人の話を、親しくない者の話でも聞こうとされていますし、その上で的確な判断を下されているように感じます。

それに気遣いを示してくださっている。臣下はその意気に感じ入っております」


 身近な存在以外は垣根を巡らしてほとんど駒のようにしか対応していなかった国王が、冷静さや有能さはそのままにより柔軟に、温和になったようにすら感じられる。

 この短期間によく、と素直に驚いている。その変化の原動力ともいえる存在を本当に手放せるのか、疑問を持っている。


「陛下、本当にあの方をお帰しになるのですか?」

「帰したくないが、こう思う資格もない。第一嫌い抜かれているのだから仕方がない」

「諦めるのですか、あなたらしくない」

「一方的な想いでは関係は成立しないのだろう?」


 やれやれと思いつつ団長は娘から預かっていた包みを渡す。


「あの方からです。外出許可をだしたことと金子を渡したことへの礼だそうで、『ありがとうございました』とおっしゃっていました」


 かわいらしく包装されたものを国王はしばらく見つめ、こわごわと手を出して包装をはがしていき、現れた菓子を手に取る。


「それも毒見いたしましょうか? 購入する際立ち会いましたが、不審な点は見受けられませんでしたが」

「いや、いい」


 国王は菓子を口に入れ、何度か咀嚼してのみこんだ。


「これを、余にか」

「はい、念入りに選んでおられました」

「……食べるのが勿体ないと思うことなど初めてだ」


 本当に思春期のような初々しさだ。主の遅い『春』にほほえましさを覚え、団長は兄のような心境で見守る。

 そして改めて自分に確認する。

 あの娘は主の想い人だ。それを踏まえなければならない。

 胸にある揺らぎを、胸を焦がすような想いを持つことすら許されない。


「嬉しかったのを伝えたいのだが、会えないしな、どうしたものか」

「手紙を書かれては? 直筆であれば陛下のお心も伝わるでしょう」


 苦さを抑え込んで助言すると、国王は机に戻って少し迷った後に筆記具を動かし始める。

 団長は完成したそれを預かる心づもりをしながら、来る再召喚の日まで私心なく国王と娘に仕える決意を新たにした。難しいことは承知の上だった。

 それがどんなに容易く覆されてしまうのか、知る由もなく。




 翌日騎士団本部の団長室で封蝋を施した書簡を手渡され、娘は若干の困惑とともにそれを開封した。

 文面を読み進める娘の表情から困惑が消えて和やかなものになるのを、団長は執務机越しに観察する。


「――陛下はとてもお喜びでした」

「そうみたいです。素直すぎて怖いくらいです。でも、本当に変わろうとされているのですね」


 良かった。口には出さない娘の安堵の言葉が聞こえてきそうだった。

 ほんの少しだけ変化したような国王と娘の関係は、静かにしかし確実に王城の中枢を巻き込んでいく。


 当の娘の醒めた思惑は気づかれなかった。 

 ――国王が嫌なだけの存在でなくなってきた。良い方に変わっていくのは嬉しいはずなのに、拒否してきた点が解消されると帰還しにくい状況になってしまいそうだ。

 それに周りが良い人すぎるのも困る。この人達を見捨てて帰還するか、欺いて逃亡する自分はこの上なくわがままで身勝手だ。

 これ以上ここの人を嫌いでなくなったり、人間的に好きになったりしてしまうことは――危険だ。


 団長の穏やかな眼差しが娘に一層の罪悪感を煽る。

 深入りしてはいけない。

 図らずも同じような思いを抱いて、団長と娘は淡々と自分の業務をこなしていく。




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