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02  牢の中の意地っ張り

「牢に入れた娘が食事を取らないだと?」


 執務の手を止めて、国王は不機嫌を隠さずに近衛の報告を受ける。

 直立不動で国王の前に立つ近衛は、部下から上がってきた報告書に目を通す。


「はい、牢に入れし娘は一切の飲食を拒否しています。あれでは何日も持つまいと思われます」


 国王は手の中の筆記具を握り締める。



 結局あの後の召喚は散々だった。召喚陣の光が消えるたびにろくでもないものばかりが現れる。

 黒猫、炭、真っ黒で手足のない何の生物を模したのかも分からないぬいぐるみ、表紙に黒歴史と書かれた冊子。最後のものは、へたくそな絵であろうことか男同士の愛だの何だのが描かれていて、壁に投げつけた後に踏みにじった。

 その時点で神官の気力が底をついて、日を改めて召喚をやり直す羽目になったのだ。


 次の召喚日までまだ間がある。


 そんな中で召喚した娘が死ねば、次にまともな娘が召喚できるかも不明瞭な現状では不都合極まりない。

 どこまで自分の手を煩わすのだろう。

 不細工な上に無礼で面倒などと。かけらも好意を持つ要素を見つめられないままに、国王は席を立った。



「おい」


 呼びかけても壁を向いたまま、娘は振り向きもしない。それが一層国王の苛立ちを募らせる。ちらりと床に目を落とせば、粗末な盆に手付かずの食事が残されている。


「水分も取っていないのか?」


 牢番に確認すると、神妙な顔で頷かれる。

 食事はともかく水分も取っていないとなると、冗談ではなく限界は間近にある。


「女、こちらを向け」


 再度呼びかけても振り向かない。無視されることなどには全く慣れていない国王は、頭に血が上るのを感じた。

 ――今からでも遅くない。これを死罪にすればふざけた黒い物などではなく、伝説の娘が召喚できるのではないか。そんな黒い思いが心に浮かぶ。


「向かないなら、管理監督不行き届きで牢番を罰することになるが」


 瞬間娘の肩が揺れる。牢番は一気に青ざめる。無論、本心ではない。これは言うことを聞かせるための切り札だ。

 ゆっくりと娘が振り返る。

 その顔は。



「お前、は誰だ」


「あなたが勝手に召喚した者でしょう」


 確かに声も髪も服もあの時の娘のものだ。だが。

 あの時目蓋が腫れて赤くまだらだったその顔は、別人だった。瞳の色は黒、切れ長の目が印象的だ。色が白くいまは少しそれが白すぎる。食事をしていないせいだろう。

 振り向き恐れ気もなく、というより投げやりな視線をよこすその娘に、国王は見入っていた。


「顔が違う」


 娘は少し首をかしげ、思い出そうとしているかのようだった。


「ああ、あの時は泣いていたから、目が腫れていたんでしょう」


 腫れがおさまった娘は美しかった。伝説の歴代の娘のように。

 これなら、別に他から呼ぶ必要もない。

 側に立たせても遜色はないだろう。


「女、牢を出ろ」

「嫌です」

 


 鉄格子の向こうから娘は拒む。


「視界から消えろと言ったのはあなたでしょう。牢から出してどうするんですか」

「うるさい。今のお前なら容認できる。さっさと出て湯浴みしろ」

「だから、嫌です。私はあなたと結婚する気などないです。放っておいてください」


 とんでもなく強情な娘だ。奥歯をかみ締めて勝手にしろと叫びたいのを抑えた。

 今の娘なら王妃にしてやってもいいと言っているのに、国王たる自分をここまで拒否するとは。


「今のままなら死ぬぞ」


 娘は、疲れたような表情を浮かべた。

 目線が石の床に落ちる。


「それでも構いません。こちらの死が本当の死か分からないし。ここで死んだら向こうに戻れるかもしれないし、戻れなくても親のところに行くだけだもの」

「お前が死ねば本当に牢番が罰せられるぞ。それでもいいのか」



 もう一度娘が国王を目線を合わせる。その眼差しを向けられることに、国王は不覚にもときめいた。


「随分勝手な言い分ですね。自国民をそんな下らない理由で罰するんですか」

「お前が強情を張らなければ済む話だろう」

「結婚なんて、おことわり……」


 そこまで言って、娘はくたりとくずおれた。

 慌てて牢番に鍵を開けさせて牢に入る。ひんやりとかび臭い床に意識をなくして娘が横たわっている。

 食事をしていないせいで、倒れたのだろう。


「意地っ張りが」


 抱き上げると軽かった。



 きびすをかえして牢を出て地下からの階段を上る。


「陛下、私がお連れしましょうか」


 近衛の騎士から声がかかるが、他人には預けたくなかった。


「よい。余が運ぶ。客室の準備を。医師を呼べ。目が覚めたら湯浴みをさせて何か食べさせろ。嫌がれば世話をする者の首が飛ぶと脅してやれば、言うことを聞くだろう」


 近衛とともに付き従う侍従に命令し、先に行かせながらゆっくりと廊下を歩く。

 長い睫毛が青ざめた顔に陰影を落としている。


 これだけ自分を不快にさせた娘を、やすやすと死なせてなどやるものか。

 国王はそう思いながらも腕の中の存在の軽さに、平静ではいられなかった。




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