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19  これって

 娘は目の前の飲み物の容器をじっと見ながら話しだす。


「私は結婚するつもりがないので誰かを代わりに呼んでほしいと要求して、それを受け入れてもらいました」


 聞かれても構わないように言い回しを変えている。団長はその続きを無言で促した。


「でもそれって、代わりの人には迷惑な話なんですよね。そして、その人にとっては私も加害者になってしまうんです。

『私には無理だからあなたよろしくね』って押し付けて、自分だけ帰るってその人にとってはふざけるな、自分だけ逃げるのかってことになります。一連のことでは被害者の私が、その混乱とか悲しみとか知っているのにそれを押し付けるんです。

我ながらひどい話だと思います。

さっきの店での品は、自分を守るために相手を傷つける物ですよね。私はまさしく我が身かわいさに、次の人を傷つけるようなことを何のためらいもなく口にして、実行しようとしているんです」


 それで『卑怯者』か。

 団長は娘の言っていることを咀嚼する。いきなり召喚されてしまった混乱や苦痛などを痛感している娘が、元の世界に帰るために同様の苦痛を次に召喚される人に与えてしまうと考え、『卑怯者』と位置付けているということか。

 娘は視線を飲み物に固定したまま、話を続ける。口に出すことで考えをまとめようとしているようだと、団長はなおもじっと聞き役に徹する姿勢をとる。


「次の人のために良い方に変わってほしいと紙に書いて渡したのも、少しでも改善してくれないと次の人が気の毒で寝覚めが悪いだけなのかもしれない。

今回は最初の言動があまりにもひどかったから私が帰るのは仕方ないって空気ですけど、そうでなかったら私の拒否は単なるわがままで、ここによこした存在――と言っていいかわかりませんが、それにとっても不敬ですよね。

そんな事情とか、優しくしてくれている人達の思惑とか知っていてもそれでも帰りたい。

結論付ければ、次の人のこともこの世界のことも知ったことではないということになってしまう。私は卑怯者で偽善者で自己保身の塊なんです」


 娘は容器をぎゅっと両手で握った。召喚されてしまった者の本音を聞かされて、団長はその重さを感じる。

 召喚などされなければ生じることのない感情、決してきれいではないそれを身内に住まわせたことを娘は自覚して自嘲している。

 団長はつくづく召喚とは罪作りなものだ、と誰かに聞かれれば、特に神殿関係者に聞かれれば神を冒涜するのかと非難されるだろう感想を抱いた。そしてもし自分が異世界とやらに召喚されて、何らかの役割があるとされた場合を考えてみる。

 割にあっさりと言葉がでた。


「そんなに自分を責める必要などないだろう。拒否も郷愁も当然のことだし、その手段があると分かれば実現しようとするのも自然だ。

次の人も多少なりと元のところに絶望していて、なおかつあの方と相性がいいはずだ。案外すんなり残ってくれるかもしれないし、どうしても嫌だとなればやり直せばいい。

なに、実行する者には負担かもしれないが、確実に歴史に名を残すだろう。その名誉のために頑張ってくれるのではないだろうか。

なによりあの方は変わろうとされている。外見や権力は言うまでもない、性格まで良くなれば一目ぼれをして喜んで残ってくれる人も出てくるだろう」


 あっさり言われて娘は、伸ばした前髪の間から団長をまじまじと見つめる。

 しごく真面目な顔で言っている団長は、しかし目だけが笑っている。

 娘の脳裏には好いてくれる娘さんが召喚されるまで、神官にお金を出させて機械の前に座り込んでガチャガチャをやり続ける国王の姿が浮かんだ。 

 つい、吹き出してしまう。


「それにだ。もし私が同じ目にあったりしたら、怒り狂ってそこら中を破壊しまくるかもしれない。それを思うとあなたはずいぶん自制している。もっとわがままを言ってくれてもいいくらいだ」

「わがままを、ですか」

「あなたのわがままなら喜んで聞く」


 さらりと言われ娘はどぎまぎする。

 団長がこんな人だとは思わなかった。ユーモアもあって殺し文句のようなことも言う。

 真面目なだけの人ではなかったのか。

 団長から返されて重かった気分が、黒かった思いが幾分か軽く明るくなっていくような気がする。

 本当に、国王以外の人はいい人なんだと思う娘の前に料理の皿が置かれる。


「さあ、食べよう。ここのは美味しいと評判なのだ。気に入ってくれれば私も嬉しい」

「はい、いただきます」


 さっきのままなら食欲もわかなかったのが、団長の心遣いのおかげで料理が美味しそうに見える。

 娘は料理を取り分けると団長と一緒に食べ始めた。

 団長の食事の様子は騎士団の食堂で見たことがあったが、向かいに座って食べている姿勢はいいし食べ方も洗練されている。それなのにしっかりと、沢山食べていく様子は見ていて気持ちがいい。

 娘はくつろいだ気分で食事を終えた。


 人気の食堂らしく席が空くのを待っている人がいたので、二人は長居することもなく店をでた。

 団長は左右に目を走らせ、少し苦笑したが娘は気づかなかった。

 昼時の食堂街とあって人で混雑している。人が間に入り、距離のできそうになった娘は団長に腕をひかれた。


「はぐれるな」


 子供のように扱われて、娘は大丈夫と言いかけた。団長は大柄で目立つので見失うことなどないと思った。

 

「いいから」


 腕から下へと移動した団長の手で、手を包み込まれるように握られて娘は戸惑う。

 団長は前を見て大股に歩きだした。普段は娘の歩調に合わせてくれるのに、その時は早足で娘はつないだ手を引かれるように後をついていった。顔が火照るのを感じる。団長は斜め前を歩く形で顔は見えない。


 そういえば二人きりで城下を歩いたり、食事をしたりしている。これは護衛というより……。

 娘は浮かんだ言葉を慌てて打ち消す。いやいや、友人がいなくなっちゃったから団長は仕方なく、こうして一緒に居てくれているだけであって、あれもこれも任務の一環なのだから意識する方がおかしいのだ。

 そうは思っても繋がれた団長の手は大きくて温かくて、皮膚は硬くて男性の手なのだと意識してしまう。顔が赤いままでは団長が変に思うだろう、娘は落ち着こうとするのに勝手に体温が上がってくる。


 結局手は繋がれたまま、次の店まで来てしまった。

 外から中を確認した後で団長が扉を開けてくれ、娘を通してくれた。

 そこはいかにもな店で、雑貨や可愛らしいのから少し大人っぽい装飾品などが売られている。


「私は外にいるので」


 団長はなんだか居たたまれない顔で、そそくさと外で待機すべく出て行ってしまった。

 娘は髪染めや石鹸、旅に要りそうな小物を買って、装飾品のところに足を向ける。

 赤以外の耳飾りを数個、細く長い鎖の首飾りを購入してその後真剣に棚の品物を品定めする。

 数個手に取るも、一旦それらを置いて扉の外で通りを見つめる団長を呼んだ。


「すみません、中に入ってもらっていいですか?」


 男性の客など他にはおらず、団長は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。娘に連れて行かれたのは装飾品の棚で、しかも娘はなぜか首飾りを手にしている。


「本当にすみません、あの、妹さんにと思うんですけど、目と髪の色と合うか確かめさせてもらっていいですか?」


 女性ものの首飾りを首元に当てさせてほしいと言われ、団長はうろたえるがついさっき『わがままは何でも聞く』と言ってしまった手前嫌とも言えずに、実験台になる羽目になってしまった。

 途中で妹の好みの色だの宝石だのを尋ねられるが、性別の違う兄妹でそんなことは分からない。

 

「すまない、その手のことには疎くて……」

「いえ、じゃあちょっとだけ屈んでもらっていいですか?」


 真面目な顔で首元に首飾りを当てて、顔を見つめられるのはもはや拷問に近いかもしれない。

 手に取った二つで最後まで迷って、そのたびに娘の手の甲や指先が顎下に当てられて、団長は中腰で膝上に置いた手に力を入れる。

 ……逃げたい。切実に逃げ出したい。文字通り腰が引けそうになったところで、娘がようやく決めてくれてそれを清算にいった。

 心底ほっとした団長は背筋をすっと伸ばすと同時に、店の外の気配を探り口を引き結ぶ。戻ってきた娘を伴って外に出た。


「ありがとうございました。気に入ってもらえるといいんですが」


 綺麗な青い石がついた繊細なつくりの首飾りを付けた妹を思い浮かべると、悪くない気はして娘にそう伝えると、娘はほっとしたようだった。

 その後は並ぶようにそぞろ歩いて、最初の広場近くまで戻ってきた。友人に教えてもらったという近くの菓子屋に入る。

 侍女の間で人気という店はこれまた女性客で賑わっている。娘は店の人間と相談しながら、菓子を詰めたものを結構な数購入した。

 一つだけ包装してもらい、あとは二つの紙袋に分けて入れている。


「これで用事が終わりました。ありがとうございました」

「いや。朝一緒に来たあの娘と待ち合わせしているのか?」

「『門限は知っているよね』って言われたから別々だと思います」

「そうか、では王城まで同行しよう」


 その前にといささか慣れない店に付き合わされて喉の渇きを覚えていた団長の誘いで、お茶を飲むことになった。

 団長にお茶の給仕をして知ってはいるが、この団長は実は甘いものは嫌いではないようで、お茶にも砂糖を入れている。娘の方は無糖だ。娘は小さなテーブルの向こうの団長に、今日一日でずいぶんと距離が近くなったと感じる。


「妹さんとああいう店には行ったりしないのですか?」

「私は騎士団に割に早くから放り込まれたからあまり接点がなくて、妹が王城勤めを始めてからの方がむしろよく顔を合わせている。

強引に付き合わされたことはあるが、あの手の店では私はそぐわなくて……」


 武器屋では堂々としていたのに、雑貨屋では固まる大型犬のようだった団長を思い出すと、自然とくすくす笑いがこみあげてくる。

 笑顔で見つめられて固まる団長にさらに追い打ちがかけられた。


「申し訳ありません。なんだかすごく可愛かったなあと思ってしまって」

「かわっ可愛い? 俺が?」

「俺?」


 一気に赤くなった団長を見ながら娘はやっぱり可愛いと思ってしまった。

 団長は動揺のあまり普段は『私』と自称するのが素の『俺』に戻ってしまい、聞きとがめて小首をかしげる娘の仕草に更に内心恐慌をきたしている。


「女性の多いようなところが苦手なんですね。他に苦手なものなんてあるんですか?」

「俺、いや私はあとは、そうだな。儀礼的な式典などは得意ではない」


 正装してきちんとしていないと駄目なのがどうも、訓練をしているほうが気楽でいいとぼやく団長に逆に苦手なものは何かと質問された。


「雷は、夜の雷雨は嫌いです」


 短く言い切った娘は、次には冗談めかす。


「あと強引に呼び出されたりするのも嫌いですね」


 同時に国王を思い浮かべて団長にも微笑が浮かぶ。

 お茶も飲み終え、王城へと戻る。緩やかな登り坂になっているそれを歩きながら、娘はつぶやく。


「良い所ですね。人も沢山集まっていて、活気があって」

「ご即位の際に内乱に拡大しそうだったのを抑えられたせいもある。戦火があればすぐに国が荒れてしまうからな」

「そうですね」


 振り返った娘は街並みに目を細める。

 王城の門は団長が一緒なせいで何のチェックもなく通過できた。

 騎士団本部の前で、娘は団長に菓子の紙袋の一つを渡す。


「これ、召し上がってください。今日、城下についてきてくれた人の分も入っています。

何人かはわからなかったので適当な数ですが。あと、この包装してあるものを機会があったら陛下にお渡しください。

とても楽しかったです。これも陛下と団長様が外出を許可してくださってお金まで渡してくださったからです。今日は本当にありがとうございました。」


 

 娘はもう一つの菓子袋と今日買ったものを詰めた袋を持って、使用人棟に戻っていった。

 後姿を眺め、王城内で娘の護衛をしている者に一つ頷いて、団長もきびすを返した。





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