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18  思わぬ同行者と自己嫌悪

 翌日、娘は友人と連れ立って城門を通過する。いたのは顔見知りの衛士で、団長の外出許可証もありすんなり通してくれた。

 王城の周囲は貴族の区画になっている。それを抜けると、いわゆる王都の城下ということのようだ。


 いきなり王城に召喚されてしまって外を知らない娘は、きょろきょろと周囲を観察する。王城の門から真っ直ぐに伸びる広い道路を中心に、交差する道路が作られている。割と計画的に作られたようだとの印象を持つ。

 石畳の道路を馬車や馬も行きかうが、圧倒的に徒歩が多い。移動するなら、一人で馬に乗ってでは目立って仕方ないだろう。

 友人に聞くとまずは歩き、遠出をする時には身分や経済力のある人なら自前の馬車、多少の小金を持っている人や徒歩が辛い人は、乗り合い馬車で各地の大きな都市へ移動すると教えてくれた。

 乗合馬車。その言葉を刻み込む。



 二人でてくてく歩いて、広場のようなところに出た。ここには人が多く集まり道の両脇には店が軒を連ね、屋台や市場のようなものも見える。広場のシンボルのような彫像の周囲は階段が設けてあって、人が座って何か食べたり話をしたり待ち合わせもしているようだ。

 こんな感じは元のところと変わらないな、と思いながら娘も腰を下ろす。

 と、友人が申し訳なさそうな口ぶりで話しかけてきた。


「ごめんなさい、私、人と会う約束をしているの。この周りなら時間が潰せるし危なくないから、一人でも大丈夫だと思うの。本当にごめん、帰ったら埋め合わせをするから」


 え? と首をかしげているうちに、待ち合わせの相手だろう男性が現れて友人は行ってしまった。しばし呆然。土地勘のない場所で放り出されてしまった。


「あらら。まあ、一人の方が動きやすいからいいけど」


 広場を中心に方角を確認する。少し首をめぐらせれば小高い場所にある王城も見える。迷子にはならないだろう。

 あっさりと娘は立ち上がり、ぶらぶらと市場の方に移動を始めた。

 市場は賑やかで、色々な物が売られている。呼び込みの元気の良い声、子供がはしゃぐ様子など喧騒の中を売られている品々を興味深く眺めながら娘は歩く。

 途中喉が渇いてきて、果物を売っているところで足を止める。売り子が明るそうな女性だったからかもしれない。


「簡単に食べられる果物はどれですか?」

「そうだねえ、これなんかどうだい。手で皮がむけて汚れないよ」


 二個買おうとして、革袋から金貨を出した。国王からもらった金貨は結構な枚数で重かったので、十枚だけ取り出して残りは部屋に置いてきた。どうせ、騎士が見張っているのだから安全だろうと思っている。

 それを渡すと売り子は困った顔になった。


「これは金額が大きすぎて、おつりが渡せないよ。あそこに両替商があるから、細かいのに替えてきておくれ」


 教えてもらった店舗に向かい扉を開ける。扉につけてある鈴の音に反応して、店の者らしい男性が顔を上げた。


「両替をお願いします」


 そう言って金貨を五枚出した娘を胡散臭げに両替商は見やる。金貨一枚は庶民であれば家族で半月は楽に暮らせる。貴族の令嬢ならともかく、供もいないような娘が無造作に取り出すようなものではない。


「娘さん、これはどうやって手に入れたんだい? あんたみたいな若い娘が持っているにしてはおかしな金額だな。

後ろ暗いことがあるなら巡回の騎士様を呼ばなくちゃならない。それとも、それも承知ってことなら両替の手数料を上乗せしてもらおうか」


 金貨を手にしたのも、更に言えばお金を手にしたのも初めてでこちらの貨幣価値がよく分かっていない娘は、両替商の言っている意味を考えて表情をかたくした。

 足元を見られている。まっとうに手にいれた金ではないだろうから、手数料の名目で必要以上によこせと脅されているのだ。

 舐められた悔しさと、これが世間一般の見方なのかとの理解が娘のうちにある。


「別のところで両替してもらいます」


 金貨を袋に戻してきびすをかえそうとした娘を、両替商は境になっていたカウンターのようなところから出てきて足止めしようとした。


「逃げるのかい? ますます怪しいな。騎士様を呼ばれたら困るのはあんたじゃないのか? 黙っててやるから金貨は一枚よこしな」

「触らないで下さい」


 団長に指導された護身術を使いそうになりながら、娘はどうすれば穏便にすむか考えていた。騒ぎを起こすのは不本意だ。ぶちのめすのはやりすぎになるから、なんとかして逃げないと。

 そうしているうちに、背後で人が入ってきたのだろう。扉の鈴が音をたて、かぶさるように低い声が聞こえた。


「どうした? まだかかっているのか?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは団長だった。いつもの団長服は着ていない。落ち着いた上質な服はお忍びの貴族といった風情だが、服の上からも分かる鍛え上げた体と、腰に下げてある装飾の少ない剣で妙な迫力をかもし出している。

 団長の目は掴まれた手首をひねりながら外した娘の手元から、いやにゆっくりと両替商に移る。

 穴の開くほどに見つめられた両替商は半歩後ずさった。


「私の金貨の両替を頼んだのだが、なにか不都合でも?」

「いえ、別に。不都合などございません」


 娘には高圧的だった両替商がたちまち萎縮して、カウンターの向こうに逃げていく。

 つ、と娘の側に寄ってきた団長は娘の視線に頷きを一つ返した。


「では、両替をしてもらおうか」


 団長に促されて娘は金貨を取り出した。両替商はいささか震えている手でそれをカウンターの上に置き、手箱の中から銀貨と銅貨をとりだした。団長は適当に銀貨と銅貨の枚数を口にして、金額を確かめるとたちまち枚数の増えた貨幣を娘の袋に入れさせた。


「邪魔したな。……そう言えば両替の手数料以上の金を取る悪質な両替商の噂を聞いていたのだが、ここはそうではないようだ。

気に入ったから、また立ち寄らせてもらおうか」

「っあ、ありがとう、ございます。今後とも、……どうぞご贔屓に……」


 冷や汗をかく両替商を一瞥して、団長は娘とともに店を後にした。

 少し歩いて人波が途切れたところで、小声の会話になった。


「出すぎた真似をして申し訳ない」

「いえ、助かりました。あの、私に付いていらしたんですか?」


『団長』と言いかけて娘はのみこんだ。誰が聞いているか分かったものではないので、うかつに身分を明かす単語は出さないほうがいいと判断した。

 団長も承知していて、二人なのに敬語は使わない。


「本来なら気付かれないように様子を見守るつもりだったのだが、一人になっているし外から窺うと揉めていた様なので……」


 尾行はついていると思っていたが団長自らとまでは思っていなかった娘は、困り顔の団長を見上げ口の端に笑みを浮かべた。


「このあたりなら危険はないと友人は言っていたんですが、不案内な場所で心細かったのでお嫌でなければご一緒していただけませんか?」

「そうしてもらえると、こちらも助かる。どうも隠密でというのは性に合わない」


 侍女の外出着というコンセプトで選んでもらった服を着ているので、団長と連れ立ったら貴族の若様か旦那様とその侍女に見えるだろう。

 奇異な取り合わせには見られないだろうから、一緒の方が護衛もしてもらいやすい。

 こうして二人は一緒に城下の散策を始めることになった。


 さっきの果物の屋台に戻り、今度は無事に果物を買えた。それを広場の彫像のところで二人で食べる。

 なんだかおかしくて、娘は笑いそうになる。真面目な団長が私服で階段に座っているそのギャップがおかしい。


「どこを回ろうか」

「服と雑貨と、あとお菓子屋に行きたいです」


 字面だけならいかにも女の子が喜びそうな場所ばかりだ。自分だけでは申し訳ないので、団長にも行きたい場所を尋ねてみる。


「馴染みの武器屋で修理したものを回収したいのだが」


 女性を連れて行くのには相応しくないと思っているらしく、頭をかいている団長はいつもと違って見える。武器屋なら行ってみたい。


「私でも使えそうなものはあるでしょうか?」

「……そうか。何か見繕うとしよう」


 武器屋は近くにあるとのことで、まずそちらを目指した。

 表通りから中に入ると道も狭まり歩いている人も違ってくる。なるほど、路地には入らないようにと注意されるわけだ。

 今歩いている場所は武器や、その類を扱う店が固まっているらしくいかにも武人だといわんばかりの男性が目につく。

 娘にちらりと視線をよこす者もいたが、側を歩く団長を見るとふいとそれを外す。

 団長は周囲に気を配りながら、娘とともに馴染みの武器屋の扉をくぐった。


「いらっしゃい、おや、お久しぶりですね」

「息災か? 例のものを取りに来た」

「はいはい、いい具合に仕上がっていますよ。少しお待ちください」


 顔なじみらしい店主は店の奥へと消えた。ぐるりと見回すと色んな形状の武器が飾ってある。銃刀法違反だと思いながら娘が眺める横で、団長は武器を適当に触って吟味している。

 娘の日常だった世界とは違うのだと、改めて思う。そして胸の奥底に沈めてある黒い思いが湧きあがる。思考の闇に沈みかけていた娘は、店主が戻ってきたことで我にかえった。


「どうですか? 均整も良くして一層切れ味も鋭くしましたよ」


 見るからに重そうな剣を持って、均整――バランスを確かめた団長は鞘から剣を引き抜いた。鋼の輝きがひどく冷たく、生々しく感じられる。

 ひゅっと空気を切り裂いて感触を味わった団長が、静かに剣を戻した。


「いいだろう、相変わらずの腕前だな」

「そうでなければ騎士団御用達とは申せません」

「これに関しては文句はない。あと、この人に扱えるような物はあるだろうか?」


 店主からじろりと眺められて、娘はいささかばつの悪い思いをする。

 身を守るためとはいえ武器など持ったこともない、国王に言わせれば平和で生ぬるい世界に育った娘は、果たして武器を手にして扱えるか疑問だった。

 ――自分を守るために結果的に他人を傷つける。


「そうですね。小さい、これなどいかがでしょうか」


 ペーパーナイフのようなサイズのものを提示されるが、刃の鋭さはおもちゃではないことを知らしめる。


「これなら……ポケットに入ると思います。あと、可能なら装身具になるようなもので何かないでしょうか。普段から服につけていられるような、身につけても違和感のないものです」


 団長と店主が首をかしげたので、紙に図を描く。


「こんな感じで針を太くしたようなものを、服に刺して一旦下をくぐらせてからまた服の表に出して、先端にキャップをつけるんです」


 キャップが難しいならコルクのような柔らかい木で代用してもいい。

 反対側に何か装飾をつければ、針先を武器にするものと怪しまれないような気がする。


「面白そうだ。店主、どうだ?」

「これは細工師に作らせてもいいかもしれませんね。装飾はどんな風にしましょうか」


 いきなり聞かれて思いつかない娘だったが、団長はいい案が浮かんだようだ。


「騎士団で働いているんだ。騎士団の紋章ではどうだろうか」

「なるほど、お嬢さんも騎士団の一員ということですか。少しお時間をいただくことになりますが、構いませんか?」


 出来上がったら騎士団に連絡を入れることで話はまとまり、団長は剣を小脇に抱え、娘はポケットに短刀を忍ばせて店を出た。


「ちょうどいい時間だ。どこかで昼食を取ろう」


 団長に案内されて賑わっている食堂に入る。目立たない隅の席で、適当に注文してとりあえず飲み物を飲んだ。護衛任務中なので酒は飲めない。

 団長は、向かいに座る娘に元気がないことに気付く。


「疲れたか?」

「いいえ。さっきの店で私は卑怯者なんだなと思って、それを引きずってしまっているだけです」


 卑怯者? 穏やかでない単語に団長は首をかしげた。




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