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17  外出にむけて

 国王は娘からという書類を食い入るように見つめていた。

 王弟はその前で神妙な顔をしている。直接顔を見てでは余計なことまで言いかねないし、文字の方が冷静に捉えてもらえそうだからと、娘から託された書類だ。


 国王としては娘を呼び出そうと思っていたのに、弟に諌められこの数日は弟を仲介としてやりとりをしている。

 馬場の『事故』の報告を受け、顔を見て無事を確認したいのはやまやまなれど、団長から釘を刺されていた。

 目的も首謀者も不明な現状で、もし背景が王位継承に関わるものであれば弟ですら容疑者に入る。今の時点で国王と娘の接触は減らした方が賢明だとの判断から、娘を呼び出さずにいる。

 もっとも娘の方からも会いたくないと言われているらしいので、国王が呼び出さないのは娘にとってはありがたいばかりらしい。

 それを聞かされて内心落胆しているところに、もたらされた娘からの書類。


「つまり、余のやったことが全て『暴力』にあたると」

「暴言、他人を人質に脅す行為、自由を奪う発言、あと威圧したり相手を見下すのもそれに当たるとのことで。

身分の有無を差し引いても、なかなかに『個人の自由を守ること』に厳しいところのようですね」


 そもそも個人の自由などの権利意識を認識するのは難しいだろう、と娘は事前に王弟に話していた。


『それでも、私の次に召喚される人のためにも肝に銘じていてほしいんです』


 ご丁寧にも書類の一番上は『再召喚の心得』と書かれていて、混乱しているだろう『娘さん』に対して優しく接するだの、人さらいの自覚を持って丁寧に接するだの、なにより嫌がりそうなことは絶対にしないことと強調されている。

 読めば読むほど、自分の対応が娘の逆鱗に触れ続けたことを痛感させられる。


 最後まで読んで、国王は低く呻いて内心頭を抱えた。


「父上や歴代の国王は召喚をどうやって乗り切ったんだ? 尋ねたときにも言葉を濁して教えてもらってない。神官の記録はあるはずなんだが、禁じられているとのことで余にも見せてくれない」

「きっと大なり小なり騒動になったということでしょう」


 兄上ほどではないにしろ、と王弟は胸の中だけでつぶやいた。

 それにしても、と王弟は思う。すがすがしく娘は兄を見捨てたが、再召喚される娘さんは気の毒であるし、一宿一飯の恩義はあるからと兄に対して今後の注意点を書き連ねてくれた。


『これを見て怒るのなら、どうしようもありません。でも何とかしようとする姿勢があるのなら、協力します』


 兄が変わってくれるのなら、芯から慕われる国王になってくれるのならと王弟も祈るような気になっている。

 そして惜しい。あの娘が兄と結ばれてくれたなら、きっと兄もこの国も良いほうに変われるだろうに。

 

「では兄上、まずはどこから始めましょうか?」


 再召喚までの日数はあまりないが、少しでも兄が変わり娘に評価してもらえれば。

 兄と弟の短期決戦が始まろうとしていた。



 娘の方は夜、国王の呼び出しがなくなって平和な日々を取り戻していた。

 使用人棟の食堂で友人と夕食を食べ、互いの部屋を行き来してたわいないおしゃべりに興じる。王城内外の噂話を教えてもらって、感心したり笑ったりと楽しい時間を過ごしていた。

 寝る時間になり、暗い廊下から自室に戻って寝台にもぐりこむ。

 そして朝から仕事をする。

 それは束の間の平穏だったのかもしれない。


 乗馬の訓練は副団長がなぜか横乗りから、男性のような衣装をつけてまたがる乗り方の指導をしてくれるようになった。


「万一の時に落馬の危険が減るから」


 その理由で、熱心に教えてくれる。脚と踵の使い方で馬に動きを命令する。体をひねって乗る横乗りよりも確かにこちらの方が有意義とばかりに、娘も副団長から教えてもらうのを楽しんだ。

 前よりも速度を上げて馬を走らせることもできるようになった。

 また、馬具の装着の仕方や手入れも教えてくれて、あの時のように手綱が切れるようなこともなくなっている。



 団長からは女性の従騎士とともに、護身術を教わっていた。前から、後ろから、手が自由になっている場合とそうではない場合など色々な場面を想定して、体の使い方を教えてもらっている。


「大事なのはまずは逃げることだ。逃げながら武器になるものを手に取ること。いきがって立ち向かおうとしてはいけない」


 団長の真剣な表情と言葉に、娘も神妙に頷く。従騎士と団長が見本を示してくれて、その後で体の動かし方を教わりながら実践していく。

 従騎士が暴漢役になって何度か練習し、団長が仕上げの指導をしてくれる。


「躊躇しない。体の固いところで相手の柔らかいところを攻撃する。拘束を緩めるのが目的だから、ためらわずに」


 手加減はしていると思うのに、手首を掴まれると痛いほどだ。わざと懐に飛び込んで頭突きをしたり、肘打ちをしたり。手首のかえしで拘束を解いたりと娘は必死に団長にくらいつく。

 国王との接触はないので護身術の必要性は下がってはいるのだが、団長からは知っていた方がいいと時間を割いてもらっている。

 団長の教え方は厳しい。最初のうちは筋肉痛になったり、掴まれた手首が痣になったりもした。

 それでも甘やかさずに指導してくれるのは、きちんと対応してもらえていることなので嬉しい。素直に頑張ろうと思えて、娘は声を出しながら団長の腕を振りほどこうと力を入れる。


「よし、これまで」


 団長がそう言って訓練が終わる瞬間は、いつも見物だ。それまで堂々と顔色一つ変えずに、厳しい表情で指導してくれた団長が一気に距離をとって娘から離れていく。汗が噴出して慌てたようにそれを拭うのを、娘は練習中は汗のコントロールも出来るのかと尊敬している。

 後で団長室にお茶やお湯を持っていくと、平身低頭でさっきは痛くなかったかだの、変な抱きつき方をして申し訳ないだの質問されたり謝罪されたりする。


「きちんと教えてもらっているので感謝しています。そんなに謝らないで下さい」


 娘は訓練前後の団長のギャップを、年上なのに可愛いとさえ思っていた。

 いくぶんほっとした表情を見せた後で、団長は娘に尋ねた。


「城下への外出の件ですが、見送るわけにはいきませんか?」

「どうしてですか?」

「城下は何かと物騒ですし、一人で歩き回るのは危険です」


 娘はお盆を抱えて、困った様子だったのから表情を変えた。


「大丈夫です。友人――洗濯場の下働きをしている人と一緒に行く約束をしているんです。彼女はすごくお店や道に詳しいって自分で言っていましたから、迷ったりすることはないと思います。

人の多いところを見て回るつもりなんですが、それでも危ないんでしょうか?」


 娘の目は行きたいと懇願している。駄目ですか? と幻聴が聞こえた気がして、団長はうっとつまってしまった。

 

「いや、あの……」

「帰る前にこちらの様子を見てみたかったんです」


 ぽつりと寂しそうに言われて、団長は白旗をあげた。くれぐれも細い路地には入らないこと、誰かから話しかけられても相手をしないことなどしつこい程に念を押されて、娘は団長の署名をした外出許可証を出してもらえた。

 大事そうにそれを持って、娘は団長に礼を言う。


「ありがとうございます。明るいうちに戻ってきますから」


 きらきらした目で見つめられて、団長は心の中では両手もあげた。精鋭の騎士達を目立たないように配置しなければ。

 段取りを考えながら、娘の帰る前にという言葉が妙に重く感じられた。

 数ヶ月先と思っていた再召喚も、確実に近づいているのだ。


 しばらくすれば、娘はいなくなる。その事実を再認識して、団長は気分が重くなった。

 もうしばらく守りきれば、団長と騎士団は変則的な役目を終える。娘は元の世界に帰り、新たに召喚されてくる王妃候補の通常の護衛任務が始まる。

 ただそれだけのことだ。通常業務に加えて課せられた、気を使う任務が終わるのだ。


 重荷を下ろして安堵するはずなのに。団長には娘の残り時間がひどく惜しく感じられた。



 それでも外出日の前日、団長室で娘に革の袋を手渡そうとした団長の顔は穏やかだった。


「食堂の給料を渡そうと思っていたのだが、……陛下からです」


 娘は袋を受け取りかけて、その手を止めて団長の顔を見た。


「あなたの外出の件をお聞きになって、これを使うようにと私に託されました。あと王家の紋の入った指輪と書き付けが一緒です」


 小さなメモ用紙のような書き付けには、この書き付けを持参した者に最大限の便宜を図って欲しいと書かれていて、国王の署名がしてあった。


「陛下からのご伝言です。城下を楽しんで欲しい、よい思い出を作って欲しいとのことでした」


 国王の『思いやり』を娘は団長から手渡された。

 しばらく品物をじっと見て、娘は団長にお辞儀をした。


「ありがとうございます。陛下の、お心遣いに感謝します」

「陛下にお伝えいたします」


 頷きながら団長は品物を自分に託した国王を思い出す。

 前から準備していたのだろう。机の引き出しにまとめていたのを、団長に渡したのだ。


「指輪と書き付けは実際に使うとは思えないが、お守り代わりには良いだろう。護衛についてはしっかり頼む。城下の様子を見て、少しでもこの国に良い印象を持ってくれればいいのだが」


 そこには今までとは違う国王がいた。

 娘の及ぼした影響が、国王を変えつつある。それは臣下としてはとても良いことに思えた。

 

「明日を、楽しんでください」


 娘に言いながら、団長も明日に思いを馳せた。




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